Lost Marbles

第十二章


「そっか、キノは本国に帰っちまったのか」
 夜遅く、やっと静かになったリビングルームのソファーに深く座り、トニーは呟いた。
 ジョーイはシアーズから聞いた真相には触れずに、ツクモと一緒に床に座りながら、当たり障りのないことだけをトニーに説明していた。
 トニーもジョーイが話すこと以外、詳しい真相を訊こうと突っ込みもしなかった。
 FBIがあんな風に絡んできた以上、真実を知ってまた命を狙われては困るとばかりに怖くて聞きたいとも思わない。
「ツクモ、寂しいだろうけど、俺達がかわいがってやるからな」
 トニーの言葉にツクモは尻尾を振って「ワン」と返事する。
 トニーの足元に絡んではじゃれ付き、頭を突き上げて早速体を撫ぜて可愛がれと催促しているようだった。
「お前、かわいいな」
 トニーもすぐにツクモを気に入り、体を撫ぜてスキンシップをとっていた。
 その様子をジョーイは微笑ましく見ていたが、突然思い出してはっとした。
「そうだ、なあ、トニー、これどう思う?」
 ジョーイはキノの手紙をポケットから取り出し、前に突き出した。
「キノからの手紙か。でもなんだこの最後の数字は? 5 + 5 11 037?」
「そうなんだ。俺もそれが分からない。全体が英語なのに、ツクモもカタカナで書かれているのも不自然だろ」
「んー、これは何かの暗号なのか? 何かをジョーイに知らせたいんじゃないだろうか。他に何かヒントはないのか」
「そういえば、黒ぶち眼鏡もツクモが持ってきた」
 それも取り出してトニーに見せた。
「あっ、もしかしてこの眼鏡を掛けて手紙を読んだら、文字が浮かびあがってくるとかじゃないのか」
 ジョーイははっとして、その眼鏡を掛けて手紙を見てみた。
 だが全く変わりはなかった。
「何も変化はないぜ。だけどこの眼鏡、やっぱり伊達だったんだな。なんでこんな眼鏡選んだんだろう。他にももっと女の子らしいものもあっただろうに」
 ジョーイは眼鏡を掛けたまま、トニーの顔を見て答えを求めた。
「俺に聞かれても…… ジョーイが分からないのに、俺が分かるわけないじゃないか。だけどその眼鏡掛けてると、なんかフクロウみたいだな。キノの時もそう思ったんだけど、女の子だから言わなかった」
「えっ、フクロウ?」
 ジョーイもこの眼鏡を掛けているキノを見た時、動物を連想していた。
 フクロウと聞いて、それがピタッとイメージと重なった。
 だが、フクロウという言葉がまた出てきたことにひっかかる。
 シアーズからもフクロウのコインを手渡されたばかりだった。
「漫画でそういう描き方するじゃないか。ジョーイは見たことないかな。トッツィーポップスのキャンディのCMに出てくるフクロウのキャラクター。そんな丸い眼鏡かけてるんだよ。アメリカじゃ結構有名だぜ。Tootsie Popsで検索してみな一杯画像出てくるから」
「キャンディのことはどうでもいい。そのフクロウだけど、それならこれどう思う?」
 今度はシアーズから貰った一ユーロ硬貨を見せた。
 トニーはそれを手にとって眺めた。
「へぇ、これが一ユーロか。初めて見た。俺、ヨーロッパまだ行ったことないもんな。でもこれもフクロウがデザインされてるんだな」
「それは古代アテネで使われてたテトラドラクマ銀貨のデザインだ」
「えっ、なんて? テ…… ドラ…… クマ?」
「テトラドラクマだ」
「なんかややこしい名前だな。最後のクマしかはっきり聞き取れないよ。だけどそれも何か関係しているのか?」
「分からないから聞いてるんだろうが」
 二人は暫くキノの手紙を見つめながら、眉間に皺をよせ、首を傾げるだけしかできなかった。


 その晩、ジョーイは自分の部屋にツクモを入れて、一緒に寝ることにした。
 机の上にキノの眼鏡、手紙、そしてコインを並べふーっと息をつく。
「あー疲れた」
 この一週間の目まぐるしい変化を振り返り、ベッドに腰を下ろす。
 次の日は母親のサクラが、出張していたアメリカから帰国する。
 サクラが帰ってくるまでに、ドタバタが収まって一段落したことで、少し胸をなでおろしていた。
 このまま何事もなかったように済ませたいが、ツクモも居るし、シアーズもサクラと話をすると思うとそうも行かない。
 そしてサクラもまた過去を思い出し、辛い思いをするかもしれない。
 自分ですら、父親が何をしていたか知らされてかなりのショックを受けてしまった。
 元妻だったサクラがその話を知らない訳がない。
 当時サクラも同じように思ったことだろう。
 そうなると、折角薄れていた心の傷をまた深くえぐる事になるかもしれない。
 ジョーイの瞳は悲しくまどろんでいた。
 ツクモは慰めるようにジョーイの側により、鼻を何度も「クーン」と鳴らす。
「ツクモもキノと離れて寂しいのに、俺のこと気遣ってくれてるのか」
「ワン」
「そうか。有難うな。だけど、またいつかキノに会えるときがあるんだろうか」
 その時、ツクモはデスクに向かって二本足で立ち上がり、キノの手紙を加えてジョーイの前に持ってきた。
「どうしたツクモ?」
 ジョーイはその手紙を受け取りまた眺めた。やはり何度見ても意味が分からない。
 その間、ツクモが手紙を見て吼え続けた。
「なんだよツクモ、お前はなんか知ってるのか?」
 ジョーイが両手で持っている手紙に向かって、ツクモは手紙の裏を舐めだした。
「どうしたんだ。裏になんかついてるのか」
 何気に手紙の裏をひっくり返したときだった。
 ジョーイははっとした。
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