Temporary Love3

第五章


 氷室とのデートのキャンセルにがっかりしてもいられず、必ずいつかそのときが来ると気合を入れる。
 それまで自分を磨かなければとなゆみはダイエットを決め込んだ。
 帰国してから自然と少しは痩せたが、もっと美しく魅力あるボディになりたい。
 氷室にそっぽを向かれないように密かにボディ改造計画を立て、それを励みにその日を待つことにした。
 そう思えば、乗り越えられると氷室とすれ違うことを克服しようと努力する。
 気分を明るく持ち、日曜日は一人で久々に買い物に出かけた。
 11月に入ったばかりの少し肌寒い季節。
 氷室がアメリカに追いかけて来てくれたのがちょうど一年前だったと、なゆみは懐かしく思い出す。
「あっ、そうだ来月、氷室さんの誕生日だ」
 12月3日がその日であり、なゆみはプレゼントを何にしようか思案する。色々見ていたが、あげたいものはとても高価なものばかり。
 ため息混じりにウインドウショッピングを続け、首に掛けていたエンジェルのネックレスに触れながら、なゆみはショッピング街のディスプレイを見ていた。
 暫く歩いていると、人が集まる広場に綺麗どころの女性が派手な服を着てポケットティッシュを詰めたかごを手にして、道行く人に配りながら宣伝キャンペー ンをしている のが目に映る。
 この間働いたアルバイトと重ね、なゆみはトラウマを感じながらその女性達を眺めていた。目をそらそうとした時、少し離れた場所にいた一人が愛子に見え た。 そしてもう一人見覚えのある男性と何かを話していたのでついじっくりと見てしまう。
「あの人、五島さんじゃないの? あれ? 愛子さんと知り合い?」
 なゆみがアルバイトをしたとき、覚えがないだけで五島はそこにスタッフとして来ていたのかもしれない。
 その時愛子と面識をもったので、声をかけているのだろうか。
 会話が耳に入る距離ではなかったので、その様子を見ているだけだったが、どうも愛子は怒っている感じにとれた。
 そうなると五島が積極的に行動を起こしているように見える。
 愛子があれだけ美人だと、大概の男性は放って置かないのも理解できる。
「五島さんのタイプなんだろうか」
 その後、五島は去っていったのをいいことに、なゆみは愛子に近づいた。五島が愛子と話していたのが少し気になる。
「こんにちは。愛子さん。お久し振りです。その節はお世話になりました」
「ああ、あんたあの時の。何しに来たのよ」
「いえ、別に、あのその、お見かけしたから挨拶でもと思って。あの、さっきここで話してた男性ですけど…… あの方と何かあったんですか?」
「あなたに関係ないでしょ」
 愛子は触れられたくないとつきはねた言い方をした。
「でも、あの人、今一緒に働いているんですけど、すごくいい方なんですよ」
「あなた、私に何が言いたいの?」
「いえ、その、すみません。ちょっとお節介でした」
「あなた、結局あの会社に入れたのね。ふーん。そうなの。あなたのこと好きじゃないけど、一応教えてあげるわ。あなたも気をつけた方がいいわよ」
「えっ? どういうことですか?」
 愛子は仕事が忙しいと、なゆみの質問に答えずにさっさと自分のポジションに戻っていった。
 なゆみは釈然としないまま、いつまでも突っ立っているわけも行かずその場を立ち去った。
 もう一度振り返れば、愛子はプロ意識を持って仕事をしていた。
 愛子から「気をつけろ」といわれたことがひっかかる。
 すでに自分には問題が降りかかっているだけに、愛子はそのことについていっているのだろうか。
 考えたところでわかるはずもなく、なゆみは益々変なことが会社で起こらないか怖くなってきた。
 折角手に入れた仕事でもあり、一生懸命働きたい。
 会社では一層気を引き締めて働くこうと気合を入れた。

 そして月曜日、雑用で走り回っている最中、会議室の近くを通りかかると、ちょうどドアが開いて中から人が出てくるのに遭遇する。
 そこに五島が混じってたので、なゆみは挨拶をした。
 五島は笑顔で優しく接しては雑談も交えてくる。
 なゆみはつい調子に乗り雑談のお返しのつもりで、前日愛子と会っていたところを見たと言ってしまった。
 たちまち五島の笑みが消え、どこか焦るように辺りを見回していた。
「斉藤さん、見られていたのは仕方がないが、どうかあまり人前で言わないで欲しい。僕もプライベートっていうものがあるからね」
「あっ、すみません。申し訳ございません」
「もういいよ。それじゃ仕事があるから、また後で」
 その時見せた普段らしからぬ五島の苛立った態度になゆみは自己嫌悪に陥った。急に暗くなって背中が丸くなる。
 すると背後から声をかけられた。
「おっ、斉藤さん。頑張ってるかね」
 振り向けば鈴木部長が立っていた。
「あっ、はい。頑張ってます」
 咄嗟に緊張し自然と背筋が伸びていた。鈴木部長の前だと無意識にかしこまってしまう。
「あのさ、ちょっといいかな。聞きたいことがあるんだけど」
「はい。なんでしょう」
「小山課長と五島君のことなんだが、相変わらず仲が悪いかね?」
 鈴木部長はなゆみの耳元で小声で聞いてきた。
「いえ、私はまだ入ったばかりで、そのわかりません」
「だから、斉藤さんに率直な意見が聞きたかったんだけど、あの二人どう思う?」
「どちらもお仕事に一生懸命なのでそれを追求するために意見の交換をして、それがたまたま声が大きいという感じでしょうか」
「なるほど、斉藤さんはなかなか賢いね」
「いえ、私はそんな」
「まあ、時々書類を失くしたりミスを犯しているらしいけど、気にせず頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます」
 雇用のきっかけとなった人なのでなゆみは必要以上に気を遣う。
 鈴木部長が去った後は息切れしていた。

 なゆみが会議室の前を通って開いたドアから中を覗くと、未紅がまだ残っていた。食事を奢ってもらったお礼をもう一度言おうと、ドアに近づく。
「小山課長、先週はどうもありがとうござ……」
 未紅が涙ぐんでいる姿をみると、最後まで言うことができなかった。
 それを必死に隠そうと、未紅は涙を掬い取るように目を押さえる。
「斉藤さん、おはよう」
「小山課長、大丈夫ですか。何かあったんですか?」
「ううん、心配はいらないわ。大丈夫」
 なゆみは会社のしがらみをまたみてしまったと、胸が苦しくなる。
「色々とあるんでしょうね」
 なゆみがポツリと漏らす。
「そうね。特に私の立場は色々あるのかもね。でも負けないわ」
「はい。私も応援してます」
「あなたも、気をつける立場だから頑張ってね」
「はい。そういえば、さっき鈴木部長からも声援頂きました。書類失くすミスを犯してるけど気にせず頑張れって。それと小山課長と五島さんについてどう思う か も聞かれました」
「えっ、部長がそんなことを? で、なんて答えたの?」
「その、声を上げて意見交換するくらいしか言ってません。小山課長は五島さんと仲が悪いんですか?」
 なゆみも言葉を選べばよかったのだが、少し単刀直入に聞きすぎたために未紅は何も言わなかった。
 それがなゆみには肯定の答えに聞こえた。
 仲が悪いんですかと聞かれて、”いいえ”はすぐに言えても、”そうだ”とはこの場合言 い難い。
 嘘で否定したとしても、普段の二人の行動からして無駄だとわかっていて未紅は言葉につまったのかもしれない。
 なゆみはこの話題に触れてはいけないと慌てて続ける。
「私、鈴木部長から直接声を掛けられると、緊張します。ここに就職できたのは鈴木部長が紹介してくれたおかげですから」
「緊張する気持ちはわかるわ。確かにあの威厳と権力は敵わない。でも鈴木部長は何かと話を聞いてくれるのは有難いわ。会社で私の味方はあの人だけかもしれ ない。悪いけど、私、ちょっと鈴木部長にこ の後呼ばれてるの。先に部署に戻ってて」
 未紅はそういい残し、会議室から出ると廊下を走って行った。
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