過去のブルーローズ
5
デイビッドとの出会いが一時的なものであるように願い、一刻も早く彼の存在を忘れようとしていた。
私は、その事に一切触れる事はなかったが、マリーも話を特別にする事もなかった。
それで、幾分か気は紛れ、私は確かめもせず勝手に過ぎ去ったことだと決めてかかっていた。
それよりも、課題に急がしく、マリーも私に負けないようにと必死になっていたときでもあり、お互い勉強のよきライバルとして勉学に励みながら、お互いをサポートし合うという、奇妙な関係だった。
マリーは手加減されるのを非常に嫌うから、私も真っ向から、自分の考えをぶつければ、ヒートアップして討論する事も多かったが、最後に落ち着くところに意見がまとまると、清々しく笑うのも常だった。
マリーから、私と一緒だと勉強が捗るといわれれば、素直に嬉しかったし、それが誰にも真似のできない共通点なだけに、私は優越感を感じていた。
そして、そんなある日、マリーが私を野外コンサートに一緒に行こうと誘ってきた。
野外コンサートといっても、町のコミュニティが夏のお祭り企画として、家族が楽しめるようにピクニック感覚で開いている催しだった。
芝生が一面に広がる広い公園で、個人個人が食べ物を持ってきてバックグラウンドの生演奏の音楽に耳を傾けながら楽しむものであった。
もちろんその誘いはすぐに乗った。
マリーから誘われるだけでも光栄だったし、そういうところで私と一緒に過ごしたいなんて言われたら、舞い上がってしまう。
承諾をした後で、ピアノの演奏者の名前を聞いて、私はすぐさま顔が曇った。
それを悟られないようにするのが苦しかったくらいだった。
「デイビッドが演奏するのよ」
だけど、すぐに笑みを作り「へぇ」と何気に答えていたが、マリーがそれを知ったのは偶然の出来事と思いたかった。
まさか、デイビッドから直接誘いを受けたなんて信じたくなかった。
でも、現実はそうだったから、私はこの時初めてマリーとデイビッドの付き合いが、出会った時から続いていることを知った。
マリーはあの後、自ら教会に出向き、デイビッドと会っていた。
知らなかったのは私だけで、もし知っていても私にはすでになす術はなかった。
ただ私は、碌に確かめもせず、自分の耳を塞いだだけであって、それをない事のように思い込んでいただけにすぎない。
私は怖かった。
マリーがデイビッドと親しくなり、そして心を惹かれていくことが。
マリーと対等に私は話せ、一番近い存在であったが、それは大学内の事だけであって、学生同士の連帯感程度だった。
それを勘違いし、仄かながらも、もしかしたらマリーは私の事を好きでいるのではという希望を抱いていた。
だがそれは脆くも崩れ去った。
「私ね、今デイビッドからピアノのレッスンを受けてるの。実は私も子供の頃はピアニストになりたかったの。ピアノを上手く演奏をしている人を見るとすごく
憧れちゃうわ。それにデイビッドってピアノの音のように心が澄んでいるの。彼の演奏を聞くと本当に良くわかるわ」
これを聞いた時、どれほど私は絶望を感じただろう。
なぜ私はピアノが弾けないのだろうと悔しかった事はない。
こればかりはどうしようもなかった。
マリーが心惹かれるものがピアノであり、私と同じ学問ではなかったということだった。
それでも、ただピアノという憧れで、だた興味を持っているだけだと信じたかった。
そしてデイビッドのピアノ演奏が聞こえてくると、マリーの表情が変わった。
どこかうっとりとして安らかな表情で聴いている。
デイビッドの演奏する曲を一番理解しているとでもいうような表情にも取れた。
それはデイビッドに心が傾いている何者でもなかった。
私は演奏中のデイビッドの顔を睨むような目付きで見ていた。
もうそれはマリーを取られたという男の嫉妬でしかなかった。
怒りと悔しさが込み上げると同時に、そんな思いに苦しむ自分が情けなくも感じてしまった。
デイビッドさえ居なければ、とそればかり強く心の中を占めるようになってしまった。
デイビッドの演奏が終わり、デイビッドが奥に引っ込んだのと同時に、マリーはデイビッドを呼びに走った。
そして私の目の前に彼を連れてきたときは、私の顔は非常に強張り、自分でも愛想笑いすらできずに、強くデイビッドを睨んでいた。
デイビッドはそれに気がついていただろうに、マリーの手前上、物腰柔らかく挨拶をしてきた。
「やあ、ダニエルだったね。また会えて嬉しいよ。いつもマリーから君の事を聞かされているよ。頭が良くて自分よりも遠い世界にいるのにとても仲良くしてく
れるって。将来は大統領にでもなれるんじゃないかって彼女は言ってるくらいだ」
デイビッドは私を褒めたつもりだったのだろうか、その笑顔はなぜか鼻についた。
「本当よ、ダニエルってすごく頭いいんだから。しかも女の子にもモテモテなのよ。私が側にいるとどれだけ他の女の子に睨まれたことか。だから私も負けずに歯向かっちゃった。ダニエルから相手にされるような女じゃないからって、嫌味な顔を見せてやったわ」
なんてことだと私は思った。
自分が思いを伝えなかったばっかりに、マリーには何も自分の気持ちが伝わっていない事に気が付いた。
マリーにとって自分はただの友達にしか過ぎなかった事に、初めて気が付いてしまった。
私はショックだった。
そして目の前でマリーとデイビッドがまるで恋人同士のように笑いながら語り合っている姿は、更に傷口に塩をすり込まれる気分だった。
はっきりと自分の気持ちを伝えなかったのが一番悪いのに、怒りの矛先をデイビッドに向けてしまっ
た。
「ダニエル、どうしたのなんだか顔色が悪いわ」
マリーにそう言われる程、私の顔色は変化するほど怒りとショックで変わっていた。
「大丈夫だよ。少し夏の日差しにやられたのさ」
夕方といっても、夏だけあって、日が沈むまで長く、まだ日差しは強い。
太陽のギラギラした熱は、私の燃え盛る嫉妬そのものだった。
マリーが私を見てない影で、恨みをこめるように私はデイビッドを睨んでいた。
デイビッドは絶対に気がついていたのに、何も言わずに受け流していたのが余計に腹立たしい。
私の憎悪はどんどん膨らんでいった。