Lost Marbles

第十一章


 すでに一仕事終えたように、疲労感が募るジョーイは、授業に身が入らない。
 頭の中で、これまでの経緯が、ビー玉の転がりと一緒に順を追って思い出されてくる。
 だが、まだジョーイはその転がるビー玉の途中にいた。
 ゴールがあるのかそれも定かではない。
 そこには収拾のつかない問題が、待ち構えているのかもしれない。
 しかし、恐れている暇はなかった。
 自ら加速をつけるようにジョーイは突き進んでいく。

 昼休み、キノを求めて、一年生の校舎に足を向けた。
 ある程度の事実を知ったことを伝えたい。
 そして、自分達の関係も揺るぎない事を知らせたい。
 何度でも、キノに好きだという言葉を言いたかった。
 見知らぬ教室が並ぶ廊下を歩き、キョロキョロとしてキノの姿を探していた時、自分の名前を呼ばれ、ジョーイは期待を込めて振り向いた。

「なんだリルか」
「そのがっかりした様子だと、キノを探してるのね。やっぱりジョーイはキノが好きなの?」
 自分の顔を見て露骨に落胆されると、悔しさから、リルははっきり訊かずにはいられなかった。
「すまないが、そんなことを話してる暇はないんだ」
 リルは悲しげに、苛立ったジョーイを見つめた。
 ここで意地悪したい気持ちも現われたが、そこまで悪くもなれなかった。
「キノなら、今日は学校に来てないらしいよ。私も探してて、クラスの人に訊いたから確かな情報」
 ジョーイは思わず舌打ちをしてしまう。
 こうなることは予測できたはずだった。ノアがすでに何度も邪魔をしてきている。
 だが事態はもっと最悪に、取り返しのつかない状況になるとまでは思わなかった。
「それが、急なことでアメリカに帰ったって担任が言ってたらしい」
「なんだって? それは本当か」
「だから私も今、白鷺先生に訊きに行こうとしてたの。あの人、なんだかキノのことに詳しいの。昨日も忘れ物取りに教室に戻った時、キノが困ることを教えてくれたし」
「キノが困ること?」
「うん、家に遊びに行きたいって言ってごらんって、絶対嫌がるからって」
「なんでキノの嫌がることをリルに教えたんだ」
「私がキノのことライバルって言ったら、それならいいこと教えてあげるって言われた。でも白鷺先生、キノのこと嫌いなのかな」
 それに関してはジョーイも感ずるところがあった。
「とにかく、白鷺先生を探してみよう」
 職員室に向かい、その辺に居た先生を捕まえて居場所を聞くと、さっき駐車場に向かっているのを見たと言われ、すぐにそこに走って行った。
 駐車場は校舎の裏側にあり、昼間は人気があまりない。
 そのため、無造作に停まっている車の隣で、眞子が立って話しをしている姿は、とても目立っていた。
 その車の運転席に居る男もはっきりと見え、ジョーイは息を飲み、素早くリルを引っ張っては、駐車している車の陰に身を隠した。

「どうしたの? ジョーイ」
「しーっ!」
 リルに黙るように命令し、眞子とギーの様子をそーっと伺った。
 リルも訳がわからないまま、そろりと覗き込む。
「あの車の中にいる男、日本人じゃないね。白鷺先生、昨日も携帯で誰かと英語で話してたけど、相手はあの人だったのかな」
「その時どんなことを話していたか思い出せるか?」
「ジョーイの名前を言ってたと思う。それからトニーの名前、そんなぐらいしかわからなかった」
「俺とトニーの話をしてたって事は、相手はギーって可能性も否定できない。すると白鷺先生はFBI側の人間なのか。それでキノを敵視する理由も納得がいくかもしれない」
 トニーと仲良くして家に上がりこんだのも、何らかの情報を得るためだと考えれば辻褄が合った。
「ジョーイ、一体何を言ってるの?」
 リルの前だったと、ジョーイははっとして口ごもった。
「いや、何でもないこっちのこと」
「あっ、車がどっかに行くよ。白鷺先生もこっちに向かって歩いてくる。どうするジョーイ?」
「どうするも、何も」
 ジョーイは近づいてきた眞子の前に、いきなりすくっと立ち上がった。
「きゃっ! いやだ、ジョーイじゃない。先生を脅かすのはやめてよ。びっくりするじゃない」
「先生、今の男と何を話してたんですか?」
「えっ、どうしたの急に」
「いいから、俺の質問に答えて下さい!」
「ちょっとある生徒のことで質問されただけよ」
「それはキノのことですか」
 眞子は一瞬声をつまらせた。
「一体なんなのよ。あなたには関係ないわ。とにかく教室に戻った方がいいわよ。休み時間もそろそろ終わりよ。私も次の授業があるから急いでるの」
 逃げるように去っていく眞子の後姿をジョーイはきつく睨んでいた。
「ねぇ、ジョーイ一体どうしたの?」
「いや、何でもないんだ」
 何かを思いつめたジョーイの表情に、キノへの思いを重ねてしまい、リルは悲しくなっていた。
 自分が入り込めない、入ってはいけないものを感じていた。
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