第五章


 小学生だったとき、同じクラスにいたサトミと仲良くなったハルカは、サトミが好きでたまらなかった。
 人懐こく明るくて、ハルカとすぐに意気投合し、自分だけの仲がいい友達ができたと思っていた。
 ハルカはサトミともっと仲良くなりたい独占欲がでて、交換日記をしようと提案した。
 サトミはすぐに了解し、ハルカは喜んだものの、サトミは和恵も混ぜて三人でしようと提案した。
 和恵もいい友達だったが、とても大人しくただ傍にいるだけのクラスメートだった。
 でもサトミは和恵の事も気にいっていて、和恵をのけ者にしてハルカと二人だけで交換日記をするのが心苦しかったに違いない。
 それとも何気にお気楽に、みんなで楽しもうとしてただけかもしれない。
 ハルカにはその当時の状況は詳しく思い出せなかった。
 しかし、和恵を混ぜたことで少し不満に思ったことだけは覚えていた。
 そんなやさかに、和恵が交通事故で亡くなってしまい、和恵を交換日記に混ぜて良く思ってなかったことをハルカは後悔した。
 交換日記を初めた頃、和恵は遠慮がちに混ぜて貰えたのを喜んでいたような事を最初に書いていた。
 本当ならサトミと二人っきりだったのに、と思いながらハルカは複雑な心境だった。
 サトミは和恵の死にかなりショックを受け、交換日記は和恵抜きでは成り立たず、それであっさりと終わってしまった。
 ハルカも再び二人で交換日記をしようという気持ちになれなかった。
 和恵の事は時間が経てば、成長と共に目まぐるしく変化し、段々と小さい時の記憶が薄れてきて、そのうち名前も口から出なくなった。
 サトミとハルカは年月を重ねて、親友と呼べる仲になっていたが、クラスが変わるとどうしても離れてしまう。
 小学生の間は、まだ子供的にあっけらかんとして、放課後や休みの日は遊ぶ約束して付き合いはあった方だった。
 だが思春期が近づき自我が目覚めてくると、女の子独特の気の強さや、自己主張が付き合い方に影響して、複雑になっていく。
 目立ちたい、好かれたい、沢山友達が欲しいという欲望が露骨に出てくるようになった。
 中学に上がり、またサトミと同じクラスになれた時、ハルカは喜んだものの、そう上手くは行かなかった。
 ハルカとサトミは小学生から仲がいい友達なのに、すんなりと同じグループに所属できなかったのだった。
 付き合う友達がそれぞれ違ってしまうと、自分に合った繋がりへと様々に流れてしまう。
 サトミは中学生になって益々物怖じせず、男女ともに誰とでも話そうとして、みんなと仲良くしていた。
 ハルカとも、もちろん仲良かったが、ハルカにはその時、別の友達が側にいてペアができてしまい、サトミと離れてしまった。
 サトミは新たに友達を作り、色んな所に顔を出して友達の輪を広げていた。
 すぐに人を信用して、本音を言う癖のあるサトミは、友達だと信じていたクラスメートに心許して話をしていた。
 だがその友達は、根が意地悪でサトミが本音を話した事を他の人に嘘を交えて大げさに言ってしまった。
 サトミはそこから積み木が崩れるように、存在を否定され嫌われていった。
 サトミの調子に乗った態度が気にいらないという人もいただろうが、意地悪な人に陰であることない事、サトミが悪口を言っていたと吹聴されると、皆それを簡単に信じて、サトミを嫌う仲間がどんどん増えていった。
 サトミがそんな事言ってないと言っても、誰もサトミの言い分を聞かず、サトミはみんなから責められ、仲間外れにされ、一人でいるようになった。
 ハルカはサトミのことを良く知っていただけに、いたたまれなくなり、サトミの側についてサトミを守った。
 その時、すでにペアになってた友達もいたから、三人で過ごした。
 ハルカは実はペアになっていた友達の事はあまり好きではなかった。
 サトミと二人っきりになったとき、ついなんでも話せる気心から、サトミにその友達の愚痴をこぼしたりしていた。
 サトミは絶対にその話は誰にも言わず、ハルカの肩だけを持ち、ハルカとは気を遣って過ごしていた。
 中学二年になったとき、ハルカはサトミと離れ、またペアになっていた友達と同じクラスになってしまった。
 そうなると、その後も同じようにずっと変わらず、いつも一緒に同じ人と過ごす事になった。
 サトミと廊下で会えば、その友達を含んだ三人で話を交わしていたが、段々サトミの様子がおかしくなり、サトミはハルカとその友達が一緒にいると、露骨に無視をするようになった。
 理由もなく理不尽に、「ふんっ」と首を態と横に振るので、ハルカも苛立って話し合いをしようとしたが、サトミはそれも嫌がって離れていった。
 そして中学三年になったとき、ハルカはサトミと同じクラスになった。
 サトミは気まずく、恥を知ったようにずっと悩んでいたが、中学三年のクラスはあまり仲良くなれそうな友達がいなくて、ハルカに頭を下げてきた。
 なぜ、あんな態度を取ったのか、理由を聞けば、嫉妬だったと返ってきた。
 あまり好きじゃないと言っていた友達だったのに、また同じクラスになって、いつも仲良くして、クラスが離れた自分だけがそこに入れなかった事が悔しかった。
 ハルカとは親友だと思っていたけど、ハルカはサトミよりも、クラスが同じで傍にいる方の友達を大事にして、嫉妬が湧いた。
 虐められて弱ってた時にハルカは必死でサトミを守った。
 サトミにとったら、特別な感情が湧いて、ハルカと深い親友だと思っていたのだろう。
 でも、クラスが離れてからは温度差を感じ、自分が思っているような関係ではなかったと自分の中で片付けてしまい、気を引くためにわざとああいう捻くれた態度を取ってしまった。
 サトミの悪い癖かもしれない。
 サトミは一人っ子で独占欲が強く、情緒不安定な時があった。
 中学二年と言えば、思春期の一番面倒な時期で厄介だ。
 自分でもコントロールできずに、知らぬうちに感情が顔を覗かせて本能のままあんな行動になってしまったのだろう。
 恥を忍んで正直に話すサトミに、ハルカも一度はそれを受け入れた。
 自分にも身に覚えがあり、説明するのが難しい入り乱れた感情は、不安定な子供にはよくある事のように思えたからだった。
 それに自分を好きでいてくれてたからこその、裏返しの行動のように、結局は必要とされていると思えばわだかまりは消えた。
 ハルカも新しいクラスで不安になり、サトミと過ごす事が一番のいい選択で、その時はまた元に戻れると思っていた。

 ところが、ある程度大きくなってからサトミと二人っきりでいると、常に我慢をさせられるような気の強さが鼻につくようになった。
 サトミは一年のとき虐めにあってから、強くなったのか、明らかに性格が少し変わっていた。
 より一層明るく、サバサバとしている反面、ハルカの前では昔からの慣れもあって本音が飛び出しやすく、えらそうに意見を言うようになっていた。
 ハルカがまるでサトミの所有物のようにされ、束縛を感じてしまった。
 サトミはそれに気が付いてない様子が一層イライラへと繋がった。
 友達のバランスが、ここで崩れてしまった。
 だからある日、ハルカは我慢の限界を感じ、先の事も考えずサトミに喧嘩を吹っかけた。
「サトミちゃんはいつもいつも私を押さえつけるようにして我慢できない。いい加減にしてよ」
 トイレの中でのできごとだった。
 クラスメートも数人いた中、サトミに恥をかかすようなやり方だった。
 サトミは前触れもなく急に怒りをぶつけられて、水を掛けられたように驚いていた。
 自分がそんな風に思われていたのがショックだっただろうし、いきなり怒鳴られて面食らっていた。
 どうしていいかわからなかったこともあるが、サトミも急な攻撃に腹が立ち、何も言わずその場を去った。
 沢山の注目を浴びて、居ずらくなったのもあったかもしれない。
 次のクラスは音楽の授業だった。
 音楽室へと移動し、ハルカはいつもサトミと一緒に隣同士で座っていたが、この日別のグループに入って座った。
 
 ハルカはサトミと喧嘩した事を、そのグループ内で言えば、みんなハルカの肩を持ちサトミが悪いと一方的に決めつけた。
 よく事情も知らずに、そんな事ができるのは、大人しい穏やかなハルカの方が好かれていたからだ。
「ハルカちゃん、こっちにおいでよ。放っておいたらいいああいう人は」
 そのグループ内で一番気の強そうな木藤利子が言った。
 利子はサトミの事が好きでなかったように思う。
 利子も自分がコントロールできるような大人しい友達が多く、気が強い。結局はサトミとどこか似た性格が反発し合って、サトミの事が鼻についていいように思ってなかったにちがいない。
 利子はきつい性格だけども、ハルカには優しく気を遣ってくれたので、それほど一緒にいて嫌じゃなかった。
 その時はまだ怒りが爆発した余韻が続き、ハルカはやけになってサトミの事などどうでもよくなっていた。
 しかしサトミが、授業が始まるギリギリに音楽室にやって来た時、いつもの席にハルカが居ないことに驚き、入り口で立ち止まった。
 そして違うグループにハルカが居たことにショックを受け、悔しそうな歪んだ顔つきになっていた。
 ハルカはそれを見た後、わざとらしく首を横に「ふん」と振り、無視をした。
 同じように利子も、サトミをあざ笑うかのように、わざとらしくハルカに話しかけ、意地悪な態度を取っていた。
 サトミは仕方なく、一人で席に着き、その背中は寂しげに丸まっていた。

 あの時、一人で座っていたサトミを見た時、中学一年の虐めにあっていた時と同じだとハルカは思った。
 自分がサトミを見捨てた。
 自分はぬくぬくと他のグループに入れてもらい、一人になる事はなかったが、サトミはクラスで特定の友達を持たずに、その日暮しに席が近い人たち、それが男の子たちであっても、喋っていた。
 そのうち他のクラスで仲のいい友達を見つけ、休み時間になると違うクラスで過ごすようにもなった。
 サトミは強かった。
 ハルカは一方的に怒りをぶつけてから、サトミと口をきくことは一切なく、サトミはクラスで仲いい友達がいないまま卒業し、それぞれの高校へと進学した。
 その後サトミがどうしているのか一切わからず、二人の縁は完全に切れてしまった。
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