第三章


 キッチンに向かう廊下、先に歩いているクローバーを追いかけようとキャムは駆け寄った。
「ねぇ、クローバー、さっきの腕の文字だけど」
 キャムがその話を始めたとたん、クローバーは立ち止まり振り向いた。
 表情がないだけとてもシリアスな雰囲気に包まれ、キャムはごくりと唾を飲み込んで何を言い出すのかドキドキしていた。
「キャム、あなたが思った通りでいいのです。それに私はみんなの前でちゃんと宣言しました、あなたに仕えると。それで何もかも解決済みです」
「だけど、それって……」
「今はまだ詳しいことは何も申せません。もう暫く待って下さい。いつか全ての事情をお話します。それまではあなたがご自身の秘密を知られては困るように、私も同じ立場だという事を理解して下さい」
 キャムは目を見開いて驚いた。
 クローバーはやはり自分が女であるという事を知っていると示唆していた。
「さてと、一体何を作りましょうかね。キャムは嫌いなものとかあります?」
「えっ、いいえ」
「そう、それはよかった。好き嫌いなく育ったのですね。素晴らしいことです」
 まるで母親のような言い草だった。
 詳しい事情はさっぱり分からなかったが、クローバーという味方が出来たことにはとても心安らぐものがあった。
 クローバーのあの識別番号を初めてみたとき、キャムには大いに心当たりがあった。
 『CL-OVER-4C』
 これはまさに自分に宛てられた暗号メッセージということだった。
 先ほど、4Cの部分が一瞬『for Cameron』と変化し、『キャメロンのためのクローバー』というメッセージが浮かび上がった。
 目の前のアクアロイドはクローバーと名づけたが、まさにそれはキャムに仕えるために送り込まれたものと考えられる。
 クローバーは自分を迎えに来てくれていた。
 しかし、なぜ?
 博士からは何一つアクアロイドの事は聞いたことはなかった。
 ただ覚えていることは、クローバーの葉っぱはカザキ博士も意識して植えていた雑草だったということである。
「いつか四葉のクローバーができるといいのだが」
 そんな事をつぶやいていた後姿をキャメロンは思い出していた。
 そして博士に頼まれた、自分が送信した『四葉のクローバー』というメッセージ。
 そこにはやはり何かが秘められている。
 考えれば頭が混乱してくるが、クローバーが自分の味方である以上、いつかは全てを話してくれると信じて、それを待つことにした。
 それよりも何より、ここで男としてボロがでないようにする方が先決だった。
 これ以上新たな秘密など不要だった。
「クローバー、これからも宜しく」
「もちろんですよ。キャメロン」
 クローバーはフルネームでキャムの名を呼んでいた。

 スペースウルフ艦隊がクレート達の船とすれ違った後、クレートと話を交わしたガースが艦長のシドに報告を入れていた。
 シドの前にはその場に居るもの全てが見ることができる大きなモニター画面が登場し、ガース隊長の顔が大きく映し出されていた。
「只今すれ違った船ですが、あれは民間の輸送サービスを請け負ってる小さな組織でした。コロニーの爆発との関連は今のところわかりませんが、偶然あの付近で海賊に襲われた船があったかもしれないという情報があの船の乗組員から得られました」
「あったかもしれない?」
「はい、直接見たわけではなく、隕石に紛れて煙を目撃したらしく、海賊に襲撃された可能性があるということで、避けた模様です。ただの船と隕石の事故なのかもしれませんが、民間人にとったら危険を冒してまで原因究明する余裕などないことでしょう」
 ガースは自分の分析も交えていた。
「念のため、その付近にパトロール隊を向かわせて調査をしてくれないか?」
「かしこまりました」
「それと、その輸送サービスをしている船だが、組織名はなんと申していた」
「確か、4-leaf-cloverデリバリーサービスと言ってました」
 その言葉にシドは水を浴びせられたようにはっとしていた。
「何か、お気づきのことでも?」
 ガースが首をかしげた。
「いや、別になんでもない。他にその輸送船に変わったところはなかったか」
「これといって別にないようでしたが。クレートという名前のキャプテンを筆頭に乗組員は5名。最後に仕事があれば連絡欲しいなどと抜かしてはおりましたが、どこか抜け目がない強かさを感じました」
「そうか、わかった。報告に感謝する。そのまま、捜査を続けてくれ」
「了解」
 そこで通信は切れ、モニターも視界から消えた。
「4-leaf-clover、四葉のクローバー…… か」
 幸運の意味を持つものだけに、それを組織名にする理由は分からなくもないが、立て続けに自分に関係している言葉を聞くとなると、ただの偶然には思えないものがあった。
 その時はあまり深く考えなかったが、シドの胸にだけは落ち着かない小さな刺激がいつまでもうずいていた。
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