第十二章


 将之は客室に設置られたベッドの上で海老が跳ねるように痙攣を起こしていた。
 目は見開いているが、意識はそこにあらず、その瞳は怯えきって何か恐ろしいものを見ている様子だった。
「シズさん、どうしよう」
 将之の体を抑えながらケムヨは慌てている。
「お嬢様、落ち着いて。とにかく舌を噛まないように、タオルを」
「は、はい」
 シズが将之の体を抑え、ケムヨは急いでタオルを持ってきて、それを丸めて将之に噛ませた。
「将之、しっかりして」
 ケムヨの目に涙が一杯溜まっていく。
「すぐに室井先生が来てくれます」
 シズは大丈夫だからとケムヨに優しく触れ励ましていた。
 暫くして、ゲンジが夏生の父親である室井を連れて部屋に入ってきた。
「先生!」
 ケムヨは叫ばずにはいられなかった。
「これは酷い発作だ。一体何があったんだ」
「猫が車に轢かれたのを見て、パニックになってしまって」
 室井は一通り将之の体をチェックすると、鞄から注射器を取り出し、着々と準備して将之の腕に打った。
「可愛がっていた猫だったのか? しかしそれ以上に何か原因がありそうだ。何かこの人から持病のことを聞いてないかい?」
 ケムヨは首を横に振った。
 将之の身の上の話など一度も聞いた事がなかった。
 将之はいつもしつこくて強引でそして楽しい人ということしか知らない。
 室井が将之を介抱するのを祈る思いでケムヨは見続けた。

「どうやら精神安定剤が効いてきたようだ」
 小刻みに跳ねていた体の痙攣は治まり、将之は寝息を立てだした。
 室井は息がしやすいようにと口に詰めてあったタオルを取り出した。
「パ…… マ……」
 弱々しく声が聞こえた。
「ご家族に連絡を取った方がいいな。電話番号はわかるかい?」
「はい、お兄さんのならわかります」
 ケムヨは以前修二から貰った名刺を引っ張り出し、電話を掛けた。
 事情を説明し、ここへ来てくれるように頼んだ。
 修二はまだ会社に居たようで、将之の発作のことを知るとかなり取り乱して心配していた。
 そして半時間経った頃、ケムヨの家に不安げな顔つきでやってきた。
「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
 ベッドで眠る将之を前に修二は皆に頭を下げていた。
「少しいいですか?」
 室井が修二を手招きすると部屋の隅で少し話しをしだした。
「そうでしたか」
 室井は発作の理由が分かり、深く頷いていた。
 後は安静にしてたら大丈夫と言ってシズとゲンジに話をしてから去っていった。
 ケムヨは将之の前から離れず、付きっ切りで看病していた。
「ケムヨさん、本当にすみませんでした。将之は私が連れて帰ります」
「でも安静にしないと」
「大丈夫です。これが初めてのことじゃないんです。それにここに居るよりも自分のうちに帰った方が将之の発作にもいいので」
「それじゃ、私も一緒に行っていいですか? このままじゃ心配で。それにこんなことになったのは私のせいですから」
 修二は少し考えた上で判断する。
「それじゃお言葉に甘えて、一緒に来てもらえますか」
 修二とゲンジで将之を車まで運び、ケムヨはその後を着いていった。
「お嬢様、何かありましたらすぐにご連絡下さい」
 シズも心配そうに見送る。
 雨は暗い闇の中でいつ止むかもわからないまま本格的に降り続いていた。
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