ふたりは謎ときめいて始まりました。

第三章


 閉まりきっていなかったドアから、ミミはすっと体を滑らせ中に入っていくが、そこでドキッと体が跳ねた。
「お姉ちゃん、誰?」
 玄関先にぼんやりと立つ祥司。外が騒がしくて様子を見に来ていた。
「えっと、祥司君?」
「そうだけど」
「あのね、お姉ちゃんね、祥司君を助けに来たの」
「僕を助けに?」
「だから正直に答えて、あの継父に虐待されているの?」
「えっ?」
「ほら、メモを書いたでしょ。『助けて』って。その中に何か餌を入れて丸め、そして猫に投げたでしょ。猫が運んでくれるんじゃないかって。それを誰かに伝えたかったんでしょ」
「あっ、あれは」
「その左手は折檻されて痛めたんでしょ。今日、熱がでたのも仮病をつかったんじゃない? そして看護師の白石さんに助けてほしかったんでしょ」
 すれ違いざまにミミを睨んだ理由、それは邪魔をされたからだ。織香ならSOSに気づいてもらえると思ったのに、ロクとミミが現れたことで計画がおじゃんになってしまった。
「あ、あ、あ」
 祥司は何を言っていいのか考えがまとまらず、声が喉から跳ね返っていた。
「とにかく、ここから出よう。白石さんも祥司君を助けたいと、外にいるんだ。だから正直に教えて、あの継父に暴力を振るわれているって」
「ちょっと、姉さん、聞き捨てならんこといわんといてくれますか?」
 ミミの後ろで声がした。
 ゆっくりと振り返れば、ドアが大きく開いて瀬戸の強面が現れた。
「ああ!」
「勝手に家に入り込んで、なにしてくれますんや」
 瀬戸が凄みをかけている後ろで、ロクと織香が非常に焦っていた。瀬戸を上手く引き止められなかったと申し訳なさそうでいて、その裏で絶望している。
「表で兄ちゃんが発作を起こしたから、これはヤバイと思って救急車呼ぼうと電話しに中にはいってきたら、このざまですがな。予め仕組んだことやってんな」
 仕組んだことにはかわりないけど、あそこにいる中井戸はアクシデントで、計画していたことからかなりずれてしまった。
 そんな事を説明しても、今更何にもならないとミミは黙り込んだ。
「あーあ、俺が子供に暴力かいな。それ、近所でひろまってるんか?」
 ミミが責められている時、織香が必死の形相でやってきた。
「瀬戸さん、ちょっとこれ見て下さい」
 織香は持っていたメモを瀬戸に見せた。
「何ですの、これ」
「これは、祥ちゃんが書いたものと思われます。『助けて、祥司より』と読めます。これは一体どういうことですか?」
 織香は強気で立ち向かった。
「おい、祥司、この汚い字はお前が書いたのか?」
 祥司は弱々しく首を一振りした。
「一体、なんでや。助けてってどういうことや」
 瀬戸は祥司に食いかかる。
「瀬戸さん、やめて下さい」
 織香の声を聞いて、ロクと中井戸がひしめき合うように同時に玄関に入ってくる。
「大丈夫ですか、織香さん」
「中井戸さん、押さないで下さい」
ロクは中井戸とドアの入り口で暑苦しく挟まっていた。
「ちょっと、待てくれ。こんな狭いところで押しくら饅頭してどうするねんって。もうええわ、みんなちょっと上がって」
 瀬戸が先にサンダルを脱いで上がりかまちを跨いだ。
 皆、顔を見合わせながら、その後を続く。
 織香は立っていた祥司の肩に手を置いて、奥へと一緒に進んでいった。
「狭苦しいとこやけど、適当に座って」
 玄関から廊下を歩いたその先にはキッチン、ダイニング、リビングがひとつになった空間があった。
 織香と祥司は一緒にソファーに座り、ロクと中井戸は吐き出し窓を背に立った。
 ミミはダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
 瀬戸はローテーブルを挟んだ織香の前で床の上で胡坐をかいた。
「事の発端は祥司が書いたというそのメモやねんね」
「そうです」
 ロクが答える。
 瀬戸にばれた以上、こうなった経緯をロクは一通り説明した。
 瀬戸は目を瞑って考えながら聞いていた。
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