良いも悪いも消しゴム・ガロア


 小学六年生の夏の出来事だった。
 僕が箱いっぱいに入った新品の消しゴムを、雑木林の中で拾った時、一緒にそこにいた武内哲司(ぶないてつじ)が、小さくつぶやいた。
「因果応報」
「いんがおうほう?」
 僕は、首を傾げながら繰り返した。
 意味はもちろん知っていた。
 いい行いをすればいい事があり、悪い行いをすれば悪い事がある。
 自分の行動の全てが同じように返ってくるということだ。
 だけど、なぜ哲司がそんな事を僕に言ったのかがわからなかった。
 僕は箱を両手に抱え、山盛りに入っていた消しゴムたちに目を落とす。
 全てが同じ形をしている。
 消しゴムは四角いから、どれも同じ形で当たり前だと思うだろうが、それはあまりにも見事に同じものだったから、僕は驚いた。
 まるで拾われたのを喜んでいるかのように、どれも笑っていた。
 比ゆではなく、本当にそれは顔があり、口元が上向いていた。
 赤い三角ぼうしに赤い服。
 そして白いひげが顔の下半分おおっている。
 僕の手のひらの中に、すっぽりと納まるくらいの大きさのサンタクロースを形どった消しゴム。
 頭と体が同じ比率の二頭身で、かわいいキャラクター風だけど、はっきり言って見かけはいまいち。
 僕自身、なんでこれがこんなところにあるのかも不思議だったし、これが因果応報とどう関係しているのかもわからなかったし、とにかく、馬鹿みたいに僕は箱一杯の小さなサンタクロースたちを抱え、哲司に助けを求める目を向けた。
 僕はどうしても哲司に頼ってしまう。
 哲司はそんな僕を見て、ちょっと気取って笑っていた。
「お前にほんとにふさわしい拾いモノだな」
「ちょっと哲司、これどうしよう」
「どうしようって、もらっとけよ」
「ええ、だってこれ落し物だよ。警察に届けた方がいいんじゃないの?」
「ばーか、誰がこんなの知らない間に落とすんだよ。これはわざとここに捨ててってたのさ」
「だったら、半分こしようか」
「俺、そんな消しゴムいらねぇ。季節外れで、だせーデザイン」
「僕だっていらないよ」
 そうは言ってみたものの、こんなにもたくさんの新品の消しゴムを、箱いっぱい手にしてみると、なんだかありがたいようにも思え、僕はそれを手放すのが惜しい気もした。
 冒険をして宝箱を見つけたような驚き。
 胸がドキドキと少しだけ欲が芽生えていた。
 例えそれはかわいくない代物であっても、これだけあると圧倒されて持って帰りたくなる。
 でも素直に落ちてたものを手にするのが恥ずかしい。
 そんな葛藤(かっとう)を哲司は見抜いていた。
「お前、自分の名前を言ってみろ」
「えっ、黒須賛太(くろすさんた)」
「じゃ、マイ ネイム イズ から始まる英語で自分の名前言ってみな」
「マイ ネイム イズ サンタ クロス……」
「ほうら、これ以上ふさわしい持ち主がいると思うか」
 哲司は笑いながら先を進んで行った。
「おい、哲司待ってよ」
 僕は、箱一杯に入った僕の分身たちを抱えて、哲司の後を追う。
「ねぇ、どうしてこれが因果応報なのさ?」
 僕が尋ねると哲司は振り返った。
「賛太はいつも名前のごとく人助けをしてよい行いするじゃないか。それの報いだよ」
「こ、これが?」
 僕の名前の『賛』という字には助ける意味が含まれてると、母から聞いた事があった。
 それを哲司にも話したことがある。
 その名の通り、困った人を見たら放って置けない、まあいわゆるお人よしではあるけど、それの報いがこの消しゴム?
 まあ、めったにあることではないし、見つけた時は確かにちょっぴりすごい事のようにも思えたのは事実だけど──。
 僕は哲司に困惑した目を向けた。
 哲司はそれを軽くあしらい、それ以上何も言わなかった。
 哲司は、僕よりもしっかりしていて、リーダーシップがとれるやつだ。
 基本的に自分が嫌な事をされると、仕返しをするタイプでもあるから、逆らえない貫録(かんろく)も持っている。
 正義感も強く、間違ったことは我慢ならず、自分の信じる道を突き進む。
 でも、優しい面も持っていて、仲間に対しては面倒見がいい。
 物事には理由を求めて、それにふさわしい行動を起こす奴だから、僕がこれらの消しゴムを手にしたとき、自然に『因果応報』という言葉がでたのかもしれない。
 僕は、自分が手にしたものをただじっと見つめる。
 一生かかっても使いきれそうもない消しゴム。
 棚から牡丹餅。
 因果応報よりもこっちの方が合ってるような気がした。
 僕たちは、夏休みの工作の宿題のために、何か利用できる材料はないかと石や木の枝、葉っぱなどを探しにきていた。
 だけど、僕が見つけたのはサンタクロースの消しゴム山盛り。
 まあ、いいか、貰っておこう。
 僕がやっと受け入れたとき、哲司は消しゴムのことなどすっかり忘れ、石を拾い、それを肩に掛けていた布製のバッグに入れていた。
 入れ終わると何かアイデアが浮かんだとでも言いたげに、僕の顔を見てニヤっと企んだ笑みを投げかけた。
 僕は消しゴムの一つを取り、哲司に差出す。
「一個くらいもらってよ」
 哲司は、力強く差出された僕の手に逃げ場を失い、条件反射で消しゴムを手にしてしまった。
 持って行きようのないありがた迷惑な顔をして、仕方なくバッグに入れた。
 
 その日の夜、勉強机の上に消しゴムが入った箱を置き、それを僕はじっと見つめた。
 ため息が一つこぼれる。
 その時点で、それはつまらないモノとして僕の目に映っていた。
 一瞬の喜びに惑わされ、冷静になった今、年中クリスマスでもないのに、同じものをずっと使い続けるなんてできっこない事を悟った。
 でも箱いっぱいのサンタクロースたちは無邪気に笑っていた。
 すでに飽きたとはいえ、捨てるなんて僕にはできそうもなかった。
 とりあえず試しに使ってみたら、なんときれいに消せずに、黒っぽい染みが紙にこすった分だけ広がって行く。
 消しゴムとして機能していない。
 無邪気に笑っている小さなサンタクロースを手にして、僕は苦笑いになっていた。
 これらをどうすればいいのか、考えていると、工作のアイデアが浮かんだ。
 一応は役に立ちそうだった。
 早速、道具を出して作業にとりかかる。
 でもこの消しゴムがその後ややこしい問題を引き起こすなんて、この時想像もできなかった。





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