第二章


 チョコレートチップクッキーを珍しそうに手に取り、それを一口食べてキイトの目は見開いた。
「こ、これはなんというせんべいじゃ」
「それはせんべいじゃなくてクッキーというものなんだけど」
 ユキが言った。
「クッキー? なんと甘くて美味い。甘いものといえば、おはぎや団子くらいしか食べたことないけど、こんなものがあったとはびっくりじゃ」
 キイトは遠慮なくさくさくと食べていた。
 その食べっぷりがよく、ユキも仁も暫く黙ってみていた。
 飲み物を飲んだところでキイトはやっと話し出した。
「ところで、私になんの話があるんだ? こっちはあの時の侮辱が許せなくて、あんたに謝罪を要求しようと思ってたとこなんだけど」
 指にについたチョコレートを舐めながらギロリとユキを睨んだ。
「あの時は大変失礼しました。ちょっと興奮して。でもあれはすっかり解決しました」
 ユキは殊勝な態度を見せた。
「解決したって、大きな黒猫の問題のことか?」
「はい」
「ふーん、そっか。それで話というのはやっぱりニシナ様のことなんでしょ。その黒猫が誘拐したから、謝ろうという筋書きね」
「いえ、違うんです。私達はニシナ様というのがどなたか存じません。私が聞きたいのはカジビという人のことで……」
「ちょっと、今なんていったの? なんでその名前を知ってるのよ」
 キイトはびっくりして跳ね上がった。
「やっぱり、その人のこと知ってるんですね」
 今度は仁が聞いた。あっさりと解決の糸口にたどり着いて一陣の光が差し込んだ気持ちになった。
 しかし、それは予期せぬ事態へと変わる。
「やっぱりあんた達、赤石を狙ってるんだ」
 突然ソファーの上に立ち上がり腰を屈め、瞳孔が小さく点のようになり目つきが厳しくなると、今にも襲い掛かりそうに爪をむき出しにした指を見せ付ける。
「ち、違います」
 ユキは誤解を解こうとどうにかして話し合いたかったが、その前にキイトが飛び上がって襲い掛かった。
 咄嗟のことで仁は助けにいけず、ただ「危ない」と声を上げることしかできなかった。
 だが、ユキはキイトに負けないくらいのすばしこさで、機敏にジャンプして移動していた。
「とうとう正体を現したわね」
 恐ろしい剣幕のキイトに対し、ユキは口元を片方あげて余裕の笑みをこぼした。
「いいから、人の話を聞けっていうんだよ。血の気が多い女狐だな、それとも他の何かか?」
 女狐と言われて、キイトは驚いた。
「私はキイトって名前がちゃんとあるんだ。女狐って呼ぶな。お前は一体何者だ。女だと思ったら今度は男の気を出しやがって」
 キイトは少し取り乱し、慎重になっていた。
「分かったから、とにかくそこに腰掛けてくれないか。クッキーが好物ならもっとやるよ。とにかく話を聞いて欲しい」
 ユキのときとは違い、トイラは背筋をピンと伸ばして貫禄を出していた。
 キイトは渋々とソファーに座り、ヤケクソまじりで残っていたクッキーをほおばった。
「仁、あの棚の中にもっとお菓子が入ってるから、それを全部もってきてくれ」
「わかった」
 トイラに指図されるままに仁は動いた。
 扉を開け、その中にあるだけのお菓子を持ち出して全てキイトの前に置いた。
「私を買収しようったってそうはいかないんだからね」
 と言いつつも、手当たり次第に味見をしていた。
「キイトって言ったな。俺はトイラだ。だがこの体はユキのものだ。俺は訳あって意識を人間と共有している。元はお前と同じ種族だ」
「ということは、大きな黒い猫ってことか。あんた昨年ここで暴れていたよそ者なんだろ?」
「なんだ知ってるのか」
「まあね、噂程度だけど、何があったくらいかは分かってるつもりさ。でも一からあんたの口から聞いた方がよさそうだね。お菓子も一杯あることだし、食べてる間聞いてあげるよ」
 それからトイラはユキとの出会いから、全てのことを話すのだった。
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