ふたりは謎ときめいて始まりました。

第三章

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「あの苺ミルク餅、美味しかったな。もっと食べたかったけど、祥司君のためにつくられたものだから遠慮しちゃった」
 ミミはロクと肩を並べて歩きながら呟いた。
「自分でまた作ればいいじゃないか」
「あれは瀬戸さんの愛情とこだわりがさらに美味しさを引き立てていて、私にはあそこまで上手く作れないかも」
「本当に人は見かけにはよらないものだな。あんな強面の人がイクメンだなんて」
「イクメン?」
「子育てを積極的にする男の人たちのことを表わしているんだ」
「ふーん」
 ミミにはあまり聞き慣れない言葉だった。
「そういえば、谷原忠義さんも、息子さんの篤義さんのことを必死に守ろうとしていた。事情があって身を粉にして働いていたけど、それも子供のため、妻のためと結局は家族を守っていたんだろうね」
 ロクは先日のことを振り返った。
「忠義さんの介護は辛いものがあるだろうけど、父として成し遂げたものは篤義さんにも伝わっただろうね。瀬戸さんも自分の父親から受け継いだ愛を自分の息子へと紡いだ。どちらも状況は違うけど、どっちも感動しちゃった」
 ミミは空を仰いでいた。太陽が沈みかける前のピンクと紫の重なりが綺麗だった。
「そうだよね。ふたりとも男としてしっかりした芯がある人たちだ。なんだか羨ましい」
「どうしたの、ロク?」
「いや、自分ももっとしっかりしなきゃって思って」
「何言ってるの、ロクはしっかりしてるよ。だって次々謎を解いているんだから」
「いや、本当にそうなのかな。どれもなんか、偶然にことが進んでないか?」
「だから、たとえ偶然であったとしても、ロクが現れるから事が上手く起こるように歯車が噛み合うんだと思う」
「歯車が上手く噛み合う?」
「そう、ロクがその場にいて、物事が始まっていくみたいな」
「いや、それはミミもだろ。ミミがいるから全てが始まった」
 結局はミミを助手にするという条件で探偵職を手に入れた。それが本当の始まりなのだ。
 ロクはミミの横顔を見つめる。夕日の光に包まれたミミはトワイライトを纏っているようだ。まるでそこにいるようでいないような黄昏の不安定な存在。いつかミミがいなくなってしまうのではとふと頭によぎる。
「何?」
「あ、いや、ほらさ」
 ロクの胸が急にドキドキと高鳴り、何をどう誤魔化していいのかわからない。
「その、いなくなる……」
 つい本音が口から弱々しくでてしまう。
「えっ、なくなる? あっ、ロクもやっぱり思ってたんだ」
「えっ、それって」
「うん、ほんとにないよね」
「はっ?」
「だから、鯉のぼりのことでしょ。子供の日って年々鯉のぼりを掲げる家が少なくなったけど、この地域は全くないからさ、寂しいなってちょっと思ってたんだ」
「あっ、ああ、鯉のぼり。うん、鯉のぼり、見なくなったよね」
上手く誤魔化せたとロクはホッとする。
「さてと、夕飯、何食べよう。今日こそはキャベツ食べないと」
「ええ、キャベツまだあるの? かなり日にち経ってない?」
「結構もつからね、キャベツ」
「だったら、お好み焼きにしてみないか」
「ああ、それいいかも。キャベツのホットケーキとか作れないかな。なんか今、新しい料理方法が浮かんだ」
「ちょっと待て、シロップで食べるとかいうなよ」
「でもさ、お好み焼きソースって、ケチャップとソースとはちみつで代用できるんだよ。もっと甘くしても美味しいかも」
「あの、オーソドックスでいいから」
「瀬戸さん見てたらさ、私も拘って作りたい」
「だから、普通のお好み焼きを極めたらいいじゃないか」
「何よ、普通のお好み焼きって。広島の人や大阪の人が聞いたら、どっちだよって怒るぞ」
 ミミはわざと言ってロクを困らせている。
 ロクもそれをわかっていてわざと困っているふりをする。
 その馬鹿げたやりとりが、ふたりにとってとても心地よかった。
 夕焼けが空に広がるその日、ふたりは童心に返って手を繋いで歩きたくなる気持ちに恥ずかしくなりながら、くすっとお互い笑顔を見せあった。
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