第十一章
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「ツクモじゃないか。なぜここにいる」
ツクモは尻尾を思いっきり振り、ジョーイの足元に体を摺り寄せる。
口にくわえていたものをポトリとジョーイの目の前に落とした。
「これはキノの黒ぶち眼鏡。ツクモどういうことだ」
ツクモは「ワン」と一度吼えた。
ジョーイは眼鏡を拾い、キノが居るのではと辺りを見回したが、いくら探せど姿は見当たらない。
「ツクモ、キノは近くに居ないのか?」
ツクモに聞いてみたところで、鼻をクーンと鳴らすだけだった。
しきりに体を撫ぜろと催促するようにジョーイに頭を摺り寄せる。
ジョーイはツクモの目線までしゃがみこんで、両手で抱え込むように色んなところを撫ぜてやった。
ツクモはきっちりかしこまって座り、首を上下に何度も動かしていた。
「どうしたんだ。首が痒いのか?」
ツクモのリクエスト通りに、首を撫ぜてやる。
ツクモはその間、何かを知らせるように何度も吼えていた。
ツクモの首には、黒い革の首輪がついている。
まるで首輪を見ろと言われているように思え、ジョーイはツクモの首輪を調べ始めた。
すると内側に細工がしてあり、そこに紙が細く折り曲げられてくっついていた。
「こ、これは手紙?」
ジョーイはそれを取り出し広げた。
そこには英語でメッセージが書かれていた。
慌てて書いたのか太い油性マジックで走り書きされたような文字だった。
それを読んでキノがツクモをジョーイに置いていったのが分かった。
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Dear
Joey
Please take care of ツクモ.
I will miss you.
Love, Kino
5 + 5 11 037 |
親愛なるジョーイ
ツクモの世話をお願い。
あなたに会えなくて寂しくなります。
愛を込めて キノ
と書かれているところまではジョーイは分かったが、最後の数字が不可解だった。
「この数字はなんだ? 電話番号? 計算問題? なぜツクモだけカタカナ表記?」
ジョーイは首を傾げたが、ツクモは何かを伝えたそうに「ワン」と吼えていた。
その手紙を畳んで黒ぶち眼鏡と一緒にポケットの中に突っ込む。
キノが世話してくれと置いていった犬。
自分の代わりとして、ジョーイに何かを残しておきたかったに違いない。
その気持ちだけでも、心が温かくなっていく。
ツクモのあどけない目は確実に心を癒してくれた。
「ツクモ、なんだか訳が分からないが、今日から俺が飼い主だ。宜しくな」
ツクモは思いっきり尻尾を振って喜んでいた。
ジョーイが歩き出すと、リードをつけなくても、ツクモはぴったりとジョーイの真横をついていく。
そしてキノが住んでいたマンションの通りの近くに差し掛かると、寂しげな瞳で聳え立つビルを見つめ、まるでキノのことを思い出している様子だった。
「ツクモ、キノはどこへ行ったんだ?」
ツクモもわからないのか、潤った瞳が困惑していると言いたげに首を傾げていた
家に着くとすでに玄関の錠は開いており、ドアを開ければトニーのスニーカーも目に付いた。
「ただいま。トニー帰ってるのか? ちょっと大変なことになったんだ」
ツクモを玄関の中に入れ、ドアを閉めて靴を脱いでいるとき、ツクモが急に小さく唸りながら、牙を見せて威嚇体制になった。
「どうしたんだ、ツクモ。初めて来る場所だから警戒してるんだな」
ジョーイは頭を撫ぜてやり、安心させようとした。
その時、家の奥から、物が落ちるような音が聞こえた。ツクモは益々警戒し邪悪な犬の表情をする。
「仕方がないな、とにかくお座り、シットダウン」
ジョーイが指示を出すとツクモは渋々と玄関で座った。
「そろそろご飯の用意しなきゃいけないな。おーい、トニー、今晩何食べたい?」
ジョーイは声を掛けながら居間へ入っていった。
だがそこで、ジョーイは自分の見たものが信じられないでいた。
「えっ?」
ガムテープで口を塞がれ、両手両足を縛られたトニーがソファーに寝転がっている。
「ウグググググ」
涙目になりながら、トニーは必死に訴えていた。
「トニー、一体何が起こってるんだ」
その時、キッチンから包丁を持った男が出現した。
「ハーイ、ジョーイ」
「ギー!」
ジョーイはこの上ない恐怖に血の気が引いていった。