エピローグ

 Dear サトミおばさん

 お元気ですか。
 おばさんが、アメリカに行ってしばらくしたら、桜が満開になりました。
 私も中学二年生になりました。
 新しい友達が一杯できました。
 戸賀崎先生が廊下で私を見るとニコッとするので、友達からすごいと一目置かれています。
 戸賀崎先生は少し優しくなったと、色んな所で聞くようになりました。
 
 美代ちゃんとは残念ながら同じクラスにはなれませんでしたが、クラスが違っても仲良くしています。
 ナズナちゃんと綾ちゃんも違うクラスですが、もちろん仲良くしてます。
 美代ちゃんは私が変わったと言いますが、私は美代ちゃんの方が変わったと思いました。
 これもサトミおばさんのお陰だと思います。
 
 貴光は毎朝鏡の前で、自分のほっぺを両手で挟んで、むにゅっとおさえつけて、口をタコのように突き出してます。
 おばさんがハンサムになるとかいうから、すっかり信じてしまいました。
 そのお陰か、女の子から話しかけられることが増えたと言ってました。

 おばあちゃんは、サトミおばさんに会えたことを、今もとても喜んでいます。
 おばあちゃんの中学の時の写真を見せてもらい、そこにサトミおばさんが一緒に写っていました。
 その写真は二人で並んで楽しそうに笑ってました。
 おばあちゃんもそうですが、サトミおばさんも若い。
 びっくりしました。
 でも二人ともやっぱり面影が残っていて、年とってもそのまんまだなって思いました。

 おばさんは今度いつ日本に戻ってきますか?
 その時はおばさんと色んな話をしたいです。
 美代ちゃんは、おばさんの家族の写真を見せてもらったといいました。
 私も見たかったです。
 美代ちゃんはおばさんと一緒にご飯食べてるし、美代ちゃんばかりがずるいです。
 だから早く帰って来て下さい。
 
 千夏ちゃんは、おばさんのように英語がもっと上手くなりたいと、英会話学校に通い始めました。
 仕事帰りに勉強しているそうです。
 私も将来は話せるようになりたいので、今、英語がんばってます。
 美代ちゃんも同じ気持ちなので、負けてられません。
 二人で競争しあってます。
 でも以前と違って、美代ちゃんとはとても仲良くなれたと思います。

 先日、美代ちゃんと一緒に帰った時、桜の花びらを拾いました。
 おばさんにもその時の桜を送ります。

 それではお体にお気をつけて下さいね。
 また会える日を楽しみにしています。

 唯香より

PS
 エアメールなんて初めてなので、届くか心配です。
 でも一度出したかったです。
 

 四月の半ばを過ぎた頃に、唯香からのエアメールが届いた。
 インターネットでEメールばかりのやり取りだったので、日本から手紙が届くのは本当に久しぶりの事だった。
 幼さが少し残りながらも、大きさが整った唯香の字はまとまりがあってきれいだった。
 サトミも中学生に戻ったように、その手紙にドキドキとした感情を抱いて読んでいた。
 手紙と一緒に、パラフィン紙のような半透明の紙に、桜の花が押し花みたいにして挟まれていたものが入っていた。
 桜の木の下、花びらが散る中を、セーラー服を着た唯香と美代が歩いているイメージが浮かんでくる。
 やがてそれは、ハルカと自分の姿に重なっていった。
 かつての中学生の自分たち。
 歳をとっても、中身はあの頃のままに懐かしさがこみ上げ、桜色の優しさに似た乙女心が、いつまでもそのままの姿で心の中に存在している。
 同じ時代を一緒に過ごし、時が経っても共有した思いは色褪せない。
 確かに喧嘩はしてしまったが、時を超えて巡り合った時、また深く結びついた。
 今度いつ会えるだろうか。
 思い出に浸ってると、故郷の光景がありありと浮かんで、恋しさが募ってくる。
 自分は日本人だなとしみじみ思う。
 無理にアメリカ人にならなくてもいい。
 帰った時、やっぱり日本のパスポートの方が便利だ。
 日本で育った、日本人なんだから。
 唯香からの手紙を何度も何度も読み返し、どんな毎日を送っているのかサトミは想像した。
 さて、唯香になんて返事を書こう。
 手書きの手紙を書くのは久しぶりだった。
 果たして、レターセットが家にあったか、サトミは引き出しをあちこち開けて探していた。
 その時、ふと思う。
 何も、サトミが日本に戻らなくても、唯香たちがこっちに来ればどうだろうか。
 ハルカなら、それくらいの旅費をなんとかするだろう。
 サトミは、自分の家で唯香たちと楽しく過ごしているところを想像した。
 一緒に観光したり、買い物したり、裏庭でバーベキューしたり、みんなとやりたい事が色々と頭に浮かんでくる。
 それが実現するかのように、心躍ってワクワクしてきた。
 是非ともこっちに来てほしい。
 お客様を迎える──
 家の中を見渡し、急にスイッチが入って大掃除をする意欲が湧いてきた。
「よーし、そのためにも今から余ってる部屋を片付けるか」
 サトミは張り切ってシャツの袖を捲り、一人でニヤニヤしながら、唯香たちを迎えるその時を楽しみにクローゼットから掃除機を取り出した。
 何もかもが上手くいきそうに、サトミは笑顔になっていた。
 まるでダンスでもするかのように、軽やかなステップで掃除機をかけ始めた。


The End

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