第四章


「(キョウコ! ああよかった。連絡取れないかと心配したよ。マリコの電話番号訊いててよかった)」
 さらりと真理子の名前を出して、自分が取った行動を正当化した。
 私の眉根は狭まり、不信感タップリに受話器をわざと見つめてしまった。
 マシューの言葉がどうもひっかかり、受話器越しに顔が引き攣る。
 真理子から私の電話番号を教えてもらっているはずなのに、なぜマシューは私に電話をすぐにかけてこなかったのかが腑に落ちないし、本当に私と連絡を取りたかったのかも怪しい。
 マシューの声は柔らかく優しく話してくるが、それがとても耳障りに思えた。
 念のためにもう一度私の電話番号を確かめるために訊くが、真理子が嘘を教えてる訳がない。
 わざとらしいその行動に苛ついてしまった。
 私の中で何かかがプチッと切れるような音がするが、それはまだ数あるうちの一つだったのか、この時は体制を整えようと前向きに捉える努力をしていた。
 私なりに納得しようと深く考えないようにしていたその時、耳を疑うような言葉がマシューから飛び出した。
「(今度は失くさないから。それからちょっと今日用事ができたんだけど、ある人から遊びに来いって誘われてしまって断れないんだ。だから一緒に行かないかい)」
 一応理解はするんだけど、これも英語だったし、言葉の変換に自信がないというのか、あまりにもびっくりする展開で訊き間違えているのかとどこかで否定するから、尚更この意味を理解するのに戸惑った。
 私にとったら優先順位というものにまず重点を置くから、マシューが私をモーターサイクルに乗せたいと前から約束をしていただけに、他に用事ができたら後回しにされる事が違和感だった。
 そしてこの日、マシューは誰かに遊びに来いと言われている。
 それを断れないから、仕方無しにとでも言いたげに、私と行く?
 なぜマシューの後からの別の約束に私が加わらないといけないのだろう。
 私、それには全く関係ないじゃない。
 もしかして、本当は私のを断ってそっちを優先したいんじゃないのだろうか。
 だからすぐには私に連絡してこなかった。
 きっとその”後から入ったお誘い”で、色々と話し込んでいたのだろう。
 そこに私が電話をしたために、先に約束している手前、私を邪険に扱えなくて一緒に行こうと誘ってるのだろうか。
 普通、こういうことされたら気を悪くするとか思わないのかな。
 もしかして、マシューの狙いはそこなのかもしれない。
 本当は私からキャンセルして欲しいと思って、そんな提案を悪びれることもなく出した可能性も無きにしも非ず。
 常に迷惑を掛けたくないと控えめにしているだけに、私なら遠慮すると思ったのだろう。
 馬鹿にされてるような気分と惨めさで急に意地を張りたくなってしまい、こうなったらどういう断れない約束なのか見てやろうという気持ちが起こった。
「(分かった。行く)」
「(あっ、それでいいの? それじゃ迎えに行く)」
 私の回答は果たして正しかったのだろうか。
 マシューが悪びれもなく、当たり前のように事を運ぶので、私は不安になりだしてすごく乗り気じゃなくなった。
 一時の気分に流されて決断してしまったものの、少し後悔してしまう。
 どうしても気持ちは浮き沈みしやすくて、常に不安が付き纏う。
 自分は一体何をしたいのだろうか。
 なぜマシューとこういう関係をいつまでも続けてしまうのだろうか。
 マシューが迎えに来るまで、何度も何度も考えていた。
 それから2,30分ほどでマシューはモーターサイクルに乗ってやってきた。
 予備のヘルメットを私に渡して、乗れと指示をする。
 意地でこういう展開になったけど、これに乗るのも大丈夫なのだろうか。
 これで高速道路を走る? 
 やだ、なんか怖い。
 それでも覚悟を決めて跨いで後に乗った。
 中古とは聞いていたが、若者が乗るようなスポーツタイプではなく、古い感じのモーターサイクルだった。
 恐々とマシューの背中を掴む。
 そしたら手を引っ張られてもっとがっしりと掴めといってきた。
 常に密着してないと、カーブとかバランスを崩しやすく危ないとか説明してくる。
 えっ、ちょっと怖い。
 どうしよう。
 それ聞いたら、しがみつくようにマシューを後からきつく抱きしめた。
 以前だったらものすごくドキドキするようなシチュエーションだろうけど、この時は命を守りたい方の不安のドキドキが襲った。
 走り出すと、祈るような思いで益々マシューを強く抱きしめてしまった。
 その時、マシューの体の前に回していた私の手の甲をトントンと上から軽く触れられたような気がした。
 マシューは基本的には優しいとは思うけど、私は不信感が募っていたのですごく複雑だった。
 高速道路に入った時は、4レーンあるところを車がスピードを上げて走って行くから、その中に混じれば、何も纏ってない生身だけに生きた心地がしない。
 やっぱりワイルドはいや。
 まだジープの方が安定感があった。
 高速道路を降りて、普通の道路になった時は、幾分かほっとした。
 それだけでかなりの消耗をした気分になってぐったりだった。
 そして、マシューが連れて行ってくれた先を見て、私は驚愕した。
 とんでもない、ほんとに信じられない光景を目の当たりにしてしまった。
 何が断れない用事だ。
 魔女じゃあるまいし、化粧が濃い金髪のアメリカン女性が三人いる。
 安っぽい化粧品の匂いもプンプンと匂ってくる。
 三人ともマシューを見るや嬉しそうにして色目を使っているから、すごく嫌なものを感じた。
 この三人に会う前、マシューは、モーターサイクルの鏡に向かって髪を整えているのを私は見てしまった。
 私の前で他の女性と会うために身だしなみをきっちりと確認するその行為は、ものすごく見てはいけないものを見たような気持ちになった。
 あのドキドキとロマンティックに囁いたあれが、このマシューなの?
 それもかなりもう過去の話だけど。
 またこの時、ブチッと何かが切れた。
 三人の中でも一段とケバイ化粧の女性が、甘ったるい声を出してマシューに近寄ってハグをした。
 女の私からして、どうしても好きになれないケバさなのに、マシューは嬉しそうにしているから私はフンガーって仰け反った。
 ちょっと何これ?
 一応紹介してもらって、挨拶はするも、その三人には私は見えてない。
 しかも私は化粧してないし、ものすごい子供っぽい風貌のアジア人だから、一緒にマシューとやってきても私はライバル扱いにもされてなかった。
 というより、マシューはここへ私を連れてくることを予め言っているはずである。
 その時なんと私の事を説明したのだろう。
 この三人の態度から考えられるのは、留学生で英語の勉強を手伝っている子なんだとか、もうすぐ祖国に帰るからそれで案内しているんだとか、またはただの友達で語学交換の友達だからとか、全て私なんてどうでもいい存在で説明していることだろう。
 そうじゃなければ、この色目を使っている三人の女性はきっと私を敵視するはずである。
 それが穏やかに、全く心配はないように意地悪もされるどころか、完全に無視をされている。
 マシュー、あなたはこういう人だったんですか。
 それとも、私への仕返しなんですか。
 ただ、私はやっぱり悲しいです。
 いくら、私に落ち度があったとしても、あの時はまだ心の準備ができてなかっただけに、少し拒絶しただけで自分でもここまで酷くなるとは思ってませんでした。
 マシュー、私が悪〜ございました。
 敗北だった。
 七面鳥さんもそう思うでしょ? これはもうアレだと……
 何をこんなに、マシューの事を思っていたのだろう。
 そしてマシューは、変わりばんこに三人の魔女達を自分のモーターサイクルに乗せて草原を走らせた。
 私はその間、吹きすさぶ風にさらされながら、じっとその場で走っているモーターサイクルを見ていた。
 春の風が力強く吹き荒れたその時、何かが吹っ切れるように、私の心にも激しい風が吹いていた。
 そしてブチブチブチと残り全部の繋いでいた何かが一斉に切れた。
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