第三章


「おーい、キャム、そこで何してんだ。荷物は運び終わったぞ、早く船に戻ってこいよ」
 まずマイキーが優しく知らせてくれた。
「キャム、ぐずぐずすんな。後でケツ蹴るぞ」
 荒っぽいのはジッロだった。
 その隣でクローバーが、何か抗議して怒っている様子がみえると、自分のためにしていることだと思ってキャムは顔を抑えてしまった。
「ほら、仲間が呼んでるぞ。早く戻れ」
「おじさん、顔は悪いけど、あっ、違った、その怖いですけど、心は悪い人じゃないです」
 そういわれて、男の顔が少し変化した。
 横に首を振り、どうしようもない抗えないものに屈服している諦めた表情を見せた。
「お前、キャムとか言ったな。いいか、世の中、理不尽なことだらけなんだ。特にこの宇宙で暮らすには力が持つものが全てだ。それに太刀打ちできないものは屈するしか方法がない。それともお前は、わしを助けられるほどの力を持っているというのか」
「それは、わかりません。でも、僕はおじさんの心配事が伝わってきて、なんだか放っておけなかったんです」
「お前はまだガキだ。まずは自分の事だけを考えて生きな。わしのことは気にする必要はない。だが、その気持ちは素直に嬉しかった。ありがとうな」
「おじさん、本当に僕はおじさんの力にはなれないでしょうか」
 男はキャムの瞳を見ては、口元がわなわなと震えだした。
 正直に言ってしまえばいいのか、逡巡している様子だったが、それをギュッと閉じてしまった。
 その代わりに、男はポケットから金属で出来た小さな筒状のものを取り出した。
「お前に、これをやろう」
「これは?」
「これは鳥笛さ」
 先端の部分がクルクルと回り、それをつまんで左右に動かすとその摩擦で起きる音が鳥のさえずりの声にそっくりだった。
 キャムは単純な玩具に感動していた。
「わしの娘が小さかった頃、これでよく一緒に鳥と話をしたもんだった。もし鳥を見つけたら、これで会話でもしてみてくれ。そうすることでわしは救われるかもしれない」
 キャムは男の言ってる意味が分からずきょとんとしていた。
 男は寂しげな笑みを向けて鳥笛を渡すと、何も言わずに踵を返して去って行ってしまった。
「キャム、早く来い。置いて行くぞ」
 船のゲートを閉めるところだった。
 キャムは急いで戻っていった。
 すでに荷物を運び入れる橋渡しのスロープが片付けられてしまっている。
 慌てていると、高い位置にあるデッキの上からジッロが手を差し出した。
「ほら、早く摑まれ」
 手を伸ばし、ジッロの手を掴む。
 その手はがっしりと硬くそして熱を帯びていた。
「なんでこんなに柔らかい手をしてるんだ」
 ひ弱さに驚きながら、軽々とキャムを引っ張りあげ、そしてゲートは閉まった。
「遅れてごめんなさい」
「お前な、のろいんだよ。もっときびきび動け」
 ぶっきらぼうな口調のジッロに不穏なものを感じて、突然クローバーがしゅっと前に立ちはだかった。
「クローバー、何邪魔してんだよ」
「あっ、いえ、手が出そうだったので、標的になろうかと」
「はあ? お前、わざと俺に叩かれたいのか?」
「私は別に叩かれても痛くも痒くもないですから、キャムだけは虐めないで下さい。私は罪滅ぼしにキャムにこれ以上辛い思いをさせたくないんです。私が全て身代わりになりますから」
 クローバーの顔が主張を誇張するように、にゅっとねじりこむようにジッロに接近する。
「わかった、わかった。そんなに顔を近づけるな。だけどさ、俺だってしょっちゅう叩いてるわけじゃねぇよ。なんだか俺ってものすごく野蛮なやつみたいじゃないか」
「はい、結構そうですよ」
「おい、さらりというなよ。調子に乗りやがって」
 結局、ジッロはペチッとクローバーの頭を叩いていた。
「ほら、やっぱり手がでた」
 クローバーは精一杯責めていた。
 マイキーがにやついて、キャムに近づき、そっと耳元でささやいた。
「なんかこの二人のコンビって面白いと思わないか。ジッロをやり込めるのはクローバーくらいなもんだぜ」
 キャムはきょとんとしている。
「おい、マイキー、何そこでキャムとこそこそ言ってるんだよ」
 なじられているようで、ジッロはプライドを傷つけられた気持ちだった。
「別に、何も言ってないよ。ただあんたら二人の仲がいいってことさ。な、キャム」
「あっ、は、はい、そうですね」
「お前ら、いい加減にしろよ」
 ジッロが二人に飛び掛りそうになると、またクローバーが前に立つ。
「どけ、クローバー」
「だからすぐにかっかするのはやめて下さい。私のようにいつもクールで」
「お前、自分のことクールって言うなよな」
「この場合のクールは冷たいって言う意味です。ほら私、冷たいでしょ」
 ジッロの腕を掴み、クローバーは自分の胸に手を当てさせた。その時わざと豊満な女性の胸に変化していた。
「お、おい、なんでその形になるんだよ。ああ、もう、なんか調子ぬけする」
 ジッロが面食らって手を払いのけていた。
「あいつさ、あれでいて、硬派だけど結構純情なとこあんだぜ」
 マイキーが、またキャムの耳元で知らせていた。
 そしてにんまりとした愛嬌のある笑顔をキャムにみせる。
 キャムは時間が経つごとに、ジッロとマイキーの事が分かり、そしてこの二人がどんどん好きになっていくように思えた。
「クローバー、僕のことは気にしないで下さい。僕はもっと自然にジッロとマイキーと付き合っていきたいです。例え怒られても、叩かれても、それは僕のためにやってくれてることだから、僕は気にしません」
 キャムが言い切った。
 クローバーは何も言えず、考えた末に後に下がる。
「よーし、いい心構えだ。お前、中々根性ありそうだな。俺がしっかり鍛えてやるからな」
「ジッロ、手加減忘れんなよ。キャムはまだまだ子供なんだから」
「ちょっと、待って下さい。僕、これでも17歳でもう子供じゃありません」
「あら、キャムちゃん、怒っちゃった。でも怒った顔もかわいいね。キャムが女の子だったら、良かったのに。俺、こういうムキになる女の子好みだったんだけど。残念」
 マイキーがキャムの頭をくしゃっと撫ぜた。
 マイキーのいつものおちゃらけとからかいだった。
 しかしキャムは、一瞬バレたのではとひやっとしながらも、冗談はやめて欲しいと強気に抗議した。
 その時、クレートが冷ややかに注意する。
「一体、いつまでさぼってんだ。荷物は積み上げた。すぐに出発だ」
「ラジャ!」
 ジッロとマイキーはいつものことなので気にせずすぐ持ち場に向かったが、キャムは上司に叱られたみたいで少し動揺していた。
 クローバーと一緒にクレートの前を横切り、居心地悪いまま操縦室に戻っていった。
 クレートはため息を一つ吐いて、キャムの後姿を見つめ、厳しい表情をするも、どこかで不安も感じていた。
inserted by FC2 system