Lost Marbles

第五章


「(なんだ、お前も桜見に来てたのか)」
「(なんだよ、その偶然会ったような言い方は。ギーがここに来るように仕向けたんじゃないのか)」
 ふんと鼻で笑い、意地の悪さが出ているニヤついたそのギーの顔は、全てを物語っていた。
 悪意のあるその態度が悪者に見え、FBIという立場で何をしようとしているのか、全くつかめない。
 ジョーイは得体の知れない恐れを感じ取り、喉に声がつかえて、何も言えなかった。
 ギーはその沈黙の中、視線をジョーイの隣に移すと、舐めるような目つきでリルをじろじろと見渡した。
「(彼女か?)」
「(違う)」
「(別に照れなくてもいいんだぞ。まあ、そんなことはどうでもいいがな)」
「(彼女とは偶然ここで会っただけだ。誤解するな)」
「(ほー、偶然ここで会った…… か。本当にそうなのか?)」
「(どういう意味だ? それにもう一つ聞きたいことがある。雑誌をある女の子から貰った。あれはお前が仕掛けたことなのか?)」
「(さあ、なんのことだか)」
「(じゃあ、どうして俺は今ここに居てお前と顔を合わしているんだ? それにヒントをくれるんじゃなかったのか)」
「(ああそうだったな。しかし少し計画が狂っちまってな、それどころじゃなくなった。とにかくその話はまた今度だ)」
 ギーは踵を返して去っていく。
「(おい、待てよ)」
 ジョーイは追いかけようとしたが、リルが力強くジョーイの腕を引っ張った。
「リル、離してくれ」
「あの人と何があったか知らないけど、なんだかとっても危険な感じがする。行かない方がいい」
 目を一瞬でも離せば、ギーは人ごみに溶け込み、すっかり姿を消してしまった。
 ジョーイは不完全燃焼になりながら、苛立ちを顔に表す。
「ジョーイさん、一体何に巻き込まれているの?」
 リルが不安な面持ちで問いかけるが、ジョーイは溜息出しながら首を横に振る。
 それを見つめるリルの目が寂しげだった。
「そうだ、さっきの質問だけど、なぜ俺が誰かと待ち合わせしているって訊いたんだ?」
「それは、その、ある人から聞いて」
「誰から?」
「全然わからない。下校中一人で歩いてたら、後ろから声を掛けられて、でも振り向かずにそのまま聞けって言われて。そしたらジョーイさんが夜桜祭りで何か に巻き込まれるから、もし友達だったら助けに行った方がいいって忠告された。私、それで心配になって、言われた通りに来てみたら、ほんとに危ないことに なってたから怖かった」
「何だって? 一体誰がそんな忠告を君に」
「私も分からない。私が後ろを振り返ったとき、もうそこには誰も居なかった。だけど声は男だった」
 ジョーイは険しい顔をして黙り込む。
 何かが確実に自分の見知らぬところで動き、そして関係のないリルまで巻き込んでしまった。
 これもビー玉が転がった仕掛けなのだろうか。
「一体何が起こってるんだ」
 ジョーイは憤懣たる気持ちを必死に抑えて体を震わした。
「ジョーイさん、さっきの男と何を話してたの? あの人は誰?」
「リルはそんなこと何も知らなくていい。それよりも巻き込んでしまってすまなかった。もう俺には関わらない方がいい」
「私なら大丈夫。もし何か役に立つことがあるならお手伝いしたい」
「だめだ、もし君に何かあったら、俺、責任とれない」
「そんなこと私全然気にしてない。それよりジョーイさんがあの時のお兄ちゃんみたいに突然姿を消すとかなったら私、そんなの嫌!」
 リルは過去の事故のトラウマから、慕っていた友達を失くした辛さが蘇り、感極まって突然ジョーイに抱きついた。
「おい、リル」
 ジョーイは顔を顰めるも、最後は諦め、リルに抱きつかれるままになっていた。
 夜の桜は威厳満ちて、怪しげに浮かんで見える。
 人々はそれらを眺めて楽しみ、ひっきりなしに人が川のように流れている。
 そこにポツンと杭が立ったようにジョーイはリルに抱きつかれながら、周りの光景を目に映していた。
 ジョーイの力ないその体の意味を感じ取った時、リルはようやく我に返った。
「ご、ごめんなさい。私、つい」
「もういい。リルは過去の辛い記憶に振り回されているだけだ」
 リルは下を向いたまま、何も答えなかった。
「とにかく帰ろう」
 ジョーイが歩き出すと、リルもそれについていく。
 二人もまた人ごみの中に飲まれていった。
 その様子を溢れかえる人たちに紛れて見ていた者が二人いた。

「キノ、ほんとにこれでよかったのか」
「うん。今はこうするしかなかった」
「いつまでこんなこと続けるつもりだ。これ以上は危険だ。もう諦めろ」
「あともう少しだけ。もう少し私に時間を頂戴。ノア」
 ジョーイとリルの様子を憂いを帯びた目で、キノは遠くからもどかしげに見つめる。
 ノアと呼ばれた男はキノの行動に少し苛ついていた。
 溜息を一つ吐くことで、それを露骨に表すも、気を取り直す。
「しかし、あのFBIの男も無茶な賭けにでてきたな。まさか本当にジョーイに痛い思いをさせるとは思わなかった」
「私も同じように狙われているってことなのね」
「ああ、あの雑誌を故意にキノの目に付くところに置いて、ジョーイを誘い出すようにしたのも奴の作戦だろう。わざとジョーイを襲わせて、キノがどう動くか反応を見たかったんだろう。いいか、これからは自分の行動に気をつけるんだ」
「わかってる」
 キノの瞳は寂しさで虚しく、どんよりとしていた。
 眼鏡を外して、キノは目を擦ってしまった。
 ノアは優しくキノの頭に手を置いて、精一杯慰めていた。
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