第四章


 映見は週末に何をしていたのかは詳しく教えてくれなかった。夜も遅くなっていたのでゆっくりと話をする時間もなく、また警察の世話になるのはやっかいだと、僕たちは写真を撮った後すぐにそれぞれの家路についた。

 その晩はベッドの中で中々眠れず、漠然的な不安をいつものように胸に抱えていた。
 その真夜中にメール音がして、僕は目を見開いた。枕元に置いていたスマホを手にし、映見からの連絡とばかりに開けば、それは見知らぬ奴からのメールだった。
 スマホを持つ手が自然に強張り、僕はぴんと張り詰めた指でタップした。

 ――何をやってるんだ。早く時生映見から身を引け!

 二度目は一度目のような激しい衝撃はなく、ただただ申し訳ない気持ちになった。
 寧ろ開き直ってしまい、はぁーとため息が漏れて「仕方ないだろ」と吐き捨てていた。
 僕だってそうしたいと願っている。それなのに映見チャレンジのせいで、こんな事をする羽目になってしまった。映見と離れたいから写真を撮ろうとしているわけで、僕だって危機感を常に抱いている。
 でもそれが裏目に出て映見との距離が縮まっていく結果となってしまい、そこに映見のペースにはまり込んで抜け出せない僕がいるだけだ。
 僕だってどうしていいのかわからない。やめていいのなら、いますぐに放棄してしまいたい。だけど映見にはそんな甘ったるい気持ちが全くない。朝早くであろうが、夜遅くであろうが、一日に一回必ず僕に会わなければならないととり憑かれた状態だ。
 残りあと一週間。僕はこのゲームに最後まで付き合わないといけない。だからと言って僕が賭けに勝つチャンスはかなり低いと思っている。
 最初はあんなに意気込んでいたのに、ここに来て僕はもう半分諦めかけていた。ことごとく裏目に出て失敗するし、その先が一向に見えてこない。気持ちが塞ぎこんでため息が出る。
 そこに今週は中間テストが待っている。勉強もやる気がなくなる。元から力を入れるほど僕はガリ勉ではないけども、映見チャレンジのせいで気が散っているのは確かだ。
 学生だからこれを軽んじることは出来ず、より一層映見チャレンジに構ってる暇がなくなってしまう。
 僕たちは限られた時間の中で勝負をしている。そこに優先すべき事柄があれば、あとはおざなりにならざるを得ない。
 中間テストは五月十五日の水曜日から十七日の金曜日の三日間。こればかりは仕方がなかった。
「何もかも中途半端だ」
 脅迫メールを見ながら僕はベッドの中で呟く。
 だけどこれって、極力会う時間は少なくなり、映見からは遠ざかっている状態になってないだろうか。
 僕はその脅迫メールに返事を書こうとしたけども、ただの言い訳になりそうで、僕自身がどうしていいかわからないために結局何も書けなかった。
 悶々と思いを巡らしている間にいつの間にか眠ってしまったようだ。またメール音がして目を開けたとき、カーテンの隙間から漏れている光が目に入る。
 眠い目を擦ってスマホを手に取りメールを開けば映見からだった。

 ――おはよう。今日も放課後にいつもの駅前に来て。芸がないなんていわないでよ。今週は中間テストがあるでしょ。透の邪魔したくないだけだからね。

 それは映見も同じじゃないだろうか。映見の方が勉強したいように思えた。
 映見の気持ちが見えたので僕は本気を出さなかった。もしここで裏を読んで本気を出して上手く行ったとしたら、映見はその後勉強に差支えが出てしまいそうだ。
 僕の方が映見のために大人しくする。
 映見のため……。
 そう思ったとき、何が映見のためなのかわからなくなる。
 一体映見のためにどうする事が一番ベストなのだろう。
 ベストをつくせって、映見の信念でもあるけども、僕にはその方向が分からなくなっていた。
 この日、お互い顔を合わせたけど口数も少なかった。
 どうせ撮るならと僕は映見の隣に並んだ。
「どうしたの、透?」
 映見は僕の方を見て不思議がっている。僕は自分たちを自撮りしようとカメラを持って手を伸ばした。
 シャッターを押すと同時に映見が「ああ」と声を上げて慌てた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、今の危なかった」
「えっ、何が?」
 キョトンとしている僕に、映見もまた驚く。
「ええ、今の素でやったの?」
 僕は暫く考え、やっとその意味がわかった。
「もしかして、油断していてカメラの方を見てなかったの?」
 僕もハッとする。
「なんとか見てたよ!」
「ええ、もしかしたらってことも」
「いや、見てた、見てた。でもあと一秒遅かったらやばかったかも」
 映見の慌てる姿を初めてみたかも。
 まさか、こんな行動が盲点だったとは。ああ、あともう少し早くシャッターを切ってたら上手くいってたかもしれない。
 どうして僕はこんなにも間抜けなんだ。
 力を入れると失敗し、無意識な行動だといいところまでいく。
 待てよ、もしかしたら明日は上手く行くかもしれない。またいいアイデアが浮かんだ。
 残りあと六枚。時間が限られていてもなんとかなるかもしれない。

 その次の日、いつもの駅で昨日と同じように自撮り風に持っていくフリをしたら、映見は警戒し、カメラから目を離さなかった。
「同じ手はくわないからね」
 先に映見から釘を差された。
「僕だってそれくらい分かっているよ。今日は素直にパッと撮るつもりだから。映見だって勉強に忙しいだろ」
 そういいつつ、僕はチャンスを窺う。
 カメラを持ち映見に向かって構えた時、僕は違う方向を見て顔を強張らせた。これは演技だ。
「この間、職務質問されたおまわりさんだ」
 映見はまんまとそれに引っかかりカメラから視線が外れた。今だ!
 こういう古典的な単純な方法をなんで試さなかったのだろう。
 僕は思いっきりシャッターボタンを押した。
「あっー!」
 驚いて叫んだのは僕の方だ。シャッターが下りないのだ。フィルムを巻き上げるのを忘れていた。なんでこういう肝心な時に、初歩的なミスを犯してしまうのだろう。
 映見は状況を把握し、ため息をついた。
「ちょっと透、嘘はダメだよ。嘘ついて撮ったものは無効っていったの忘れたの? それでも神様は私の味方だったけどね」
 喜びながらも、危なかったと少し動揺して胸をなでおろしていた。
「別に嘘じゃなかったよ。見間違いだっただけさ」
 上手く撮れていたとしてもそういって正当性を訴えるつもりだったけど、失敗した後では言い訳も虚しい。
 あれこれ試してみても、どうも上手くいかない。それが意図されているようにも思えてくるから、映見の言う通り、神は映見の味方をしているのかもしれない。
 そうだったどんなにいいだろう。神よ、どうか映見を守ってください。どうか僕の呪いを跳ね除けて下さい。
 そう願いながら、僕は笑顔でこっちを見ている映見の写真を撮った。
 またこれで一枚消費して、残り五枚となった。
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