第四章
4
パーティに誘ったのは、普段から仲良くしている人たちばかり。
気をつけないと、パーティがあると知ったら厚かましい人達が勝手に来ることもあり、そういう情報は瞬く間に広がって誰が現れるか予測不可能になってしまう。
沢山人が集まって欲しいのなら問題ないが、ホストファミリーがいない間を狙ってこじんまりと楽しもうとしているだけなので、そういうのは困るし、また嫌いな人は来て欲しくない。
人種も様々だし、中には文化や習慣の違いから馴染めなくて敬遠したい苦手な人もいるけども、どちらも英語が完璧じゃなく、直接な意見をいい合うことはないのでそういう人たちは流せてしまう。
やっかいないのは、日本人同士の方。
言葉が通じるだけにきつい言い方をする人が中には居て、先輩風を吹かすというのか、プライドの高い人がいる。
日本人同士だから、アメリカにいても日本社会というしがらみが離れてくれない。
大概はわきまえて大人な対応をする人が多いけど、どうしても合わない人は無理に仲良くしたくないのである。
そう言うのは今回排除して、仲のいい日本人友達とヨーロピアンやアラビックなどクラスが一緒で良く話をする人を誘っておいた。
20人くらいのホームパーティだけど、留守中をいいことに勝手に使わせてもらっているから、あまり派手にはしたくなかった。
トーマスもバス停で会う事があるので、とりあえずは声を掛け、忙しかったら別に来なくていいよと先に言っておいた。
マシューもたまたま電話が掛かってきたから、ついでに言うだけは言っておいたくらいだから、この二人は最初から来ないと思っていた。
そしてパーティの日。
あまり大したおもてなしはできないけど、手軽につまめるものを中心に仲のいい友達に手伝ってもらって料理を用意した。
飲み物も適当に、車を運転する人には勧められないけど、お酒もちょっとだけ添えた。
持ち寄りだから、皆何かもってきてくれて、食べ切れないほどの料理がテーブルを埋めていた。
このメンバーはまた次の学期も一緒に勉強する。
ここに来てからずっと顔見知りなので、連続してコースを取ると自然と仲良くなっていった。
同じ顔見知りでも、合わない人は仕方がないけど、学校ではそれなりに面識ある人には挨拶くらいはしている。
仲いい人の方が断然多かったので、人付き合いで問題になることは殆どなかった。
そんな気の置けない人たちと楽しく和気藹々としているとき、ドアベルがなった。
開けたら、なんとトーマスがやってきた。
あら、忙しくなかったのね。
来てくれて嬉しいよりも、誘っておきながら現れてびっくりだった。
律儀に来てくれたので、笑顔で迎えて皆に紹介したけど、バスに乗る人にはおなじみの人だから、トーマスはあっと言う間に輪に溶け込んでいった。
それで楽しくまた会話が始まって、笑い声も絶えずとても賑やかな雰囲気で、私も主催しただけあって心ウキウキと楽しかった。
トーマスが私に近づいては耳打ちする。
「(来てよかった。ちょっと誰が来るか心配だったんだ。これなら、心配することなかった)」
一体何の話をしているんだと思ったが、あんたは親父丸出しに、私の保護者ですか。
男の人が少なかったことで安心したのだろうか。
これもよく分からないから、適当にあしらっておく。
そして暫くしてまたドアベルが鳴った。
開けたらなんと今度はマシューが立っていた。
完全に来ないと思っていたから、素で私がびっくりしていると、なんと横にトーマスがやってきてホストの役目をしだした。
なぜトーマスが現れるのじゃ……
マシューはトーマスに言われるままに家に入って、そしてまずはトーマスと握手を交わして挨拶をしていた。
私がマシューの事を他の人たちに紹介し、マシューもそれに合わせてみんなと挨拶をする。
また和気藹々とパーティは盛り上がって行く。
マシューがいろんな人と喋っている間、トーマスは私を部屋の隅に引っ張って行く。
「(誰、あれ? 杏子の彼?)」
「(彼ではない。友達だけど)」
私だってどう説明していいかわからない。
友達以上彼氏未満っていうやつ。
トーマスは訝しげな顔をしていたけど、それってもしかしてヤキモチですか。
これもよく分からない心理。
いっとくけど、トーマスもただの友達だよ。
それから私がマシューと一緒にいると、トーマスの視線をちらちらと感じる。
トーマスを見れば、しっかりと私と目線を合わせるからこっちがびっくりしてそらした。
観察さながらに、監視されてるみたいだった。
私はやはりマシューと過ごす事が多かったのだが、マシューにとったら私しか知ってる人がいないし、これも自然の成り行きなのだろう。
それでもホストは私なので、時々回りに気を遣って話をしにいったりした。
そして、マシューが私にこっそり耳打ちした。
「(キョウコに見せたい物があるんだ。ちょっと席を外せない?)」
「(私に見せたいもの?)」
一体何だろうと首を傾げるも、全く心当たりがない。
マシューは先に玄関口へ向かい外に出ようとして、私にこっちへ来いと顎を突き出すように首を振る。
私は困惑しながらも、親しい友達にはちょっと席を外す事を言付けた。
その時またトーマスがじっと見ていた。
それに私は気がついていたけど、無視をしてマシューの後をついて行く。
外に出れば肌寒く、薄着だった私はブルブルとしてしまった。
マシューは自分の車まで案内して、もちろんあのおなじみのジープだが、そのドアを開けて乗れという。
「(キョウコ、僕がいいというまで目を瞑っておいて)」
一体何が始まろうというのだろうか。
私に見せたいもの?
いちいち車に乗って目を瞑らないといけないのはなぜ?
黙って目を瞑っておくのも恥ずかしかったので手で顔を覆っておいた。
運転席にマシューが乗り込む音が聞こえる。
「(目を開けていいよ)」
私は目を開けてマシューをみた。
手に何かを持ってるわけでもなく、別に変わった事はなかった。
マシューはただニコニコしている。
私は全く何を見ればいいのかわからなくて、またきょとんとしていた。
すぐに気がつかない私にマシューの顔が次第に曇りだし、どこかがっかりしていた。
「(マシュー一体どうしたの?)」
「(ほら、前を見て)」
「フロント?」
前を見ても全く分からない。
「(ほら、それ、ラジオだよ。新しくラジオを買ったんだ)」
「えっ? レディオ?」
そういえば、暗闇の中で黒っぽい物体があり、よく見れば薄明かりの中でもピカピカしている新しさがあった。
電話が掛かってきたとき、バイクを買うと聞いていたが、その後で車のラジオを盗まれたと言ってた事を今になって思い出した。
あの時、会話をするだけでも辛かっただけに、所々聞き流していた。
ラジオを盗まれたと聞いた時、驚かなかったのは、この車がワイルド仕様でカギなんてついてないし、盗られても仕方のない作りだと思い込んでいたから。
そういう話もしたなと思い出したが、それよりも新しく買ってもまた盗られるんじゃないだろうか。
それを言うと、普段は取り外しておくらしい。
なんとも手間のかかることだこと。
しかし不可解なのが、なんでこれを私に見せたいのかがわからなかった。
申し訳ないけど全く興味がなかった。
車のラジオを新しく買うことはそれだけに越したことじゃなく、何かの部品を新しく装備すること自体、男の人にとって人に自慢したいくらい嬉しいことなんでしょうか、七面鳥さん。
目を瞑るほどに、驚かして見せたいもの…… それが車のラジオ。
やっぱり理解できない。
また訳がわからなくなって、ポカーンとしてしまったが、我に返ってこの時に一番フィットする対応を頭の中で急いで考える。
「ベリーナイス」
そんなコメントしかでてこなかった。
しかし、一番無難で便利な褒め言葉である。
「(キョウコ、四月になったらここを引っ越すって言ってたよね。ちゃんと連絡先教えてよ)」
電話でとりとめもなく話しているときに自分のことも言っていた。
言った本人は話しのネタとして喋っただけだけど、マシューはちゃんと覚えていた。
なんで引っ越すって言ってしまったんだろう。
話に詰まったから、またはどこかでまだ繋がっていたかったから?
こんな中途半端な関係を続けるのなら、言わない方がよかったかもしれない。
そんな事を思っても、それができなかったから、結局はまだどこかで引きずってるってことなんだろうけど。
私もまだまだすっきりとさせられない。
「(モーターサイクルももうすぐ買うから、今度はそれに乗せてあげる)」
ほーら、また始まった。
もういいです……
そう思いつつも、ありがとうと一応言っておく。
マシュー、男と女の友達ってありだと思う?
そんなことを聞きたくなった。
どこまでも煮え切らない私とマシューの関係。
「(そろそろ戻ろうか。なんか寒いし)」
私がそう言って降りようとすると、マシューは何かを言いたそうになったけど、それを飲み込んで静かに車から降りた。
パーティに戻ってからは普通に過ごし、用意していたゲームで盛り上がった。
それなりに楽しく過ごし、パーティは終わった。
皆帰って、片づけをしていたとき、やっぱりマシューの事を考えてしまう。
私にラジオを見せてくれたこと。
男にとったら、車の部品を新しくするということは誰かと分かち合いたいくらい嬉しいことなんだろうか。
だからそれは私と素直に分かち合いたかったということでいいのだろうか。
それにしても、やっぱりこの辺りの心理が全然わからない。
ラジオを見せるのはただの口実で、もしかしたら他に何か話したかったの?
自分で想像しても、意味がないことは分かってる。
そういうはっきりしないことがあるから、お互い自分の中で色々考えてもんもんとして、悩んでしまう。
だけど、こんな不可解なことばかりも勘弁して欲しい。
七面鳥さん、まだウィッシュボーンの効き目が続いているのでしょうか。
どっちつかずでなんだかとても苦しさだけが持続しています。
でも外に連れ出されたあの時、本当の事をいうと私はやっぱりドキドキしていた。
まだまだこの状態から抜け出せないのが辛い。