第九章


 宙を舞っているような不安定なふらつき。
 足元が少し冷たく、寒気がする。
 少し体を動かそうとすると、痺れて体の感覚が鈍かった。
 ぼんやりとする中、目を開けて周りを見れば、見知らぬ周辺に、キャムは混乱していた。
 体を少し動かした拍子に、誰かが船を操縦しているのが見えた。
 マイキー? いや違う、視界がはっきりしてくると、乱杭歯男だと思い出した。
 手足を縛られている以上、抵抗ができず、何かいい策はないかと考え、とにかくまだ気絶しているフリをしておくことにした。
 できるだけ体力を保持して、隙を見つけたときに逃げる準備をしようと、キャムは乱杭歯男に見つからないように、辺りを見回して対策を練っていた。
 操縦室はこじんまりとしているが、数人用のオペレート席があり、小型船よりやや大きい。
 宇宙ナビゲーターが作動し、目的地までの進路が出ていた。
 どこかのコロニーに連れて行かれ、そこで売られるのが推測できる。
 人身売買が行われるような場所は、まともなところではないだけに、なんとしても逃げなければとキャムは後に縛られた手を動かしていた。
 とにかく、クレート達に自分が居る場所を知らせなければならない。
 通信システムがある場所をみては、あれなら自分も操作できると確信した。
 乱杭歯男が、席を外してくれたなら、せめて救援信号を出せるボタンが押せるのにと思ってしまう。
 誰かが気がついてくれるだけで、ぐっと道がひらけるかもしれない。
 しかし、前回誘拐されたとき、助けを求めても、却って間逆の反応をされて摑まってしまったことを思い出すと、なんだか悲しくなってくる。
 この宇宙では、常識な感覚というものがなく、力を持ってるもののやりたい放題で、その声を荒げる奴らばかりが得をしているように思えてくる。
 キャムはこの短期間でいやな部分を存分に見せられ、人間の醜いエゴと宇宙の無法さに辟易だった。
 力の弱いものが常に飲み込まれていく非情さ。
 平和を乱して隙あらばそこへ入り込む邪悪な者達。
 抗えないものを感じてしまうようになることが、一番悔しいことだった。
 その中で、クレート達に出会えたことはこの上ない喜びに思えてならなかった。
 そしてクレートを好きになったことが、自分の大切な宝物のように思えてくる。
 ふと、宇宙スーツの下、胸に掲げた四葉のクローバーのペンダントを思い出し、キャムはクレートを思った
 それだけで、気持ちが奮い起こってくるようだった。

 乱杭歯男は、自動操縦に切り替えて、キャムの情報をどこかの宣伝場所にインプットしていた。
 性別:男
 年齢:16歳前後
 体格:小柄で痩せ型
 容姿:Sランク
 特徴:色白で美肌。儚げで繊細。かなりの美少年
 パネルから、それらの文字がみえていた。
 褒め言葉になるのだろうが、売り物として扱われることに侮辱だった。
 それに自分は女だといいたくなる。
 腹立たしい気持ちをおさえ、キャムは耐えに耐えた。
 隙が出てくるそのときを待つ。

「こいつ、まだ起きないな。強くショックを与えすぎたのだろうか」
 脈をとり、死んでいないことを確認する。
 乱杭歯男に触れられてぞっとしたが、気絶しているフリをするために必死に我慢した。
「まあ、このまま寝てる方が楽ってもんだ」
 乱杭歯男は操縦席を出て行った。
 用を足しにいったか、腹ごしらえにいったのだろうとキャムは思った。
 ドアの開閉の音が聞こえ、辺りが静かになったとき、キャムは誰も部屋に居ないことを確認して体を動かし、くねくねとしながら操縦席へ向かった。
 思ったほど自由が利かないのと、ずっと同じポーズをしていたため、体の節々が痛かった。
 そんな事は言ってられないと、必死に動いていた。
 椅子を頼りに首や体の部分を押し付けてなんとか身を起こし、そして壁にもたれて、立ち上がる。
 視界が開けて、操縦席の様子がはっきりと見渡せた。
 後に縛られた手で、通信パネルの救助信号ボタンを押し、これで誰かが気がついてくれればまた状況もかわるかもしれない。
 それに期待して、やるだけの事をやる。
 そして通信パネルから側反応があったとき、キャムは驚いた。
 誰かが連絡を取りたいと信号を送ってきている。
 後ろ向きのまま、すぐさまそのスイッチを入れた。
「ハンク、さっきそっちの書き込んだ情報をみたんだけど、いい子がいるみたいだな」
 どこかで聞いた声だった。
 キャムが振り返るとウィゾーの顔が映っていた。
 向こうもキャムを見て驚いていた。
「確か、君はクレートのところにいた子じゃないのか。なぜハンクの船にいるんだ。もしかしてクレートに売られたのか」
「そんなのある訳ないでしょ。僕は誘拐されたの。お願い、すぐにクレートに連絡して」
 だがウィゾーは躊躇する。
 クレートに闇の商売にかかわっていると思われるのは避けたい。
 ダークサイドに落ちるなと釘をさされているだけに、子供の人身売買に係わっていることがばれたら今後の信用に影響してしまう。
「うーん、しかしだな。私にもビジネスの事情があってだな」
「やっぱりあなたは信用のならない人だったんだ。クレートは仕事だからって割り切っていたけど、どこかでは信じたいって気持ちがあったと思う。だけどあなたも悪いこと平気でできる人だったんだ。やっぱり人間って汚い。自分の利益ばかりしか考えてない」
「おいおい、こっちもビジネスはビジネスって割り切ってんだ。奇麗事ばかり言ってたらお金なんて稼げないってことさ」
「それでも僕は人を犠牲にしてまでその上に立ちたくない。あんたたち人間って最低。この宇宙から居なくなっちゃえばいいのに。私に力があったら、あんた達を抹消しちゃうんだから」
 キャムは絶望と悲しみで我を忘れていた。
 興奮して感情が高ぶり、噛み付いてしまった。
 そんなことをしたら、もっと逆効果なのに、キャムは後先の事を考えられなくなっていた。
 後のドアが開く音が聞こえ、そして乱杭歯男が慌ててかけより、キャムを張り倒した。
「一体何をしてるんだ、このクソガキ」
 キャムは派手に飛んで床に体を打ちつけた。
「おいおい、ハンク手加減しろよ。一応商品なんだろ」
「ウィゾー、なんでこいつと通信してんだよ」
「いや、あんたに連絡いれたら、繋がったから仕方がないじゃないか。闇掲示板の書き込み見たぜ、そいつのことなのか」
「ああ、そうだ。なかなかの上玉だろ。これで一儲けしてやろうと思ってね。もしかして、ウィゾーも興味を持ったのか?」
「まあ、そんなところだったんだけど、気が変わったわ」
「そうか、残念だな。まあ、またなんかあったら連絡してくれ」
「ハンク、あんまりその子のこと虐めるなよ。傷がつくぞ」
「あんたに言われなくてもわかってるさ」
 通信はそこで切れた。
 キャムは悔しさのあまり、床に転がったまま泣いていた。
 だが、乱杭歯男は救助信号が船から発信されていることにまだ気がついてなかった。
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