第四章
8
マシューに関しては日々色々思うことがあるけれど、極端に落ち込まずになんとかやっていけるのはここに引っ越してきて快適な生活を手にしたからだと思う。
ルームメイトとの暮らしはとても開放感溢れて、環境が自由だからということもあるし、その反面自分で何もかもやらなければならないから一つのことに拘っている暇がない。
一番よかったのはいいルームメイトに巡り合えたということだった。
サンディとジョンは、血の繋がった姉弟ですらお互い干渉することなく、食事も全て自由に自分達で自炊して、それぞれ好きに友達を連れて来ては私にも気軽に紹介してくれる。
サンディにはボーイフレンドがいるけど、仕事で常に出張しているため忙しく、時間があればサンディの部屋に泊まりに来るという生活をしていた。
そういう部分は恥ずかしげもなく、自然なことなのがこちらも全く気遣うことがなくて楽だった。
しかし、サンディのボーイフレンドが出張中、他の男性が遊びに来て泊まって行くのには「ん?」だったけど、サンディ曰く、その男性にはちゃんと彼女がいて、いつも相談に乗ってるらしい。
そしてサンディのボーイフレンドとは恋人同士でありながら束縛されないらしく、恋愛は自由とも言っていた。
それって浮気OKってことなのだろうか。
とにかく、ボーイフレンドがありながら、他の人とデートすることもあり、その時私もなぜか呼ばれてついていった事があった。
よく分からないながらも、サンディとはとにかく一緒に生活する上では仲良くやっていた。
ジョンもいつも、はにかんでは気遣ってくれる人なので、たまに食事に行こうとか誘われる事があった。
それもハッピーアワーズという料理と飲み物が安くなる時間帯なので、デートとしてではなく、本当に安く食事をしにいくというお誘いだったので連れて行ってもらえるだけ私も重宝した。
この二人は一緒に住んでて楽しく、なんの問題もなくて、自分で言うのもなんだけどものすごく気に入られていた。
だから、私が友達を連れ来ても気にすることはなかった。
そういう部分があるから、マシューは私が男と一つ屋根の下に住んでることを最初否定しつつも、結局は自分も遊びに来易いと方向転換したんだと思う。
でもあの時『いやらしい』と言われたことはいつまでも忘れることはできなかったけど。
ルームメイトと過ごすようになって、トーマスも気軽に電話を良く掛けてきていた。
バスに一緒に乗れないのが寂しいとか、時々会おうねとかそういう類の事を平気でいってくる。
ハイハイと適当に聞いているが、マシューのこともさりげなく話題に持ってきた。
「(あのマシューとはどうなってる?)」
「(別に何もなってないよ)」
「でもマシューのことすきなんでしょ」
「そりゃ、色々とあったけど、まあ、正直、好きではあったけど……」
「(今もすきなんでしょ)」
英語と日本語が交じり合いながら、いろいろと訊いてくる。
別に嘘をついても仕方ないので、日本語が通じる分、私は思った事を話していた。
「一言では済まされない思いはあるけど、すごく複雑」
「なんでそんなにマシューのこと気になるの」
「それは、やっぱり初めてキスした相手だからかな」
「キスした? 馬鹿だなあんな男に騙されて」
「騙されたっていう訳でもないんだけど…… ちょっと待ってよ、なんでトーマスにお説教されないといけないのよ」
「まさかそれ以上のことは」
「それはありません。そうなりそうなところを拒んだからこじれてウジウジしているのに」
「杏子、偉い。それでよかったんだって。あの男はかっこよすぎる」
「はい? どうしたのトーマス」
「ああいう、男から見てもかっこいい男は、女を騙すタイプだ。杏子はそれにひっかからなかったから偉い」
トーマスと話していても調子が狂う。
この人もよく分からなすぎて困る。
過去の話になるが、ホストファミリーが留守してたとき、昼近くにシャワーを浴びていたら、ドアベルの音がして、対応するのが無理だからそのまま居留守をしていたら、そのドアベルが一向に鳴り止まないことがあった。
それで慌てて濡れたまま、急いで服来てびちょびちょの姿でドアのスコープを覗いたら、トーマスがうちに来た郵便物を取り出して一つ一つ確認してみていた。
これにはちょっとぞっとした。
髪から水滴が垂れながら、慌ててドアをあけたら、しゃーしゃーと「郵便です」と言ってくる。
濡れてる私の髪に触れて「シャワーだったの?」とじっとみつめるし、こっちがびっくりだった。
「ちょっと何しに来たのよ」
「顔を見に来た」
とにかく中にいれたけど、あれにはほんとに困った。
私ってもしかして変なのを引き寄せてしまうんだろうか。
襲われる心配はないだけ安心だから、こういうのも面白い体験だけど、それにしてもよく分からない。
トーマスには思わせぶりな態度は一切していないし、トーマスだって私の事を好きならもっと真面目にアタックしてくるだろうし、そうじゃないから、これも友達の一種のコミュニケーションと考えるべきか、考えたらわからないので好きにさせておいた。
アメリカで地元の頼れる友達ができるのは何かと心強いので、トーマスとはこういう関係をずっと続けていた。
また電話に戻るが、トーマスはマシューには気をつけろと何度もしつこく言ってきた。
適当にあしらってはいたが、私もそろそろ自分の気持ちに決着をつけようとしていたから、トーマスから後押しされるとそろそろそういう時期にきているのかもと漠然的に思うところがあった。
それでもいざ気持ちを固めようとすると、色々と振り返ってしまう。
突然私の前に現れたマシュー。
あれよあれよと、とんとん拍子に事が運んで、ロマンティックに愛を囁いてくれた。
それはそれで貴重な体験だったと思うし、どこかで憧れていた部分を現実にしてくれたことで感謝の気持ちにもなってくる。
ドキドキの連続と夢のようなデートは恋の醍醐味的な楽しい部分だった。
今まで味わったことのないものを味わえたことは、この先経験としてきっと何かの役に立つとさえ思えるようになった。
楽しかった部分は簡単にふり返る事ができるけど、もちろん色々と悩んで、ストーカーもどきなこともしてしまい、自分も心病んでいた時もあった。
でもそれらも全部含めて、これが恋という味わいだったんだと思う。
ただボーイフレンドができても、こういうドキドキがなければつまらないし、それが見掛けもよく金髪碧眼であったことは、すごいことだったのかもしれない。
恋をする経験としてほんとに勉強になりましたよ、七面鳥さん。
私にはこういう事が必要だったのですね。
私もそろそろ次に行こう。
そう、行かなくっちゃ。