5
学校をさぼった後の次の日、この日は土曜日で半日だけの授業だった。
一層のこと休めばよかったとユキは思ってしまう。
中途半端に学校に出てきたせいでダラケテしまい、手で口を隠し欠伸しながら、ユキは登校していた。
「俺が傍にいれば退屈しないさ」
トイラはユキの肩に手を回そうとする。
障害はなくなったとはいえ、急に二人が仲良くする姿は人前では見せられず、ユキは払いのけた。
「何でだよ」
「トイラ、やっぱり人前では気をつけよう。今まで通りの振る舞いをしなくっちゃ。ただでさえふたりで休んだし、一緒に住んでるし、みんな変なこと想像しちゃうよ」
「いいじゃん、もう変なことした後だし」
「お前ら、もうそんな仲だったとは」
キースがわざと大げさに驚いた顔をした。
「違うに決まってるでしょ」
ユキは恥ずかしさと怒りで顔が赤くなった。
青空の下、ふざけあうトイラとキース。ふたりが笑ってる姿を見るとユキの心は軽くなる。
穏やかで、幸せを感じるひと時だった。
何よりもトイラが傍にいる。
森で過ごしたときと同じだ。あの時のままユキは幸せだと思った。
まだ生きて16年そこそこだが、人生の中でこのときが、一番輝いていると、自信をもって言えた。
居場所を探し続けて自分を悲観してきたが、周りが何であれ、自分が楽しもうと思わなければ何も変えられない。
限られた命ならば、なお更時間は無駄にできない。
悩んでる暇があれば笑うこと先に考えよう。
ユキの手は自然とアザのある胸へと向かった。
命の長さが違う、年を取らないトイラやキースは何百年と生きてきて、一体何を思い、何を感じているんだろうと、ふとユキはじっとトイラを見つめる。
「なんだよ、ユキ。怒ってるのか。からかって悪かった」
「違うの。ほら、トイラたちって何百年も生きて、ずっとそのままの姿でしょ。どんな人生を感じてるのかなって思ってたの」
「人生か。ほんと僕達の人生は長いな。でもこれだけは言えるよ、今が一番楽しいときだって」
キースは青空を見上げて、独り言のように呟いた。
「ああ、全くその通りだ。ユキと出会えたこのときが、本当に楽しい」
だが、トイラは言葉とは裏腹に、表情に陰りが出ていた。
幸せなはずなのに、目の前の大きな問題が気がかりで素直に楽しいとはいいにくそうだった。
2年A組の教室の入り口の前で、仁はユキを待っていた。
寝不足なのか、目の下にクマができていた。
目も充血している。
昨晩色々と考えて眠れなかったのだろう。
複雑な面持ちでトイラとキースを一瞥し、そしてユキと向かい合った。
「ユキ、僕ずっと考えてたんだ。君がトイラのことを好きでも、僕は諦めないって。それだけ言いたかったんだ」
ユキは仁の思いに戸惑い、喉の奥から喘いだ声が反射してしまう。
覚悟を決めて真剣に話した仁だったが、その後大きくくしゃみをしてバツが悪くなる。
「トイラ、いいか、クシュン。絶対ユキを助ける方法を見つけろよ。僕ができることなら、なんでも協力する。だから絶対ユキを助けてくれ。命の玉をとらないでくれ。クシュン」
クシャミをしながらでは、自分が間抜けに思えて、仁は後味悪くなっていた。仕方なく足取り重く自分の教室へ戻っていく。
「わかってるよ」
トイラは仁の後ろからそっけなく答えたが、心の中では痛いほど仁の叫びが響いていた。
ユキが教室に入るとマリとすぐさま目が合った。
「おはよう、矢鍋さん」
ユキは思い切って挨拶してみた。
「あら、もう風邪はいいの。全然病気してたって感じがしないけど、トイラと一緒にずる休みしてたんじゃないの」
相変わらず、鋭い突込みだ。しかし、その通りだから言い返せない。
「冗談よ。ところで、よかったらこれ見る? 昨日の物理の授業のノート。ここテストにでるってさ、重要らしいよ」
「えっ、いいの?」
マリから受け取ったノート。手にずしりと重みを感じる。
ユキがお礼を言った後、マリも照れた笑みを見せて、自分の友達の輪の中へ入っていく。
お互いまだぎこちないけど、どちらも歩み寄ろうとしている。
ユキは席についてノートを見ながら、一人でにやけていた。
マリのノートをパラパラめくれば、整った綺麗な字だった。マリの心の美しさを反映してるように感じた。
ユキはすぐに返したくて早速急いで書き写し始めた。
始業ベルが鳴り出す頃、ミカが遅刻ギリギリで教室に入ってくる。
ノートを書き写しているユキの前にそっと現れた。
「おはよう、春日さん」
感情のないミカの声。ユキがゆっくり顔を上げれば、覇気のない目を向けユキを見下ろしている。怒っているわけでもないが、その無表情さが機嫌が悪い印象だ。
「おはよう……五十嵐さん」
全ての嫌がらせはミカだったと知ったこのとき、ユキも笑顔など見せられるものではなかった。
何か直接嫌味でも言われそうで、ユキは慎重にミカに対処する。
トイラも様子を窺い、何かしでかしそうなミカに注意を払っていた。
その時、ミカは急ににこっと笑いだし、不穏な空気が一蹴された。ごそごそと鞄から何かを取り出し、それをユキに差し出した。
「実は昨晩クッキー焼いたんだ。よかったら食べて」
かわいいプレゼント用の透明の袋の中に手作りのクッキーが入っている。まるで店で売っているような仕上がりだった。
「これを私に?」
ミカはにこっと微笑む。何だか妖しすぎてユキは懐疑心を持ってそれを見てしまう。
「トイラもよかったら食べてね」
同じものをトイラにも渡していた。
ユキが何かを言おうとしたとき、担任の村上先生が教室に入って来たので、ミカは慌てて自分の席に向かった。
トイラもユキもお互い顔を見合わせた。
「急にどうしたんだろう」
ユキが小声で耳打ちすると、トイラも首を傾げていた。
ミカの作ったクッキーは、机の上で不審物のような存在感を出していた。