第四章


「アキ、自分で真由に説明してやって」
「えっ、アキって明彦君?」
 名前を呼ばれると、スツールからぴょんと下りて、私の座ってるテーブルの前にやってきた。
「アキちゃんでーす」
 スカートを摘み上げて、可愛くお辞儀する。
「うそ、なんで女の子の格好なの?」
「へへへ、僕、女装が趣味なんだ。やっぱり双子だから千佳と似てるでしょ。それで小さい頃から何気に千佳のスカートとかはいてたら、すごく似合ってる自分に驚いてさ、それがエスカレートして、どこまで女になりきれて人を騙せるか拘ってたら、趣味になっちゃったの」
 私は唖然として明彦を見ていた。
 明彦の後ろで瑛太が笑っているところを見ると、すでに知っていたのだろうが、さすがに拓登は私と一緒に驚いている。
「びっくりだろ。でも家でもたまにこんなんでさ、私が男っぽいから、母はこういう女の子が欲しかったって満足してるの。変わった家族でしょ」
 変わっているけど、はっきりと「うん」とは言い難い。
 どうリアクションしていいか困ってると、明彦は益々かわい子ぶって女の子になりきる。
「真由ちゃんも見抜けなかったのは嬉しいな。益々自信ついちゃう」
「おっ、明彦、拓登も見抜けなかったみたいだぜ。もっと自信もて。お前はそんじょそこらの女の子よりもかわいいって」
 瑛太が褒めまくり、明彦は本気で女の子のように恥らって喜んでいる。
 カウンター越しで、手を忙しく動かしながらヒロヤさんも、ニコニコとしていた。
 皆が認めたら、私も認めるしかない。
 確かに明彦はかわいいと思えるくらい、それは女の子にしか見えなかった。
 明彦は再びカウンターのスツールに腰掛けると、瑛太とまた親しく話していた。
 その二人の後姿は、仲睦まじいカップルにしか見えなかった。
 明彦は多少化粧をしているとはいえ、ウィッグを被ってあそこまで女の子に見えるのなら、千佳が髪を伸ばしておしゃれをすれば、ものすごいかわいい女の子になるのではないかと思った。
 まじまじと、自分の向かいにいるジーンズを穿いた、飾り気のない男の子っぽい千佳を見てみた。
「ちょっと、真由、そう見ないでくれる? 言いたいことわかってるから。でも私はこっちの方が自分に合ってるからいいの」
「まあ、それも似合ってるんだけど、一度千佳の女の子の姿見てみたいな」
「ちょっと、真由。一応これでも私は女なんだけど」
「だから、そういう意味じゃなくて」
 私達が話しているうちに、瑛太がくるりと振り返って、テーブルに何かを置いた。
 淵に赤と青のラインがそれぞれ描かれた、二種類の小さなガラスの器が目に入る。
 そこには白いゼリーが入ってトレイの上に結構な数が乗っていた。
「瑛ちゃん、これも置いてくれる?」
 ヒロヤさんに指示されて、瑛太が色々と運んできてテーブルに置く。
 カウンターにも同じものがそれぞれ置かれていた。
 それと評価を書き込む表になった紙と鉛筆も一緒に回ってきて、この白いデザートの試食をする準備が整った。
「それじゃ、皆さん、只今から『艶』の特別デザートメニューの試食会を始めます。宜しくお願いします」
 ヒロヤさんが始まりの合図をすると、明彦が拍手をしだして、それにつられて残りも全員一緒になって拍手をする。
「皆さんの前にあるのは、見た目は同じように見えますが、二種類の『艶』特製のパンナコッタです。入れ物の淵に赤と青の色がついてますので、区別して下さ い。一口サイズですが、それぞれのソースをかけて、それぞれどの組み合わせが一番合うか教えて下さい。それと改善すべき点なんかもあれば遠慮なく知らせてくれると嬉 しいです。気がついたことは全て教えて下さい。一応頭に入れておいて欲しいのは、ここでしか食べられない味として出したいので、どの組み合わせが『艶』の 名物に相応しいかも考えて下さい。それではお願いします」
 なんだかとても真面目で、軽い気持ちでは食べられない圧迫を感じてしまった。
 目の前の白い艶やかな物体を見つめ、緊張してしまう。
 とんでもないことに出くわした気持ちの中、それでもデザートを食べられるのは嬉しかった。
 予め組み合わせが書き込まれた表の順番通りに、一つ手にとって、用意されたソースをかけてみた。
 皆も手を動かして目の前のデザートを静かに食べている。
 動きが止まっていたりするのは、真剣に味わっているからだろう。
 私も、目を瞑ってゆっくりと舌を転がすように味わっていた。
 その間、お口直しにとヒロヤさんは温かい紅茶をマグカップに入れて皆に振舞っている。
 みんなの真剣に食べる顔を心配そうに見ながら、ヒロヤさんも一言も言わずに見守っていた。
 一つ食べる度に、感じた事を紙に書いて、お茶で口の中を整えつつ次々と試食して行く。
 その間、皆一言も口を聞かなかったので、まるで試験会場にでもいるようだった。
 パンナコッタは赤と青では味が全く違った。
 それによって、ソースと絡んだ味わいも変わってくる。
 どれも美味しかったのだが、自分の好みを正直に紙に書いた。
 一口サイズでも、かなりの数があったので、すきっ腹だったのに結構空腹は満たされた。
 それにパンナコッタは大好きなので、こんなに色々な味が一度に楽しめるのは楽しかった。
 皆、奇麗に平らげ、空の入れ物が非常に目立った。
「できた」
 最初に明彦が声をあげると、それに感化されて皆早く仕上げていった。
「それでは結果発表をお願いします。まず赤と青とではどちらがいいと思いましたか」
 これは甲乙つけがたい。
 味は違うけど、どちらもそれぞれ美味しかった。
 私にとったら、赤がクリーミーでまろやか、青が酸味がきいたキレがあった。
 これは、前者には本来のレシピで生クリームが使われており、後者はヨーグルトをブレンドしたものだった。
 皆好きな方を理由を添えていい、ヒロヤさんは真剣に聞いている。
「赤のクリーミーな方に少し苦味がきいたこのカラメルソースをかけたのがすごく美味しく感じました」
 私の意見だった。
「でも、それだったら、どこにでもある感じがしないかな? 僕は、青の方でこの爽やかに甘い桃ソースが美味しかった」
 拓登が言うと、瑛太も嬉しそうに同じ意見だと主張していた。
「私は、やっぱり赤の方に甘酸っぱいラズベリーソースがよかったかな。白に赤という見た目の色合いもいいしね」
 これは千佳だった。
「僕は、どれも美味しくて一つに絞れません」
 明彦はあっけらかんと言った。
「アキ、それじゃ意味ないじゃない」
「だって、全部美味しいんだもん。仕方ないじゃないか」
「ほんとそれは俺も思う。これは難しいわ。いっそうのこと全部出したら?」
 瑛太も無責任に発言する。
「美味しいと褒めてくれるのは有難いけど、それじゃ、効率が悪いし、全てをいつも用意できないよ」
 ヒロヤさんも困っている。
「あの、僕思うんですけど、お店の特別な色を出したかったら、もっとメリハリのある味のモノを作ればどうでしょうか?」
 拓登が言うと、皆一斉に彼を見た。
「例えば、素材に豆乳を使って、ゼラチンの代わりにくず粉などを利用して和風タイプのパンナコッタに挑戦するとか。ソースは、黒蜜なんか使ったら、それこそ独特にならないでしょうか? またヘルシーさも強調されるかなと思ったんですけど」
 それをきいてヒロヤさんはハッとした。
「なるほど、それ面白いね。洋風に和を取り入れる。ちょっと考えてみよう」
 さすが、拓登だと思った。
 着眼点が違う。
 その時、瑛太もできる男はどこかが違うとでもいいたげに感心して見入っていた。
「だったら、抹茶パンナコッタなんかもいいんじゃないの?」
 拓登の和風のアイデアに感化されて瑛太が提案する。
 拓登のアイデアの後では新鮮味が薄れるが、拓登と肩を並べたい感じが見え見えだった。
 それもいいアイデアだと拓登に同調されて、瑛太はいい気になっている姿が鼻についた。
 千佳もその様子を黙ってじっと見ていたが、ふと何か言いたげな瞳を私に向けたような気がしたがすぐに視線をそらした。
 私はその時、自分でもよくわからないけど、負けたくないという気持ちが知らずとわいていた。
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