Brilliant Emerald

第七章

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 仁が全てを知った同じ頃、ミカは英会話学校で英語を学び終えて自宅に戻る途中だった。
 ユキが帰国子女で英語がペラペラなことが、以前から妬ましかった。
 ミカも英語が好きで、なんとか話せるようになりたいと頑張っていたところに、ユキの存在を知って実力の差を見せ付けられ嫉妬した。
 どんなに頑張っても、現地で育って学んでいるユキには叶わない。
 ミカが欲しいものを、何の苦労もなく自然に身に付けたユキ。
 ユキの口からアメリカはどうのこうのと出るたびにイラつき、英語が話せる自信と、それを鼻にかける態度も気に入らなかった。
 そんなときに、自分のクラスにふたりも海外留学生を迎えて、しかもどっちもかっこいいときている。
 どうしても近づきたかったが、ユキがいると近づくことすらできなくて、ユキの存在がどんどん疎ましくなっていった。
 マリは誰が見てもきつい性格で、面と向かってユキにぶつかっていくが、ミカは自分のキャラを良く知っているのか、表面はかわいらしさをアピールして内面を容易に見せない。
 気に入らない事があれば、誰にも知られず隠れて鬱憤を晴らして虐めるタイプだった。
 ミカのようなタイプの方が怖い存在だ。いい子を装い、ユキに近づいて友達のフリをして、隠れて虐めるなんて性質が悪い。
 普段から大人しいイメージをクラスに定着させれば、誰も陰でユキを虐めていることなんて想像もつかないだろうと、ミカは計算していた。
 また自分がかわいいのも充分知っていた。
 どうすれば好かれるか、いい印象で見られるか、そういうことをいつも考慮して計算高く狡猾になっている。
 机の中のカッターナイフ、クラスに噂を広めて落としいれ、ユキのシャツをハサミで切り、上履きに画びょうをいれたのも、全てミカの仕業だった。
 ユキに勝ちたいと、自分のルールの中で張り合う。
 トイラに近づいたとき、好きと思うより、ユキに勝ったという優越感をミカは抱いていた。
 だから、トイラが突然、手のひらを返して冷たくなったことは、ミカにはショックよりも馬鹿にされた悔しさの方が大きく、到底許せるものではなかった。
 そのミカのトイラに対して復讐心を持つ気持ちが、太陽の玉に映し出され、ジークが探していたトイラを陥れるための都合のいい素材となる。
 人通りの多い駅前を、ミカは歩いていた。
 学校の帰りに直接英会話教室に行ったのか、まだ制服を着たままだった。
 ジークはミカの姿を、ずっと空からコウモリの姿で追っては、チャンスを伺っていた。
 人通りがなくなった住宅街の道、やっといいタイミングになったと、ジークは猛スピードでミカに近づいていった。
 スーッとミカの側を飛んだかと思うと、ぱっと人の姿になり、ミカの前に立ちはだかった。
 ミカの心臓は急に高鳴り、恐怖で体を強張らした。
 声を上げようとしたその瞬間、すべるようにジークは五十嵐ミカに近づき、ワードローブで包み込むようにミカを腕で取り囲った。
 そしてミカの左の首筋を一かじりすると、ミカは小さく『うっ』という声を漏らした。
「安心しろ、私は吸血鬼ではない。ただ君の協力が欲しくて、体に少し細工させてもらったよ。何も心配することはない。君が思うままにトイラに復讐すればいいだけさ。これを使うとさらに効果的だ。君はとても強い力を手にしたんだよ。フフフ」
 ジークはそういい残して、ミカに何かを渡すと、コウモリに変身してさっさと空に戻っていった。
 ミカはその場で、立ったまま意識が飛んでいたが、また正気に戻ると何もなかったように帰路に就いた。
 手にはしっかりとジークから渡されたものが握られ、首筋にはジークがつけた牙の後が2つ残っていた。


 ジークが仕掛けた罠も知らず、テーブルを囲んでユキ達は夕食を取っていた。
「あのさ、トイラ、もっと気をつけてくれよ。仁だったから、よかったものの、これが他の奴の前だったら大騒ぎになってたよ。だけど一体何やってたんだふたりして」
 キースが箸をトイラに向けて振っていた。
「ちょっと、メイク・ラブを」
 トイラが恥ずかしげもなく言った。
 ストレート過ぎるその言葉に、ユキは飲んでいた味噌汁を吹いてしまった。
「トイラ、違うでしょ、ただじゃれてただけでしょ」
「どっちも同じ事だよ。とにかく、ふたりが元に戻ったのは僕も嬉しい。大いに発情してくれたまえ。だけど興奮して人前で黒豹にならないでくれよ」
 キースが警告をする。
 トイラはそんな事わかってると言いたげに、鬱陶しい顔つきになっていた。
 ユキは恥ずかしくて下をむいたままだった。

「そういえば、今日、マリがユキのことなんか心配してたよ」
 キースは、おかずを口に入れ、もごもごさせながら言った。
「えっ、矢鍋さんが。どうして」
「さあ、なんでかわかんないけど、ユキのこと気になってたみたい」
「それで、それで?」
「それだけだけど?」
 キースの中途半端な情報でユキはがっかりする。
 マリから言われた言葉がまだ心に残る。
 マリと仲良く慣れたらと淡い期待を抱いていた。

「それから、五十嵐ミカ、今日トイラの悪口言ってた」
 キースはまたトイラに箸を向けた。
「えっ、五十嵐さんが、どうして。トイラのこと好きじゃなかったっけ?」
 ユキはトイラに視線を向けた。
「俺、鬱陶しくてさ、最後に露骨にミカを無視したんだよ。きっとそれでだよ」
 トイラは、悪口を言われてたと知っても、素知らぬ顔だった。
 気にせず黙々と食べ続ける。
「弄ばれて最低な男だとか言ってたな。離れてたけど、僕の耳がいいって知らないもんだから、よく聞こえたよ。目つきも怖かったな。なんか仕返ししてきそうだよ。トイラ気をつけろよ」
 キースは一応忠告する。
「あんな弱々しい女に何ができるんだ。大丈夫さ。いざとなりゃ、身をかわして逃げるよ」
 トイラはミカを軽々しく見ていたが、あまりにも警戒しないトイラに胸騒ぎを感じていた。
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