第五章
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「お帰り」
ジョーイが家のドアを開けて玄関に入ると、トニーがニヤケながら出迎えた。
何やらいい匂いも家の中に漂っている。
「飯の用意してくれたのか?」
ジョーイが靴を脱ごうと足元を見ると、見慣れない赤いハイヒールが目に入った。
「おい、誰か来てるのか?」
「うん、眞子ちゃん」
「えっ?」
ジョーイは慌てて靴をぬぎ、家の中に駆け込むと、台所で見知らぬ女性が料理を作っていた。
「あら、あなたがジョーイね。初めまして」
眞子がお玉を持ちながらジョーイに微笑んだ。
少しぽっちゃりとしたように見えたのは胸がでかかったからかもしれない。
トニーが気に入りそうな、メリハリのある体をした大人の女性だった。
「おい、一体どうなってんだよ」
トニーを睨みつけ、ジョーイは不機嫌さを露にした。
「おいおい、学校の先生だからいいじゃん。今日ご飯どうしようかなって眞子ちゃんに相談したら、ボランティアのお礼に作りに来てくれたんだ」
「俺の知らないところで勝手に人を家にあげるな」
「だって、ジョーイは今日遅くなると思ったんだもん。そしたら俺ご飯一人で作れないし。そう固いこと言わなくてもいいじゃん。ジョーイだってお腹空いてるだろ」
トニーは眞子に近づき、得意の話術を持ちいり、感謝の気持ちを甘い言葉に乗せて囁いた。
眞子ははにかんだ笑顔になりながら、すっかりその気にさせられている。
先生の立場なのにあれではただの男女の仲に見え、ジョーイは頭を抱えた。
「さあ、できたわよ。それじゃ私、帰るね」
「えっ、眞子ちゃんも一緒に食べていかないの? ジョーイのことなんて気にしなくていいから」
「ううん、明日も学校あるし、色々準備もあるのよ」
眞子はおっとりとした癒し系の笑みを浮かべる。
トニーはそれに骨抜きにされ、未練がましく眞子を玄関まで見送った。
ジョーイは疲れたとばかりにソファに座り込んだが、呆れかえって何もやる気が起こらない。
「こっちは大変なことに巻き込まれて苦労しているというのに、トニーの奴は……」
苛立ちは止まらなかった。
その日の夕食は、眞子が作ったものを食べることになってしまった。
食卓に並べてあったものを見る限り、家にあった食材でここまでできることに、料理の腕を認めざるを得ない。
「おい、ジョーイ、早く食えよ。上手いぜ」
トニーは好きな女性に作ってもらったというだけで嬉しそうに箸を口に運んでいた。
ジョーイも口にするが、腹を殴られたせいで食欲が失せていた。
「どうしたジョーイ。なんか変だな。カウンセリングでなんかあったのか?」
「いや、別に何もない」
ジョーイは意地になって無理にでも食べだした。
「そういえば、昨日、豆腐のこと言ってただろ。あれから考えたんだけど、豆腐料理屋のレストランを思い出したんだ。そこ豆腐のフルコースのような料理が出るんだって。今度行きたいな」
「豆腐料理のレストラン?」
そういえば大豆のこともうやむやになっていた。
息もつかないまま、物事が流れていくこの非日常におかれ、ジョーイはかき乱される。
それらは何かで繋がっているならば、その根っこの一つを知ることで全ての謎が解けそうなのに、どんどんと訳のわからない事が降りかかる。
一つ一つ繋げ、その根源を突き止めようとしていた時、トニーの電話の件の事も思い出した。
駅のホームでつい立ち聞きしてしまったトニーの会話。
あの時トニーもおかしなことを言っていた。
『別に不審な動きはありません』
まるでトニーも、何かが起こることを前提に、様子を探っているような言い草だった。
ジョーイは眉を顰めてトニーを見つめた。
「なんだよ。眞子ちゃんを勝手に呼んだことまだ怒ってるのか? 勝手なことをしてすまなかった。これからは気をつけるから、いい加減機嫌直してくれ」
「そんなことはもういい。それよりトニーは何か俺に隠し事とかしてないか?」
ふとトニーの箸が止まる。
「なんだよ、急に。そりゃ俺だって人には言えない話くらいはあるぞ。でもいちいちそんなことまでお前に言わないといけないのか?」
「例えばだ、俺に関することで何か隠してるということだ」
「はあ? ジョーイに関すること? 何があるんだよ。あっ、黙ってお前の部屋入ったことか?」
「いつ入ったんだよ」
「今日。眞子ちゃんに自分の部屋見せて、ついでにジョーイの部屋も見せた」
「おい、なんでそんな勝手なことするんだ」
「なんか見られてまずいものでもあったか? もしかしていやらしい本隠してたとか? それなら俺にも貸してくれ」
「いい加減にしろ。もういいよ。飯もいらね」
ジョーイは立ち上がり、何もかもほっぽり出して、自分の部屋へ行ってしまった。
トニーのお気楽、能天気さにはいい加減嫌気がさした。
「ジョーイ、ごめん。眞子ちゃんが来てつい浮かれてしまったんだ。許してくれ」
トニーが叫ぶが、ジョーイは耳を傾けることもなく階段を勢いつけて上っていく。
自分の部屋に入ったとたん、ドアを思いっきり閉めた。
バタンと家中に音が響くと、トニーは肩をすくめた。
少しはヤバイと思ったが、目の前の料理を目にすれば、眞子への思いで気にならなくなってしまった。
一口食べる事に、幸せを感じ、眞子の手料理を堪能していた。
「トニーの奴、なんて勝手なことするんだ」
ジョーイは自分の部屋を見渡し、何も変わっていないか確認する。
全くいつもと変わらない様子だったが、トニーの身勝手さには腹が立つ。
ベッドの上に寝転がり、頭の下で手を組んで天井を見つめる。
この日、起こったことが、断片的に浮かんできた。
だが、それは全て、繋がって起こっている。
またビー玉が転がって、次の仕掛けのスイッチに触れてしまった。
次から次へと連鎖反応を起こし、それは何かが計算されたように刺激を受けて動き出す。
収拾
がつかないくらい広範囲に渡って作動している。
「一体最後にはどこに行き着くというんだ」
その時何かが分かるというのだろうか。
ジョーイははっきりしないこの状況に頭を掻き毟っていた。