第三章 そこには意味があるも振り回されて・・・


 ノゾミと付き合って早数日。
 ノゾミは昼休みになると必ず教室に現れるようになり、その時自分が作ったお菓子を持ってきた。
 初めて持ってきたのが火曜日でイチゴタルトだったが、水曜日はイチゴのミルフィーユ、木曜日はイチゴのロールケーキ、そして本日、金曜日はイチゴの赤い果肉と混ぜ合わせて二層になったチーズケーキだった。
 ご丁寧にイチゴの飾り付けもちゃんとしてある。
 そのチーズケーキはショートケーキのように切り分けられ、個々にフィルムもまかれ、まさに店で買ったようになって、円になって丸く箱に納まっていた。
 毎回持ってくる度、周りに集まる者も増え、それに比例してケーキの個数も増えてきたようだ。
 今それを目の前にして、俺はノゾミを見ている。
 江藤を筆頭に周りには数人のクラスメートが、早く食べたいと急かしているが、こうも続けてお菓子を持ってこられると、俺は責任を感じてしまった。
 ノゾミは俺の言葉に縛り付けられて、お菓子を作り続け、やめたくてもやめられないのではないだろうか。
「あのさ、もしかして来週も毎日持ってくるつもりなのか?」
 俺は訊いてみた。
「迷惑ですか?」
 か細い声でノゾミは答えた。
「何が迷惑なもんか。最高だよ」
 そう言ったのは江藤だった。
「お前が言うな!」
「いいじゃないか。ノゾミちゃんのは素人の手作りとは訳が違う。店で買うくらいのハイクオリティだ。しかも、ケーキに合ったリキュールも使い風味もあって、いい塩梅の甘さで、後味があっさりしてすごく美味しい。この季節の旬のイチゴもたっぷり使って、見た目もいい」
「お前は評論家か」
 俺は呆れて江藤を見ていた。
「あのな、天見がノゾミちゃんの腕に気が付かない方が酷いぞ。これだけのものを作るためには、材料を揃えるのも大変だし、作る時間だってかかってるんだ ぞ。作ってるノゾミちゃんを想像したら、健気じゃないか。しかも、本当にプロ並みに上手い。これなら店を開けるくらいだ。ノゾミちゃん、自信持っていい よ」
「あ、ありがとうございます」
 律儀に頭を下げた後、顔を上げればノゾミは真っ赤になっていた。
「しかしだ、いくら上手いと言っても、毎日はやりすぎだぞ。お前の腕は判ったから、もう来週からは持ってこなくていいから」
「いきなり、断るのも勿体ないな。時々ならいいじゃないか」
「江藤には関係ないから、黙れ」
 江藤は不服な顔を俺に向けるも、その後は何も言わなかった。
「あの、どうしても作りたいケーキがあるんですけど」
 ノゾミが恐る恐る言った。
「だから、もういいって言ってるだろ」
「じゃあ、それはいつか天見先輩だけにお渡しします」
「仕方ないな、それで気が済むんだったら、好きにしろ」
「はい」
 ノゾミははにかんだ笑顔を見せた。
「とにかく、早くこれを食べようぜ」
 江藤はすでに手を出し、箱の中から一つを取り出していた。
 次々と手が伸びるから、俺も咄嗟に一つ確保した。
 あっという間に箱は空になる。
 口にしたものから「美味い」という言葉が漏れ、ノゾミは満足な笑みを浮かべていた。
 俺も食べたが、口の中でコクのあるチーズを感じ、そこにイチゴの甘さが溶け合って、それは素直に美味かった。
 特別何も言わなかったが、俺が全部平らげたのを見て、ノゾミはほっとしていた。
「それじゃ、私、失礼します」
「ノゾミちゃん、ありがとうね。またね」
 俺よりも江藤が先に声を掛け、そして周りの男子生徒も手を振ったりしていた。
 ノゾミは軽く頭を下げ、去っていく。
 その様子をクラスに居た何人かの女子達が、冷ややかに見ている事に気が付いた。
 一年生が手作りお菓子を持って堂々とやってきて、クラスでも目立つ男子生徒にちやほやされている姿を見るのは鬱陶しいし、面白くないだろう。
 だが、ノゾミはそれを得意げにするのでもなく、鼻にもかけず、ただおどおどとして無理をしてやってきている。
 ノゾミは相当の覚悟をもって必死になっているだけだ。
 それでも見る側からすれば羨ましいと思え、嫉妬の対象になってしまう。
 そのメカニズムが俺には非常に理解できるから、虚しさがこみ上げ、思わずため息をもらしてしまった。
「おい、なんだその態度は」
 早速、江藤に指摘された。
 勘違いとはいえ、こうなると江藤は隙を突くようにうるさくなるから困りものだった。
 ほうら始まった。
「天見、ノゾミちゃん、結構かわいいじゃないか。おどおどとしながら、俺たちの教室に入って、必死でお菓子を届けてさ。それで、俺たちが美味しいっていえば、素直に喜んで、それでいて恥ずかしそうにしてさ、ああいう子中々いないぜ」
 俺もしっかり聞いていたが、周りの女子も江藤の発言に耳を傾けているように思えた。
 その顔が露骨に、悪態をつくように歪んでいた。
 俺がちらりと女子達を見れば、顔を逸らすも、燻った不満はそのままに、コソコソと固まって話しだすとノゾミの悪口に思えてならなかった。
 その不穏さが、前回のように虐められる要因に繋がりそうで、また俺の知らない所で呼び出されるのではないかと冷や冷やしてしまう。
 俺が危惧してると、上の空と思って江藤が強く呼んだ。
「おい、天見、聞いてるのか?」
「えっ、ああ聞いてるよ。だけどなんだよ、最初は大人しくて俺に似合ってないとか言っておきながら」
「これだけ、続けてお菓子を持ってきたらさ、情が湧くというのか、その必死な姿に心打たれたのさ」
「でも、あれはお前のために作ってきたんじゃないぞ」
「わかってるけどさ、ちゃんと俺たちの分もあるじゃないか。天見の友達だからって、気を遣ってくれてるんだよ」
「最初に自分の分も作ってこいと催促してたのは、お前だぞ」
「えっ、そうだっけ? そんなことより、天見はノゾミちゃんの気持ちをもっと汲んでやった方がいいぞ。あまりにも当たり前に思い過ぎだ」 
「別に、当たり前だとは思ってない。アイツが無理して持ってくるだけだ。だから断ったじゃないか」
「俺は何もそういう事を言ってるんじゃない。ノゾミちゃんがどんな気持ちで作ってるかっていう事に気づけって言ってんだ。今はイチゴが出回ってるから、イ チゴばっかりのお菓子になったんだろうけど、イチゴだって高いんだぜ。他の材料費だってあるんだから、もっと感謝しろって言ってるんだ。その気持ちを表す ために、お返しとかした方がいいぞ?」
「えっ? お返し?」
「貰ってばかりじゃ悪いじゃないか」
「なんかプレゼントした方がいいってことか?」
「別に金をかけるばかりがお礼じゃないぜ。例えば今週末デートに誘うとか、買い物に付き合うとか、一緒に過ごしてやれよ。とにかく、感謝の気持ちを表せよ。それがギブアンドテイクってもんだ。一方通行じゃ、ノゾミちゃんがかわいそうだ」
「一方通行?」
「ああ、まだまだ天見たちには格差があって、ノゾミちゃん、かなり気を遣って無理してるように見える」
「江藤は本当にお節介だな」
「アドバイスじゃないか。というより、ノゾミちゃんの肩を持ってあげたくなってね。あれじゃいつか息切れしそうだから。いつも天見の顔色を見て、おどおどしてるし」
 江藤のいう事もわかるが、その反面突拍子もない事をしでかして、俺がノゾミに振り回される事もある。
 俺自身、まだどう接していいのかわからないから、お互いがぎこちなくなってるだけだ。
 それを俺が、つい恥だと思ってえらそうな態度になってしまうから、そう見えるだけで、実際は俺の方がかなり無理をしている。
 一応彼氏になりきろうと、ノゾミには気を遣って努力はしているつもりだ。
 だがいつも俺が空振りしてしまっているに過ぎない。
 それを言いたくてもプライドが邪魔して、江藤に言われっ放しになるしかなかった。
「わかってるから、俺たちの事は放っておいてくれ」
「まあそういうなよ。何か手伝えることがあれば、力になるからな」
 江藤に肩をポンと叩かれ、女に関しては自分の方が上だと見せつけられているようだった。
 結構イラッとくるから、これもわざと嫌がらせをして楽しんでいるだけに過ぎない。
 弱みを見られたような、悔しさがこみ上げてきた。
 江藤のせいで俺はムキになってしまう。
 それならば、もっと積極的になって、俺がスマートに女と付き合えるところをみせてやろうじゃないか。
 ノゾミがドキドキとして喜ぶような──
 俺は結局江藤に乗せられ、ノゾミをデートに誘う気になっていた。
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