第九章
5
しつこくキノに攻撃を仕掛けていたリルだったが、それも駅についてからはピタリと止んだ。
一人だけホームの乗り場が違うことに気がつき、そこで敗北してしまった。
それでも別れ際に「今度遊びに行くから」と捨て台詞を吐いていた。
やっとリルと離れられ、キノはほっとするも、唯一の弱みを責めるやり方は、誰かがそうするように仕向けたと思わざるを得なかった。
「それにしても、リルって変わってるな。無愛想で、同じこと何度も繰り返すなんて、あれは病的な嫌がらせだな。キノも約束の日だけ決めて、その間に家の中片付ければいいじゃないか。友達になりたいんだろ」
トニーがアドバイスする。
「だから、リルが家に来るのが困るの。私にも事情ってものがあるの」
「ふーん、なんかケチだな」
「ケチで結構です」
キノは首をプイッとそむけて、怒ってしまった。
トニーは慌ててジョーイに助けを求めた。
「おい、ジョーイ、さっきから黙り込んでどうしたんだ?」
「えっ、別に何でもない。ちょっと考え事をしてたんだ」
「あっ、そうか、今晩の夕食のことか」
説明できるような話ではなかったので、ジョーイはそういうことにしておいたが、キノが気掛かりに視線を向けた。
ジョーイはキノを見つめた。
「そういえば、ここでキノはビー玉をばら撒いたんだっけ」
「そ、そうね」
恥かしいことなのか、気まずそうにキノは俯いた。
「あのビー玉の一つが、ずっと転がり続けてるんだ」
「えっ?」
「いつか、それを見つけられるだろうか……」
その言葉の裏に秘めた思いを乗せ、ジョーイの瞳は真実を求めていた。
深く問いかける瞳で見つめられ、キノの口許は微かに震えている。
寸前まで声が出掛かっているのを、無理に押し込めているようだった。
「あー、腹減った。おい、ジョーイ、今晩何を食べる?」
トニーの声にあっさり邪魔をされ、そして電車が入るアナウンスが流れると、全てがなかったことのようにされた。
複雑な思いを抱え、ジョーイとキノは電車が入ってくる方向を無理して見つめていた。
乗り換え駅で降り、連絡通路を歩いていると、ジョーイは後ろから目を覆い隠された。
「だーれだ」
「詩織……」
目を覆った手を払う気力もなく、ジョーイはされるがままになっていた。
「当たり〜」
「こんな時間にここで何してんだよ」
「それはジョーイも同じでしょ。ハーイ、キノちゃん。元気?」
相変わらず、キノにもベタベタと触り、キノもタジタジとしていた。
「おっ、すげぇ、美人。俺、トニー、ジョーイの親友。よろしく」
白鷺眞子はどこへ行ったんだとジョーイは突っ込みたくなる。
「初めまして、私は詩織。日本語上手いんですね」
トニーは謙遜することなく、得意げになっていた。
「ジョーイ、結構隅に置けないな。俺の知らないところでこんな美女と付き合ってたんじゃないか」
「そんなんじゃねぇーよ」
「もう、ジョーイったら照れることないでしょ。私はいつでも付き合ってもいいんだから」
甘えた声で、詩織はジョーイの腕に自分の手を絡ませた。
「おい、やめてくれ」
「あれっ? キノ、リルの時と違ってここはジョーイを取り合わないのか? キノもジョーイのことが好きなんだろ」
キノはトニーにいきなり話を振られて驚いていた。
「嘘、やだ、キノちゃんもジョーイの事が好きだったの? えー、そんな。ジョーイはどう思ってるの?」
詩織はまさかの事態に動揺していた。
妹のように可愛がっているキノが、ジョーイを好きだとは考えたことがなかった。
キノもこの流れに慌てていた。
ジョーイはどう答えて良いのか言葉すら浮かんでこなかった。
それをじれったいとトニーは口を挟む。
「ジョーイ、これははっきり言った方がいいぞ。キノが好きだって……」
「おい、トニー、バカ、何を言うんだ」
「だって、お前、言ってたじゃないか、キノが気になるって」
「だからってトニーがここでいうことじゃないだろっ!」
「ええー、ジョーイもキノちゃんが好きなの? 嘘」
詩織はショックで泣きそうになってしまい、キノも眼鏡の奥で目を丸くしている。
とんでもないことになったと、冷静なジョーイですら困り果てて慌ててしまった。
「こういうジレジレするの俺嫌いなんだ。はっきり言えば事が収まるんだから、いい機会だはっきりしろ。ここでキノと付き合え」
「トニー、いい加減にしてくれ」
「そんな、キノちゃんとジョーイが両思いだなんて」
詩織はとうとう泣き出してしまった。
「詩織さん、ちょっと泣かないで」
キノはなだめようとするが、いい言葉など何一つ浮かばず、おろおろしていた。