4 正直な気持ち

 エレナがライアンと急接近するきっかけを作ったのは、僕自身だった。
 これもプロムの真実をエレナに告げずにいた事で、罰が当たったとでもいうのだろうか。
 なんとも皮肉なものだった。
 あの時、リサに邪魔をされなければ、僕はエレナと楽しい夜を過ごしていたはずだった。
 もしライアンが、エレナの前に現れなかったら、エレナは僕を恋人として見てくれていただろうかとふと思う。
 あの時の判断を僕は未だに呪っている。
 もっと強く、リサを拒絶して、仕事や付き合いなどどうでもいいと思っていたのなら、できたことだったと思う。
 エレナよりも仕事を選んでしまった、あの時の僕の行動は、間違っていた。
 大切な人生の選択の岐路に立っていたのに、僕はまっすぐな花道を選ばずに、茨の、しかも崖が先にあるような道を選んでしまった。
 何度悔やんでも悔やみきれないほどに、僕は未だに後悔している。
 覆水盆に返らずとはまさにこのことだろう。

 僕が自棄になり苦しんでいる側で、ライアンは落ち着いて黙々と自分の思う道を進んでいる。
 ライアンはエレナに本気になってから変わった。
 あんなに遊び人だったのに、真面目で何事にも一生懸命になって、しっかりと勉強もしている。
 今では弁護士を目指しているらしい。
 バーイグザムと言われる弁護士になるための試験を受ける資格を取るために、ロースクールに通い、必死になっている。
 元々頭の良い奴ではあった。
 僕が必死に勉強して良い点を取ろうと努力するのに対し、ライアンは少し勉強するだけで、のみ込みも早く、良い点がとれるような秀才タイプだった。
 頭も良いのなら顔もハンサムときている。
 唯一、弱点として女癖が悪かったが、それはすっかり過去の話となり、今ではそんなことを微塵も感じさせなくなった。
 こんなに不公平があってもいいのかと思えるくらい、ライアンは男から見てもかっこよく見えた。
 ライアンにしてみれば、僕という存在が羨ましいと思っていた事もあったようだが、今では僕の方が妬むほど羨ましく思える。
「カイル、エレナがここへまた戻ってくるんだ」
 このライアンの一言は、僕にこれからの苦痛を物語る何ものでもなかった。
 何を答えてよいかわからなかったが、ライアンにはきっと僕の気持ちが正直に顔にでているのがわかったのだろう。
 だから躊躇ったような話し方をしたに違いない。
 全く素直に喜べない僕の心情。
 祝福するといいながら、実際に祝福できない様子がはっきりと僕の顔の表情から読み取れたに違いない。
 そして、そんな中で話を続けるライアンの口から出た言葉に、僕はまた閉口してしまう。
「俺、いつかエレナと結婚しようと思う」
  ライアンは隠すことなく僕にはっきりと伝えた。
 エレナに対して真剣な気持ちであることを僕に言いたかったのだろう。
 それとも僕に、エレナの事は早く忘れてく れ、とでも言いたかったのだろうか。

  ライアンはエレナとの愛はブルーローズ(永遠の愛)だと例えて言っていた。
 あの時はキザな奴だと笑ってみたものの、実際にエレナが戻って来ると聞いた今はもう笑えない。
 自分が惨めになって仕方がない気分である。
 時間が経てば少しは落ち着くかと思っていたが、僕にとってもエレナはブルーローズなんだとはっきりと言ってやりたい気持ちだった。
 そんな事を言えば、余計に惨めになるのもわかっていたけど。

  僕の方がエレナと居る時間が長かった。
 僕の方が先にエレナに惚れていた。
 僕の方がエレナの事を良く知っている。
 僕の方が…… 
 キリがないくらい僕の方がラ イアンよりも何もかも上回る程、エレナについて多く語れる。
 しかしこれだけ沢山ライアンに勝っているのにたった一つのことで全て負けてしまう。
 それはエレナがライアンの方を愛していると言うことだ。
 もう僕がいくらエレナを思っていてもどうしようもない。
 報われない愛という言葉は僕のためにあるのではないかと思うくらいである。

 僕はふとライアンが昔のように戻って、浮気でもしてくれたらと思ってしまった。
 ここまで思うようになったら、もう救いようのない馬鹿だと自分の事を心の中で嘲笑ってしまった。
 そしてその後、どこか後ろめたい気分になった。
 コーヒーを飲み干すライアンを見つめ、僕も一緒になってコーヒーを喉に流し込んだ。
 すでにそれはぬるくなり、底に固まっていた溶け切れてなかった砂糖が、今頃になって舌を甘ったるく感じさせ、口の中をべたつかせた。
 最後の最後で、後味の悪い感触を味わった気分だった。
 
 僕がそんな思いを巡らしているとも知らずに、ライアンは空の紙カップをテーブルに叩くように置いて、更に話し出した。
「カイル、運命って信じるか?」
「いきなりなんだよ」 
 ライアンが真剣に訊くが僕はそんな事どうでもよかった。
 今の僕にとって運命なんて最悪の出来事の他ならない。

「俺、子供の頃エレナに会っていたんだよ。お前よりも先に俺はエレナに会っていたんだ」 
 ライアンは、僕よりも先にエレナに会っていたことを強調したいみたいだった。
「まあ同じ場所に住んでいた事もあったし見掛けた事ぐらいあっ たかもな」 
 僕はそんな事どうでもよかった。
「カイル、それがエレナにとって俺が初恋の相手だったんだ」
 それを聞いて僕は顎を落とすくらい驚いた。
 エレナが子供の頃、すでにライアンを好きでいた事はかなりのショックを受けた。
 そしてライアンは昔の話を僕にしてくれた。
 エレナが子供の頃、海岸で足を怪我したところをライアンがおぶって助けた話だった。

「それでなんでお前はその話を聞いて思い出したのに、自分がエレナの初恋の相手だと、なぜ名乗りあげなかったんだ?」
「一つくらい秘密があっても良いだろうと思って。それに俺がその話を聞いて一番嬉しかったんだ。これだけはカイルに勝てると思ったくらいだ」
 その言葉を聞いて、僕は我に返った。
 ライアンもどこか僕に対してライバル意識を持っていたことに気が付いた。
 ライアンにとってその言葉は、僕に負けたくない本音が含まれているのが読み取れた。
「それが運命だということかい?」
 僕は冷めた感じで聞いてしまった。
 ライアンもまずいと思ったのか『ああ』と小さく答えた。
「カイル、俺、お前の気持ちもよくわかるんだ。俺だって、お前の立場にいたから。今は立場が逆になってしまったけど、でも俺、お前に気を遣うのは嫌だ」
 ライアンの正直な気持ちだった。
 僕も充分ライアンの言いたいことはわかっていた。
 何年お前の親友でいると思うんだ。
 逆に訊いてやりたくなるほどだった。
「ああ、わかってるよ。僕に気を使うことなんて何もないよ。 エレナが好きなのはお前なんだから、僕がいくらエレナを思ったところでどうしようもないさ。だけど僕もすぐにはエレナの事を忘れそうにはできない。これからも好きでいると言うことはお前には隠したくない」
 僕もはっきりと言った。
 そう言った事で少しすっきりした気分になった。
 別に無理して隠さなくてもいい。
 特にライアンの前では。
「ライアン、これだけは言っておく。もしエレナを悲しませる事があったら、僕は容赦なくエレナとお前を引き裂いてやる」
「馬鹿、そんなことは絶対にないよ。俺はエレナを誰にも渡さない」
 ライアンの事に嫉妬しながらも、正直に自分の気持ちを話せるところはやはり親友だと僕は思った。
 素直に気持ちをぶつけることで、さっきまでの重荷は少し軽くなったように感じた。
 実際エレナの姿を見たらまたどうなるか僕にもわからないが、エレナの幸せを一番に願うのは僕の義務だと言うことを心の片隅に常においておこうと思う。
 そして、いつかライアンとエレナの事を自然に祝福する事もできる日が来るかもしれない。
 ライアンが言うように運命があるのなら、もしかしたらまた僕にも運命の女性が現れる事もあるかもしれない。
 今はそう思う事にしておくよ、と心の中でライアンに語って僕はライアンに気取った笑みをぶつけてやった。
 ライアンも僕の心が読めるのか、それに答えるように微笑んでいた顔が少しきざっぽかった。
 まだまだ、感情は割り切れるものではないが、ライアンが僕の親友だという事は間違いがないことだけはしっかりと認識できた。
 これからも、それは続くのだろう──。


<The End>
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