第六章
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運転手のマグダルが心配してずっと待っていてくれたお陰で、自分達の船があるスペースポートへ送ってもらえることになり、無事に帰る事ができた。
また美味しいものを食べる機会に恵まれず、無事に船に戻ってきたときには、お腹が空いてた事を思い出し、それぞれの腹の虫が煩くなっていた。
クローバーはすぐに腕を振るって料理を作ってくれたので、なんでもスムーズに事を運んでくれるクローバーの有難さを実感していた。
豪勢なものではないが、皆揃って和気藹々と食べるだけでそれはご馳走だった。
キャムにとって、もう二度とここに戻って来れないのではと悲観的になっていただけに、この家族団らんにも似たひと時は、何にも変えがたい幸せなものだった。
皆が助けてくれる、可愛がってくれる、気遣ってくれる、これ程有難いと思うことはなかった。
「僕、正直もうここに戻って来れないかと思いました」
つい本音がでてしまい、感極まって目に涙が溜まってしまった。
「キャム、ほら、泣くな。よほど怖かったんだな」
ジッロにナプキンを渡され、優しい眼差しを向けられた。
「もう忘れちゃいな。たくさん食べるんだ」
マイキーがテーブルの食料をキャムの側に寄せた。
「ありがとう……」
キャムは我慢していたが、感情が高ぶってとうとう泣き崩れてしまった。
ジッロとマイキーはもらい泣きしそうに、キャムの健気さに心打たれていた。
クレートは静かにその様子を見守っている。
「キャム、ほらほら、折角の料理がしょっぱくなってしまいますよ。もう大丈夫です。あんなことは二度と起こりませんから」
クローバーが後からキャムを抱擁した。
「好きなだけ泣け。それで気が済むのならそれでいい。我慢することなんてない」
クレートだけがキャムの行動を肯定する。
その言葉でキャムは次第に落ち着きを取り戻していった。
弱い部分をクレートは無条件で受け入れてくれたことが、満足に繋がっていったのだった。
涙を擦るように吹き飛ばす。
「あーこれですっきりしました。ジッロ、後でまた射撃教えて下さい。今度会ったときは一発お見舞いしてやりたいんです」
「よし来た。もちろんじっくり仕込んでやるよ」
ジッロだけが頼まれたことにマイキーは競争心を燃やした。
「俺もなんか役に立ちたいな」
「そしたら、マイキー、僕に宇宙船の操縦教えて下さい。いつか思いっきり宇宙を飛ばしてみたいです」
「それはいいアイデア。喜んで教えてやるよ」
キャムの元気が出てきたことは喜ばしかった。
クレートは遠巻きに皆の事をみていたが、あの時一番心乱したのは自分だったと思い出し、そして静かに手に持っていたコーヒーを飲んでいた。
皆の絆が強まって行く。
クレートは自分でも、今まで味わったことのない仲間の結びつきが、この時とても心地よく感じていた。
その翌日、飛び込みの仕事が緊急に入って来た。
仲介役を通さない直々の依頼で、それは医療に関係し、一刻も争う特殊な任務だった。
ジュドーから紹介を受けたと依頼主は説明する。
話を聞けば、キャムが意識を失ったときにお世話になった病院だった。
ジュドーもキャムに対して借りがあると言っていただけに、仕事を世話してくれたとすぐに感じ取り、クレートはその依頼を快く受けることにした。
このコロニーにいてももうするべきことはなく、嫌なことを思い出すだけに未練はなかった。
病院から届けられた医療関係の品は大小それぞれの箱に区分けされ、温度調整された特別な冷蔵装置の箱に入れられていた。
それを受け取り、マイキーはすぐに宇宙船を操縦してコロニーの外へと旅立った。
目的地はさほど離れてないが、瀕死の患者が待っているということで、迅速さが要求された。
コロニーを出れば、キャムはあの時出会ったロビンとカナリー、そして入院しているチッキィを思い出していた。
守られているとはあったが、すぐ側にある危険と隣り合わせて自分達で生活する事を考えると、心が痛んでしまう。
どうすることも出来ないだけに、やはり最初の仕事で出会ったあの依頼主の引き受けた仕事の内容について責めることはできなかった。
例えそれが、別のところで悪魔の所業であってもだった。
キャム自身、何が悪くて何が良いことなのか見失いそうで、この宇宙の混沌さに失望を感じつつあった。
「キャム、大丈夫ですか?」
隣に座っていたクローバーが心配している。
「うん、大丈夫。ありがとう」
自分が出来る範囲の事をするしかない。
希望さえ持っていれば、どこかでいい道が開けてくる。
その方法は分からないが、自分が強くならなければという漠然とした思いだけが心に蓄えられていった。
医療ステーションと位置されるそのコロニーは、その名のごとく宇宙で必要な医療が集まっているところだった。
宇宙に人類が散らばった今、未知なる病原体に立ち向かうために日々色々な事が研究されている。
ネオアースに降り立った、エイリー族の技術も持ち込まれ、宇宙でも充分な処置ができる場所だった。
「コロニー自体がでかい病院になってんだね」
マイキーが操縦桿を握り、コロニーは降り立つ準備を始めていた。
予め病院同士で連絡を取り合っていたお陰で、自分達が何を運んできたか伝えると、特別ハッチが開けられ、宇宙船の入港を歓迎された。
「マイキー、このまま指定された病院近くの特別ポートまで飛ぶんだ。許可が入った」
「ラジャ」
緊急の場合だけに降り立つことを許可され、そこはまさに救急ポートと呼ばれる、一刻も争う患者などが収集される場所だった。
普通のスペースポートと違い、街の中でビルもあり、障害物が多く、おまけにかなり狭いので、この船で降り立つにはかなりの注意が必要だった。
周囲に気をつけ、尚且つ迅速にマイキーはテキパキと船をポートに近づけた。
そして降り立ったとき、すぐに迎えの人間が船を取り囲んでいた。
ハッチは開けられ、代表者としてクレートが走って荷物の受け渡しに向かう。
その次に早かったのはキャムだった。
少しでもクレートの手伝いがしたい一身で、金魚のフンのようにくっついて行く。
「キャムには負けるよ」
ジッロもキャムと変わらない速さでクレートについて行くのだが、ジッロの役割は、クレートを守る用心棒的な部分があるために、自分よりも早く行かれたら身も蓋もない。
だが必死に走って行くキャムを見てると、益々胸がキュンとしていた。