第三章
9
夜の暗闇の中、マシューはあのオレンジのジープでやってきた。
窓からライトの光と共に、ジープのシルエットが見えた。
マシューがまたやってきた事が信じられない。
高鳴る気持ちで私は外へ出て行った。
久し振りに会うマシュー。
ドキドキだけはあの時と同じだが、そこに不安が入って怖くなる。
それでも、勇気を出して、ドアを開けた。
「ハロー」
声が少し震える。
挨拶はお互い無難にこなし、そして私は助手席に乗った。
あまりにも普通すぎて、今までの空白はどこへ行ったのか、私達の間で何が起こっているのか、はっきりした原因を追究しないからもやもやしてしまう。
しかし、この時マシューの運転する車に私は確かに乗っている。
最初は怖がって乗っていたジープだったが、ストーカーで見に行っていただけに、またここに座れたことは素直に嬉しい。
もしかしたらという期待も含め、私は胸をドキドキとさせて、笑顔を作るが落ち着かないだけにぎこちなかった。
マシューは運転があるので、安全を試みてるのか穏やかに思えた。
急なことなのに、私が快く応じた事に対してまずは感謝の気持ちを表してくれた。
久し振りに会って、言葉を交わしていると、また振り出しに戻ったようにも思えるが、やっぱり何かが違っている。
あの時の事を持ち出すべきかという迷いが、照れ隠しのようなわざとらしい笑いを誘う。
キスしたこと、二度目は拒んだことにも全く触れずに、元気だったかとまずは当たり障りのないことから始まった。
「(キョウコ、どうして電話してくれなかった)」
「(マシューだって今日まで電話してくれなかった)」
どこかで何かを探ろうとしている。
しかし、どっちも傷つきたくないために、それ以上深く話せない。
「(でもよかった。また会えて)」
「(わたしも……)」
私の声は小さかったと思う。
本当にまたこうやって会えてよかったのだろうか。
この時、あの恋をしていた時間と全く違う雰囲気の中、こんなに側にいるのに、とても遠く感じてしまう。
お互いもう恋人同士でない、ただの友達の空気がものすごく漂っている。
それでもどちらも深く突っ込まずに、当たり障りのない会話が続く。
とにかくこの日の目的はマシューの宿題を手伝うこと。
やることがあったので、自分の心の中の問題よりもそれに集中してしまう。
「(私、ちゃんと宿題手伝えるかな)」
「(キョウコならきっと簡単)」
そんな会話しか続かない。
マシューの寮につき、またルームメイトたちにお気楽に挨拶だけはすまし、その後は大慌てで宿題に取り掛かった。
やはり、日本語の問題は意味が分かるだけに私には簡単だった。
私が勉強している英語の問題もアメリカ人にとってはこんなものなんだろう。
自分に役立つ材料があると、幾分かは必要されている存在なので、この時はまだ堂々とできて気分は楽だった。
こんなことで喜んでもらえるのなら、お安いもんだし、私の事を嫌わないでと役立つ事をアピールしたくなる。
宿題が終わったら、私はこの後マシューとどうなるのだろう。
宿題を手伝うだけの関係で終わってしまうのだろうか。
私が手伝っている間は、あの時の優しいマシューだった。
その笑顔を見ると、ほっとするし、もしかしたらあれはなかったことになって、私達はまだ続いているのだろうかとすら思えてくる。
ほんの一時の慰め。
この後きっとまた虚しくなって余計に辛くなる気がしてきた。
あの時のこと、また弁解した方がいいのだろうか。
教科書を指で押さえて、マシューを時々見ながら、顔だけは笑顔だった。
でもそれは空元気というのか、私はただ無理をしていただけに過ぎない。
ふと我に返れば、全てはあの日、この部屋で起こったこと。
あんな事がありながら、私はまた同じ部屋でマシューと過ごしている。
よくこんなことできるなって半分思いながら、何気にマシューのベッドに目を向けた。
「キョウコ アリガトウ」
宿題が終わった。
にっこりと笑顔だったものの、なんだかとても寂しい。
あまり遅くなってはいけないので、宿題が終われば私はそこに長居することはなかった。
何も思った事をいえないままに、また帰路につく。
本当に自分は宿題を手伝いにきただけで終わってしまった。
その帰りの車の中でのこと。
マシューは何か私に言おうとしていた。