第十章
2
電車はホームに到着し、乗客が乗り降りする中、それでも二人は動かずにいた。
キノは麻痺して電池のない玩具のように動かない。
ジョーイはキノの言葉を辛抱強くずっと待っている。
このままでは電車に乗り遅れると判断したジョーイは、キノの手をギュッと握り締め、引っ張って乗り込んだ。
だがその手を、電車のドアが閉まっても、動いても、ジョーイはずっと離さなかった。
キノも時が止まったように動かず、抵抗もしなかった。
二人はいつもそうしてるように、ドアの前に立つ。
外がすっかり暗くなった窓は、車内の明るさで反射し鏡となって二人を映し出していた。
静かな場所を見つけるまで、二人は結果を保留にした状態で電車に揺られていた。
暫しの間、これが青春の貴重な一ページだと自覚するほど、二人は共鳴して胸をドキドキさせていた。
駅に着いて多数の乗客に紛れて降りたが、皆一斉に同じ方向を目指して歩いていく中、ジョーイとキノは動かず手を繋いだまま薄暗いホームに残っていた。
ホームから人が去ってしまい、周りには誰一人いなくなった時、やっとキノが口を開いた。
「ジョーイ」
搾り出したか弱い声。
ジョーイは息を飲んだ。
「ジョーイの気持ちはとっても嬉しい」
「じゃあ、俺達……」
ジョーイがいいかけた時、キノが被せかけるように遮った。
「だけど、私、その、どうしていいか分からない」
「別にこうして欲しいとかそういうんじゃなくて、俺はキノの側に居たいんだ。こんな気持ち俺も初めてなんだ。俺今まで女の子に興味なんて全くなかった。だけどキノだけは特別なんだ。俺キノのことが好きだ」
はっきりと自分の感情を言った時、ジョーイは口から心臓が飛び出しそうになるくらい最高にドキドキしていた。
自分自身、どこかへ打ち上げられるような感覚だった。
そんなことを言われると、キノも抑えていた感情が弾け飛んでしまった。
憧れていたけど、雲の上の存在。
好きになってはいけない人。
そんな風に思っていて、どこかで本気になるのを恐れて気持ちをセーブしていた。
「私も本当はジョーイのことが気になっていたの。でも私……」
キノはそれでも中々付き合うとはっきりと言わない。
もうそこまで答えは出ているというのに、何をそんなに迷うことがあるのだろう。
ジョーイはもうこれ以上自分の気持ちを言葉で言い表せなくなり、じれったいキノを無理に引き寄せ、そして唇を重ねていた。
ジョーイもキノも、自分達が何をしているかわからないままお互いの唇をくっつけていた。
キノがはっとすると、後ろに後ずさり、顔がみるみると真っ赤になって熱くなっていく。
触ればジュッと焼ける音を発しそうなくらい熱されていた。
自分がこんなにも大胆になれるとは思わず、ジョーイも息が止まりそうになっていた。
でも必死に思いを伝える。
「俺、やっぱりキノのこと好きなんだ」
キノもとうとう、キスとジョーイの気持ちで歯止めがつかなくなってしまった。
「私もジョーイのことが好き」
最初のジョーイの告白から、どれくらいの時間がたったのだろう。
キノが頑なに拒んだ理由は、恥ずかしさからだったのだろうか。
そんなことはもうどうでもいいと、恋が成就したことでジョーイはほっとした。
一時はトニーのせいでかき回され腹が立ったが、結局は怪我の功名でこんな結果になるとは思わず、今ではトニーに感謝しないといけなくなった。
「遅くなったから家の近くまで送るよ」
すっかり彼氏気分だった。
「でも私のマンションはすぐそこだよ」
「それでも送るよ」
ジョーイはまたしっかりとキノの手を握って、改札口へと向かった。
自分ですごいことをしでかしたと、まだ少し戸惑っているが、ドキドキが悪くない。
青春真っ只中にいる自分が誇らしかった。
駅を出てショッピングセンターに続く連絡橋を歩いている時、キノが指で虚空を差した。
「あれが私の住んでいるアパートメント。日本ではマンションっていうけど、英語のマンションって言ったら豪邸だから、私には抵抗ある」
それはすぐ目の前にある、この辺で一番大きく、防犯設備の整っているところだった。
「あんな素敵なところに住んでいるのに、どうしてリルが遊びに来たいって言っても断ったんだい」
「それは、その、リルとはまだ知り合ったばかりだし、まだそんなに親しくないから……」
「じゃ、俺はそのうち呼んでくれるのかい?」
「えっ、そ、そうね。その時はしっかりと掃除しなきゃ、今はやっぱりジョーイでも困る」
誤魔化すようにキノは答えていた。
「いいよ、無理しなくても。しかし今何時だ。すごい腹減った。遅くなりついでだ。一緒に何か食べないか」
キノもジョーイの誘いに答えようと笑顔でいたが、目の前に突然現れた人物を見て一瞬にして血の気が引いて、ジョーイの手を無理に離した。