Brilliant Emerald

第三章

4 

 ユキの計画は順調に進み、ハンバーグも焦げ目がついていい感じに焼けていた。
 付け合せに、にんじんのグラッセとスチームしたブロッコリーを添えると、彩りよく見るからに美味しそうに見える。
 ハンバーグの上にはデミグラスソース。これは缶詰の中身を温めただけだが、この光沢のあるソースですっぽりとハンバーグを覆えば、玉ねぎが完全にわからなくなる。
 缶詰のラベルを見ればデミグラスソースにも玉ねぎが溶け込んでいる。
 これで二重に玉ねぎの美味しさを分かってもらえるに違いない。
 ユキは慎重になりながら、レストランに出しても恥ずかしくないくらいに、お皿に綺麗に盛り付けしていた。
 廊下に顔を出し、大きな声で「ご飯できたよ」と叫ぶ。
 トイラとキースはそれを合図に部屋から出てきた。
 ユキの心臓がドキドキとして、ふたりがご飯を食べてくれるのが待ちきれないでいる。
 ふたりがユキの前に現れると、ユキの顔がにやけて仕方がなかった。
 「お待たせ。お腹空いたでしょ」
 冷静さを装おうとすればするほど笑いがこみ上げてくる。
「なんか、ユキ、変」
 キースが言った。そして、部屋の匂いをくんくんと嗅いで、目をショボショボさせている。
「ほらほら、早くテーブルについて」
 テーブルの上には見栄えよく、料理が用意されている。
 それは美味しそうに見えるが、キースは懐疑心を抱いて露骨にいやな顔をしている。
 トイラは黙ってテーブルにつき、お皿の上の料理をじっと見つめていた。
「さあ、食べて食べて」
 ユキが催促するが、ふたりは手をつけようとしない。
 キースはトイラに振り向いて、どうすればいいのか目で訴える。
 トイラはキースの視線も気にせずじっと料理を見つめていた。
「どうしたのふたりとも。それ、ハンバーグだよ」
 ふたりが食べようとしないので、ユキから笑顔が消えた。
「ねぇ、ユキ。これ、玉ねぎ入ってるでしょ。部屋に入ったとき、玉ねぎの刺激を感じたんだ」
 キースは申し訳ない顔をユキに向けた。
「でも、絶対おいしいよ。玉ねぎの味なんて絶対にしないから」
「とても美味しそうなんだけど、僕は食べられない」
「そんな……」
 キースの言葉にユキは落胆し、努力が水の泡となって消えていく。それが自分の思いよがりだったのが情けなくなる。
「僕たちは玉ねぎが嫌いなんじゃなくて、食べられない理由が……」
 キースがそこまでいったとき、トイラはフォークを持ってハンバーグを食べ出した。
「おい、トイラ!」
 キースが止めようとしても、トイラはすでに口に入れて咀嚼していた。
「旨い」
「トイラ……ほ、ほんと?」
「ああ」
 隣でキースが慌てている。
「お、おいっ、トイラ、それは……」
 キースが言いかけると、トイラは睨みを利かして黙らせた。
「こんな風に肉にソースを掛けて食べたことないから、すごく旨い」
「でしょ。玉ねぎが入ってるほうが甘みが出て、とっても美味しくなるの」
 ユキは嬉しくて飛び跳ねたい気分だった。
 その時、トイラの手からフォークが滑り落ち、トイラが腹を押さえて苦しみ出した。
「トイラ、どうしたの?」
「大丈夫だ。なんでもない」
 でもその苦しんでいる姿は全く大丈夫には見えない。
「だから言わんこっちゃ……」
 キースが言い終わらないうちに、トイラは椅子から転げ落ち、床に倒れ込んだ。
「トイラ!」
 ユキもキースも同時に叫ぶ。
 ユキは一目散に駆け寄り傍によるが、苦しみもだえているトイラを目の前にして何をどうしていいのかわからない。
「トイラ、どうしたの。ヤダ、嘘……冗談でしょ」
 体をくの字にして歯を食いしばっているトイラは、ユキを恐怖に陥れる。
「どうしたらいいの」
「ユキ、水だ」
 キースはトイラの体を起こした。
 慌ててグラスに水をいれ、震える手でユキはトイラに飲ませた。
「どうして、どうしてこうなっちゃったの。救急車呼ばなくっちゃ」
 ユキはうろたえる。
「心配するなユキ、大丈夫だから。すぐ落ち着く」
 苦しいのにトイラは笑おうとしていた。
 普段は滅多に笑わないだけに、ユキは事の重大さに震えていた。

 トイラはキースの肩に腕をまわして支えられ、二階の部屋へ運こばれる。
 ユキもその後を祈る思いでついていく。
 嘘であってほしい、何かの間違いでいてほしいと、 強く強く願っていた。
 トイラはベッドに横たわる。
 うめき声とともに汗が噴出していた。
「ユキ、冷たい水とタオルを」
 キースに指示されて、ユキは即座に階段を駆け下りた。
「トイラ、なんでそんなに純粋な馬鹿なんだ。玉ねぎ入ってるのになんで食ったんだ。玉葱は俺たちには毒だろうが」
「ユキが作ったご飯だったから。ユキをがっかりさせたくなかった。それに致死量は食べてない。これぐらいすぐに治るよ。しかしこんなに即効で強烈だとは俺もさすがに思わなかったぜ」
「本当に馬鹿だな、お前は」
 キースは呆れていた。
 階段をバタバタ上がってくる音が聞こえ、ユキが洗面器に水を入れて部屋に入ってきた。悲壮な表情で、今にも泣きそうになっている。
「どうしよう。病院に行った方がいいんじゃないの?」
 ユキはぬれたタオルでトイラの額を必死に拭いている。
 そのユキの手をトイラは優しく掴んだ。
「俺は大丈夫だ。一晩寝たら治る。だから泣くな。さあ、ふたりとも部屋から出て行ってくれないか」
「でも」
 ユキはトイラから離れたくなかった。
「ユキ、行こう。トイラは大丈夫だ」
 キースに肩を押されて、ユキは仕方なく部屋をでる。
 トイラはその間も苦しそうに顔を歪めていた。
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