第九章

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 クローバーの操縦で小型船は宇宙へと繰り出した。
 闇市が行われているコロニーに行く先を合わせ、出来る限りの速さで乱杭歯男の足取りを追いかけた。
「クローバー、この船で黙ってキャムをネオアースに連れて行くつもりだったのか」
「そうです。それはキャムが言い出したことです。キャムは自分があなた達が憎むエイリー族の血を引いていると知ってから、心苦しくなりました」
「しかし、キャムには罪はない」
「それは私も同じ事をいいました。私としては、もう少しあなた達と一緒に過ごしたかったくらいですから。でもキャムは全てを知ってしまい、自分が仲間の居る元へ帰る事が一番だと思ったのです」
「そこへ帰れば、キャムはどうなるんだ」
「キャムは皆と一緒にこのネオアースを出て行くことになります」
「エイリー族がネオアースから出て行く? 乗っ取って自分の星にしているのに、なぜ」
「あなた達宇宙に出た人間は、誤解しています。欲を持ったネオアースの一部の人間にいいように利用されてるだけです。エイリー族は最初からネオアースを 乗っ取るつもりなんてありません。感情を共有し、誰もが幸せを願う温和な優しい種族です。だからこそ、惜しげもなく最新技術を伝授し、一緒に研究までして この地球のために貢献してきたのです。彼らの目的は地球のあらゆる遺伝子のサンプルを手に入れること。そして自分達の種族のためにそれらを取り入れて新た に発展して行く事が目的なのです」
「なぜ、我々は宇宙に閉じ込められなければならなかったんだ」
「そこは人間の醜悪な部分が露呈したのではないでしょうか。地球と宇宙に住む人間を分けることで、権力を得るもの、差別化を図って、周りをコントロールするもの、そして地球が大変だったときに、見捨てて逃げていったことに対しての恨み、全てが要因でしょう」
 クレートは絶句していた。
 ずっとネオアースに騙されながら生きてきたことに憤りを感じずにはいられなかった。
「ですが、ネオアースの人間ばかりもせめられません。なぜなら、エイリー族がファーストコンタクトをとらなかったら、こんなことにはならなかったでしょう から。これはエイリー族も反省している点です。だから、彼らはネオアースがすることには何も口出しすることはなかったのです。例え悪者にされても、一応は 事実であるため否定もしなかった」
「この先、ネオアース、いや、地球は一体どうなってしまうんだ」
「かなりの混乱が生じるでしょう。宇宙にいる人間は真実を知れば憤り、ネオアース軍との衝突はさけられません。ネオアースも簡単に宇宙から戻ってくる人々を一度には受け入れられないですし、戻ってきたとしても、確執が起こると思います」
「それじゃどうすれば」
「どこかで妥協点を見つけるしかありません。どちらも感情を抜きにして話し合って、いい解決方法をみつけるのです」
「簡単にいってくれるが、人間は感情がむき出しになる生物だ。そしてどちらも自分の言い分が正しいと信じきって、争いに発展するのは目に見えてる」
「しかし、その逆もしかりです。クレートのような代弁者がいれば、平和に解決できると私は信じてます」
 とてつもない大きな問題にクレートは自分の理解できる能力を超えてしまったと感じていた。
 クローバーは簡単に言ってはくれるが、自分が手を出せるようなことは何一つないのは明瞭だった。
 だが今一つだけできること、しなければならないことだけに集中する。
 首を思いっきり左右に振り、邪念を捨てる。
「今はっきり言えることは、とにかくキャムを無事に救いだすことだけだ。私ができる唯一のことだ」
「はい。その通りです。それが優先ですよね」
 クローバーも操縦桿を握りなおして、更に限界までスピードを上げていた。
 暫くして、通信キャッチ信号がピピピと反応し、クレートが応対すると、パネルにマイキーの顔が映った。
「クレート、そっちの位置をすぐに教えてくれ」
「どうしたマイキー、もう迷子になったのか」
「違う、今ウィゾーから連絡が入ったんだ」
「ウィゾーがどうかしたのか?」
 マイキーはウィゾーが乱杭歯男の船とコンタクトを取って、そこでキャムが居た事を知らされたと伝えた。
「それは本当か」
「ウィゾーは、偶然を装っていたが、明らかに人身売買に関与していたみたいだった」
「すでにダークサイドに落ちていたってことか」
「今からウィゾーが送ってきたデーターをそっちに転送する。ウィゾーがその男と連絡を取ったときの通信記録で位置が判明できると思う。それとクレートの船の位置を照らし合わせてくれ。早くキャムを見つけてくれ」
「分かった、マイキー」
「おい、俺もいること忘れんなよ。こっちもすぐ追いついて応戦するからな。だから安心して全速力で追いかけろよ」
「ああ、わかった、ジッロ」 
 クレートはキャムのことだけを考える。
 後がどうなろうと、キャムさえ無事ならもうどうでもよかった。

 スペースウルフ艦隊の司令室で、シドは形ばかりの仕事をこなし、それぞれの隊からの報告を受けていた。
「ガース隊長の姿が見えないが」
 シドがふと気づくと、他のものは首を傾げて知らないとリアクションしていた。
 先日、海賊の一件で揉めたこともあり、それが原因でほとぼりが冷めるまでどこかへいったのかというくらいの認識で、シドは大目にみていた。
 それなりの雰囲気を作り、艦長としての風格を保ってはいるが、実際は自分でも祭り上げられた感が否めない。
 独立国家だとかほざいていても、結局は集まってきた人々による認識の集まりがそれを生み出しただけだった。
 この宇宙では何をしようと、それを誇張したもの勝ちであり、力を誇示して大きいと思い込ませれば皆それを信じてしまいがちになっていた。
 実際はそれほどの力など持ってないと感じてながら、艦長という地位についている手前上、リーダーシップをとっているつもりになっている。
 本当にこの艦を動かしているのはガースだと言うことは薄々感じていた。
 そんな時に、クレートという男を見たとき、あれこそ真のリーダーに相応しい男だと、シドは感銘を受けた。
 あれだけの武器を持った、得体の知れない兵隊に囲まれながら、海賊の肩を持ち、公平に真偽を問い質すあの姿勢は、普通の人間にはできないものを持っていた。
 自分よりも若いのに、堂々とした威厳ある風格、自分があれくらいの年の時はもっとヘラヘラしてたと思うと、クレートのあの物怖じしない態度は立派なものとして目に映った。
 だから素直に気に入ってしまった。
 そして自分と同じ共通点を持っていた。
 四葉のクローバーというキーワード。
 シドはそれを聞くとつい拘ってしまうことがある。
 かつて自分を愛してくれた人が、好きだったものだった。
 カザキ博士は、それを思い出せと最後に忠告してきたのだろう。
 つまらない意地を張るな。
 ただそれだけのために。
 お陰で、少なくともクレートと出会い、そのキーワードを通じて何かを共有するきっかけを作ってくれた。
 そんな事を考えていたとき、オペレーターの声が司令室に広がった。
「艦長、救助信号を発信している船がありますが、どうしましょうか」
「一体どこの船だ」
「一般人向けの個人宇宙船です」
「緊急事態なのだろう。すぐにこの艦へ迎え入れろ。すぐにパトロール機を出して誘導してやれ」
「了解」
 オペレーターは言われた通りに行動した。
 スペースウルフ艦隊から数機のパトロール機が飛び出す。
 そして乱杭歯男の船へと近づいて行った。
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