懸賞  Sweetstakes

第一章

2 

「フギャー!」
 まるでエイリアンの映画のあの超有名シーン。お腹から出てくるあの恐怖の瞬間。箱からそれが奇声を上げて飛び出した。黒いものが顔を出している。
「キャー」
「アホか、悲鳴あげんな。こんなかわいい俺様に」
 よく見れば、箱から黒猫の顔が飛び出ていた。
「えっ、猫? なんだ猫か…… って、なんで猫が喋るんだ」
 その猫の顔は箱から出たものの、体がつかえて出て来れない。じたばたもがいていた。
「おいっ、そんなとこに突っ立てんと手伝ってくれや」
「ちょっと、あんた、一体何?」
「俺か、俺は見たとおりの黒猫や。この箱にも書いてたやろ」
「ウンコネコ?」
「誰がウンコや! 幸運子猫って書いてるやろうが、よう見てみ」
 ウンコ、ウンコと連発すると気と一緒に恐怖心まで抜けてしまった。改めてその箱に近づいた。でも送り状にはやっぱり運子猫となっていた。
「もうええわ。ただの印刷ミスや。とにかくここから出してくれへんか」
 情けない声で、目に涙をためてウルウルこっちをみている。
 怖さよりも好奇心に支配された。喋る猫──。売り飛ばしたら金になる? そんなことまで考えながら、言われるままに箱を開けた。
 箱の中にはでっぷりとした体が入っていた。運はともかくとして子猫にもみえなかった。
「うわぁ、すごい肥満なボディ」
「おいおい、がっちりボディといってくれ」
 体を引っ張って頭を箱から抜いてやった。痛いのか悲鳴に似たような猫の鳴き声がした。
「もっと優しく出してくれよ。しゃーないな」
 その猫は箱から出ると毛づくろいを始めた。座って足を上げてお腹を舐めようとするが、届いてない。やっぱり体を曲げられないくらい太すぎる。太いことを のぞけば、毛が長めのどこにでもいるような猫だった。
「あのぉ」
 声を掛けてみるが、何を聞いていいかわからない。目の前の黒猫の姿をひたすら凝視するだけだった。
「あまりのハンサムな猫に、見とれとるな。まあまあ落ち着けや」
「違います。どうして関西弁喋るブタ猫がいるのかと思って」
「なんやて! ブタ猫は余計や。まあ驚くのも無理ないわ。最初はみんなそうやから」
「みんな?」
「そうや。聞いて驚くな、俺は流しの幸運な黒猫や。出会ったものをラッキーにして幸せにするのが俺の仕事や。あんたは俺に選ばれたんやで」
 目が点になって、呆然としてしまった。自分の頭がおかしくなって妄想みてるかと思った。妄想はお手の物、よくする。それが幻覚にあらわれるように私は アップグレードしたんだ。これは極めた技であり、喜ぶべき瞬間なんだ。そしたら黒猫じゃなくて、かっこいい大好きなあのアニメのキャラクターを登場させよ うと、私は一生懸命そのキャラクターを願った。きっと現実のように登場するんだと力を込めた。そして出てきたら、うふふふふふ──。
「おいおい、あんた、大丈夫か。何、目瞑って力んでるんや。あんたこそウンコしてるみたいやで」
 またウンコときいて、気が抜ける。目を開ければ何も状況は変わってない。太い黒猫がどでーんと座ってる。
「これって現実?」
「だからさっきからいうてるやん。あんたは俺に選ばれたラッキーな人間やって。証拠に、今日ラッキーなことあらへんかったか? あったやろ、ほら」
 それを聞いてはっとした。おじゃんになりそうだった仕事が救われた。
「えっ、もしかして今日のあの書類のこと?」
「そうそう、それや。あれ俺のお陰やで。あんたあのとき、助けてくれって俺に願ったやろ。だから助けたったってことや」
「願ったって、えっ、ということはあの時の黒猫の置物があんたってこと?」
 黒猫はその通りだと得意げに頷いていた。
「そうやあのときの黒猫の置物が俺や。もうずっとあのままの姿やってんやけど、急におもしろそうなんきたから、ちょっと興味もってここへきたんや。あんた あのとき俺に礼いうてくれたやろ。それが気にいったんや。願いが叶って礼を言う奴なんてめったにおらんしな」
 私はじっと黒猫を見つめた。目の前のこの猫が幸運な猫なら、これってなんでも願いが叶う、ラッキーチャンス到来。急に体中熱い血が流れるように興奮して きた。この瞬間を逃してたまるものかと、じりじりと黒猫に近づく。
「な、なんやねん。急ににたーって笑ろて」
  黒猫の方がのけぞって後ずさりする。
「ねぇねぇ、出会ったものをラッキーにして幸せにしてくれるっていったよね。それって願いを何でも叶えてくれるってこと」
 私の目がギラギラ光る。だけど次の瞬間黒猫の顔に陰りが見えた。
「なんや、やっぱりあんたもみんなとかわらんのか」
「えっ、なんのこと?」
「その目や。欲望の塊がにじみでとる。あんたは今までに出会った人間とはちょっと違うと思ってんけど、俺の見当違いやったみたいやな」
「でも、願いを叶えてくれるっていうから、誰だって興奮するし、欲だってでると思うんだけど」
 猫ということを忘れて私は会話していた。妄想好きな私には目の前の出来事が不思議でもなんでもなくなった。
「まあ、それもそうやねんけど、それがやっかいなことに繋がるんや。とにかく、あんたの願いは一体何や? ちょっと言うてみ」
「まずはお金! 宝くじにあたること」
「やっぱりそうきたか。もうそういうこと俺叶えたくないわ」
「ちょっと待って。ラッキーにして人を幸せにするのが仕事って言わなかった?」
「言うたけどな、大金を一度に手に入れるっていうのにはそれなりにいろんなことがあるねん。それが幸せかというたら難しいとこやで」
「今までどんな願いをかなえて、幸せにしてきたの?」
「そやな、ある女性やねんけどな、王様に若くから嫁いで、欲しいものなんでも手に入るようにしたったんや。そしたら図に乗ってしもうて、結局は国民に嫌わ れて、最後はギロチンで始末されよってん」
「それって、フランスの歴史上のあの女性の話に似てるような」
「他にも、ラスベガスで一攫千金手にした子がいてんけど、喜びすぎて交通事故で今も意識不明やねん。あとは何百億円という宝くじに大当たりした男、飛行機 事故でそのあとあっさりと命落としよった。他にもな、大金手にして、使い込んで余計に借金増えて、自殺したのもおった。それから、折角大金手に入れた夫 婦、取り分のことでもめて、離婚しよったのもおった」
「それって、不幸そのもの」
「そうや、だから言うたやろ。大金を手にするっていうのは幸せになるとは限らんって。お陰で俺はこの業界で笑われっぱなしや。不幸の黒猫って呼ばれる始末 や。ええ加減 一人でもいいから幸運与えて幸せにしたいんや。それがあんたやって思ったんやけど」
 寂しそうに私を見る。猫にこんな目でみられるとは思いもよらなかった。しかしその目どっかで見たことが、あっ、シュレックに出てきたあの猫。か、かわい い。ちょっと釘付け。
「それに俺、使命を果たせへんかったら、人間に戻られへんねん」
「えっ、元々は人間だったの?」
「昔悪いことしてしもうて、神の怒りに触れてこんな姿に変えられてんけど、罪滅ぼしに人間を幸せにしたら、元に戻してくれるねん。まあいうたら、あれや、 カエルの姿に変え られた王子様ってとこや」
「いつから生きてるの?」
「そやな、かれこれ一億年前かな」
「そんな大昔から …… って人間まだそのとき誕生してない!」
「あ、そやった。ちょっと同情引こうと思うて大げさにしすぎた。とにかくまあ宝くじに当たる願い叶えたるわ。さっさと終わらして次の人間探すわ」
「ちょっと待って、それって私が宝くじ当たったら死ぬみたいな言い方ね」
「まあ、今までのことがことなだけに、やっぱりそう思ってまうねん」


 私はこの黒猫がラッキーというより疫病神に見えてきた。なんか嫌な予感が背筋から伝わってくる。『一緒にいたら不幸になる』神の声を聞いた様な気になっ た。周りをキョロキョロする。
「あのさ、今日、もうすでにピンチを救ってくれたし、私はもうそれで充分だから。気持ちだけ受け取っておくね。助けてくれてありがとう」
 無意識に出て行ってと手を玄関に向けていた。
「なんや、俺を追い出そうとしてるな。もしかして不幸の猫と思うてないか」
 怪しげにジロジロみられる。心を覗かれてるようで身構えてしまった。
 その時突然、黒猫の顔がパッと電気をつけたように明るくなった。
「あっ、ちょっとそれ、チョコレートケーキちゃうん?」
 私が食べようとしていたケーキの前にすっ飛んでいった。よだれを垂らしながらじっとみている。
「もしかして、それ食べたいの?」
「えっ、いや、その…… 実はそうや。俺チョコレート大好きやねん。最近ずっと食べてなかったから、禁断症状あらわれてたくらいや」
 チョコレート好きな猫。聞いたことがない。だから太ってるのかと納得してしまった。書類のことでは助けてくれたようなことをいってるし、そんなに好きな らと私はその黒猫の前にケーキを差し出した。
「俺が食べてもええんか。ありがとうやで。あんたやっぱりええ子やな」
 黒猫はガツガツとおいしそうにそのケーキを食べる。あっという間にケーキは姿を消していた。容器までぺろぺろ舐めている。洗わなくても使えるくらいきれ いになっていた。ひげについたクリームを顔を洗 うようにふき取ってはその手を丹念に舐めていた。
「上手かったわ。ごちそうさん。ところであんた、名前なんていうん」
「平恵」
「ヒラエか……  ちょっとそこの物ひらえ。あはははははは」
 笑えない。冷たい目で睨んでしまった。
「冗談やって。俺のジョークもわからんとは、なんや頭固いな」
「いつも同じこと言われて、うんざりしてるだけです。ところでそっちは名前なんていうのよ」
「我輩は猫である。名前はまだない ──。というわけで、それは平恵がつけてくれ。あっ、ウンコネコは止めてや」
 どっかの小説のフレーズを用いてその小説の主人公にでもなったのか、かしこまって座って私をじっとみていた。
──私が名前をつける。この猫にあった名前。暫く考えてみた。黒猫、幸運、そして…… 
「あっ、いい名前思いついた。ブラッキー! ブラッキーってどう?」
「なるほど、俺が黒猫やからブラック。そして幸運やからラッキーもひっかけて、ブラッキー。なかなかやわ。それでええわ。我輩は猫である。名前はブラッ キー。決定!」
「もう一つ意味があるんだけど。ブタ猫、ぶっといの『ブ』」
「アホか。そんなんつけたさんでええわ。折角人がいい気持ちでおんのに。とにかくまあええわ。これで契約成立や」
「えっ、契約成立?」
「そうや、俺に名前をくれたということで、平恵は俺のご主人様や。名前をつけてもらうっていうのはそういう意味があんねん。平恵がラッキーになる ように俺、頑張るわ」
「でも、私まだ死にたくない」
「何回俺にアホかって言わせんねん。俺は死に神ちゃうぞ。まあでもなあまり急にラッキーにしてしまってももしものことがあったら取り返しつかへんしな」
 黒猫は目を瞑り、腕組をして考えていた。猫が腕組をする。猫らしくない仕草はやはり過去に人間だったのかと思わせた。考え込んでなかなか話さないので、 その間私は コンビニの弁当を食べ始めた。暫くしてやっとブラッキーが声を出した。
「そや、ええこと思いついた。自分の力でラッキーになってもらえばええかもや。小さなラッキーをいくつも手にいれるってことやな。それやったらアレがええ わ。あれなら平恵の自力も入るし、俺も手伝いできて、一石二鳥や。おい弁当黙々一人で食ってるときやあらへんやろ。俺の話聞け」
「えっ?」
 口をもごもごしながら、私はブラッキーを一瞥した。

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