Lost Marbles

第七章


 試合終了後、聡が自信あふれた笑みを浮かべて、キノの側にやってきた。
 キノは遠慮なく聡を抱きしめ「おめでとう」と祝福する。
 聡は少し頬を赤くして照れくさそうにしていたが、拒まずに素直に受け入れていた。
「お前、すごいな。見直したぜ」
 ジョーイも称賛した。
「ふん、こんなの当たり前さ」
 聡の生意気な態度に、ジョーイは引っかかるも、結局のところ憎めなかった。
 そこにツクモが聡の足にじゃれ付きだした。
「そっか、ツクモも一緒に喜んでくれてるんだね」
 聡はツクモを荒っぽく撫ぜだした。
 その時喜んでいたはずのツクモの尻尾の動きがピタッと止まり、耳が微かに動き、大人しくなった。
 キノはそれに気が付き、辺りを見回した。
「ちょっとトイレに行って来る」
 キノは校舎側に走って行ったが、ジョーイはこのとき気にも留めなかった。
 キノが居なくなると、改めて聡はジョーイを頭の先からつま先までじろりと見渡す。
「あんた、ハーフ?」
「俺はジョーイだ」
 キノの前では少しは大人しくしていたが、ここからが聡の本性発揮といったところなのかもしれない。
 ジョーイも負けずと上から目線で聡を見つめる。
 背が低い分、聡は少し劣等感を抱いたが、気を取り直して胸を張った。
「まあ、なんでもいいけどさ、キノは俺のもんだから」
「はっ?」
「だからあんたがキノと同じハーフでちょっとその、かっこいいかもしれないけど、それでも俺だって、早く大きくなってかっこよくなるんだから、負けないって事だよ。わかんないのかそれくらい」
 宣戦布告しているつもりだった。
 ガキの癖にませてたが、正直に気持ちを伝えるところは子供らしくて好感が持てた。
 ジョーイは長年作動してなかった喜怒哀楽のスイッチが入ったように、聡を見て笑ってしまった。
「なんで笑うんだよ」
「いや、俺もなんで笑ってしまったのか分からないくらいだ。信じないかも知れないけど、俺、普段笑わないんだぜ」
「そんなこと知るか。でもキノを取るなよ」
 はっきりと子供らしい意思表示に、ジョーイは益々微笑まずにはいられなかったが、返事は曖昧にしておいた。
「キノのことがそんなに好きなのか?」
「うん。大好き。でも今日はなんであんな眼鏡かけてるんだろう。普段は掛けてないのに」
「えっ? 眼鏡掛けてない?」
「うん。あんなの掛けてたらなんかダサい。キノは運動神経も、頭もいいし視力もいいはずなんだけど、もちろん顔だってかわいいのに、あれじゃ折角の魅力が台無し。もしかして原因はお前か? でも眼鏡なんか掛けてなんの意味があるんだろう」
 聡の言葉にさっきまで抱いていたほんわかムードが、一編に飛んでしまった。
 ジョーイはもっと聞きたいとばかりに、たかが小学生の聡にムキになって質問した。
「他にもキノについてなんか知ってることあるのか」
「他に? そういえばキノは一杯色んな言葉知ってるみたい。計算も数を数えるのも早い。集めていたカードを落としたことがあって、それらを拾っていたら、全部で55枚あるねって言ってびっくりした。ほんとにそうだったから」
「なんだって!?」
「キノって本当にすごいんだ。女なのにバッティングセンターで時速150kmの球を簡単に打つんだよ。あまりにも軽々と打つから、それで俺が声を掛けたのがきっかけで仲良くなったんだ。でもキノと一緒にいると驚くことが一杯あった」
 聡が話している側でツクモが鼻をクーンとならし、体を摺り寄せて頭を撫ぜることを催促しだした。
「なんだよツクモ甘えだして」
 聡がツクモに構っている間に、ジョーイは言葉を失って立ち竦む。
 そこにキノがこっちへ戻ってくる姿が目に入った。
 その姿を冷静に見つめてジョーイは思い出す。
 床に転がしたビー玉を、一瞬のうちに数える遊びをしていた光景。
 予めビー玉の数が分かっていたよいうより、やはりあの時アスカは一瞬で数を数えたんだろうか。
 そして自分も同じように人よりも早く数が数えられる。
(やはりキノはアスカなのか?)
 その答えが知りたいとばかりに、ジョーイは真剣にキノを見つめた。
「なあ、キノ……」
 ジョーイが話しだそうとしたとき、聡が先にキノの前に立って遮った。
「キノ、今から俺んち来いよ。おばあちゃんも喜ぶし、遊びに来いよ」
「ごめん、今日はこの後ちょっと用事があるんだ。また今度ね」
「ええ、まさかこいつとどっか行くとか言うんじゃないだろうな」
 聡はキーッとジョーイを睨む。
「違うよ」
 キノは何か変化が起こったように、さっきの元気が飛んでいって力なく笑っていた。
inserted by FC2 system