Brilliant Emerald

第八章

6 

「ユキ、どうしたの。ドレスが気に入らないのかい?」
 仁は不安になった。
「違うの、とってもかわいいし、すごく気に入ったの。でも……私の姿をみても、気にしないでね」
 ユキが思い切ってみんなの前に現れた。
 夏らしいデザインで、本当にかわいらしい姿だった。
 だが、胸の部分が露出していたので、あのアザがはっきりと出てしまっていた。
 それを見せることをユキは躊躇していた。
「ユキ、そのアザ、もう九日月じゃないか」
 半分に見える上弦の月の形からやや膨らんでいる。トイラは驚きの色を隠せないでいた。
 確実にユキのアザは満月に近づいていたのを目の当たりに、どれほどの罪悪感を感じたことだろう。
 キースも凍りついて黙りこんでいた。
 仁はトイラとキースがその痣をみて、驚いていることの重大さが重くのしかかった。
 ユキには時間がないことが二人の行動から読み取れた。
 トイラはまだユキを救う方法を見つけていない。
 益々、ジークとの取引が心の中で大きくなっていった。
「やだ、みんな暗くならないでよ。ほら、ちゃんとドレスをみて。ねっ、かわいいでしょ、私」
 くるっと一回転すると、ドレスの裾が広がって、きれいな円形を描いていた。
「仁のお母さんにお礼を言わなくっちゃ。こんなかわいいドレス着られるなんて、私幸せよ。仁、本当にありがとう」
「それじゃ、後で僕の母にも、その姿見せてやってくれるかい。ユキが着るのをすごく楽しみにしてたんだ」
「もちろんよ。後でお礼を言いに行くわ」
 ユキはお茶の支度をしようと、台所に向かった。
 トイラとキースは暗い表情で何かを深刻に考えている。
 その様子を仁はじっと見ていた。
「なあ、トイラ。もし、ユキを助けられる方法が見つからなかったら、どうするんだ」
 仁はトイラがなんて答えるか直接聞きたかった。
「そのときは、ユキの命の玉を貰う」
 真剣な目で答えるトイラに、仁はショックを隠せなかった。
「もっと言い方があるだろう、絶対方法を探すとか、諦めないとか。そんな答え方するなんて、トイラらしくない。もう諦めたと同じことだ」
 人の頭に血が上る。
「すまない、仁。俺も一生懸命考えているんだ。だが、ユキを失いたくない気持ちが強くて、つい言ってしまった」
 二人の雰囲気が険悪に見えたのか、キースが話題を変えた。

「だったらさ、助かる道を見つけた場合は、トイラどうするんだ」
「そうだ、助けた場合、トイラはどうするんだ」
 仁も気になった。
「そのときは俺がユキの側にずっといる。ユキが年を取っても最後までずっと側にいる」
 その答えも仁には気に入らなかった。
『トイラが居る限り、ユキの心はずっとトイラに向いたままだ』
 ジークの言葉をまた思い出した。
「なんだよそれ、まるでハイランダーの映画みたいだよ。観たよ昔、妻は年をとるけど、ハイランダーの宿命で、地球に二人以上ハイランダーが居るとずっと年を取らずに死なない戦士の話」
 仁は興奮していた。そんな映画の話を言ったところで、二人にはちんぷんかんぷんだった。
「おいおい、仁、そうかっかするなって。トイラも悩んでいるんだ。わかってやってくれ」
 キースはトイラの味方だ。
 仁は自分の気持ちなど、誰にも理解してもらえないのも腹ただしく悔しかった。
 この二人が居なければ、ユキは普通に人として暮らせるのにと益々思ってしまう。
 仁は決心する。
(ユキをまともに救えるのはこの僕しかいない)
 仁はその後、トイラとキースと口をきくことはなかった。
 二人は仁がユキを助けたい一身で、方法がみつからないことを怒っていると思っていた。
 まさかジークとの取引を考えているとは、誰にも想像ができなかった。


 暫くした後、仁はドレスを着たユキを連れて自分の家に連れて行った。
 ユキは上にショールを羽織って、露出した部分を隠していた。
 後ろからキースも護衛のように付いて来ている。
 キースは仁がユキを好きなことを充分に知っているかのごとく、一定の距離を取って歩いていた。
 トイラの味方とはいえ、仁の切ない気持ちも充分に理解していた。
 それもまたキースには見ていて辛かった。
 ユキと肩を並べて、仁は話すこともせずうつむいて歩いている。
「仁、どうしたの。ずっと暗いよ」
「えっ、ごめん。ちょっと考え事をしていた」
「私のこの胸の痣のこと?」
 ユキは言いにくそうに声が小さくなっていた。
「なあ、ユキ、もしもだよ、もしも僕が君を助けることができたら、トイラよりも僕の方を見てくれる?」
「えっ? トイラですらまだ方法がわからないのに、仁がそんなこと……」
「できる訳がないってかい? でも僕、本気なんだ。君を救いたい。犠牲を払ってでも、君を救いたいんだ」
 その台詞は仁の心の決心を表していた。
「仁、ありがとう。気持ちだけで充分よ。仁には本当に感謝している」
 ユキは仁に優しく微笑む。
 二人の会話はキースの耳にも届いていた。
 キースは仁のユキを思う気持ちがあまりにも切なくて、聞いてしまったことを後悔していた。


 ユキが仁の家に訪問している間、キースはマンションの外で待つことにした。
 仁が誘っても、キースは遠慮しておくの一点張りだった。
 よほど仁に同情している。仁はキースの気持ちに目を逸らしてしまった。
 キースを置き去りに、ユキを連れて自分の家に入っていく。
 仁の母親はユキをみるなり感嘆の声を上げて喜んだ。
 父親もそばで歓迎してくれ、ふたりからかわいいといわれて、まるで嫁にでも来たような扱いだった。
「ユキちゃん。ほんとよく似合うわ。なんてかわいいの」
「おばさん、本当にありがとうございます。私もとっても気にいりました。自分でもかわいいってちょっと気取ってしまうくらいです」
 ユキはちゃんと姿を見せようと、肩にかけていたショールを外した。
「あら、ユキちゃん、胸に変わったアザがあるのね。それって英語でバースマークっていうのよね。生まれもっての神から与えられたものって言われて、親は我が子の印として喜ぶんだよね。そういえば、仁も昔お尻に青アザがあったわ。今もあるのかしら」
「母さん、それはあったら困るよ。ん、もう、ユキ、僕の部屋においで。この人たちと居たら何を言われるか」
 仁はユキの手を引いて、自分の部屋に連れて行った。
 両親は顔を見合わせて苦笑いしていた。


「へぇ、ここが仁の部屋なんだ。意外ときっちりと片付いているんだ。あっ、こんなところにも手作りの置物がある。かわいい」
 机の上に飾られたパッチワークの熊のぬいぐるみをユキは見ていた。
 仁はベッドに腰掛けて、ため息を一つついた。
「ごめんよ、うちの母、すごく脳天気で。なんでも思ったことを考えずに言っちゃうから、もし気を悪くしてたら許して欲しい」
 仁は、ユキの胸の痣のこと気にしていた。
「ううん、全然そんなことない。私、仁のお母さん大好きよ。今日、初めて会ったお父さんも気に入っちゃった。なんて素敵なご夫婦なんでしょう。仁はとても素晴らしい両親の間に育って、だからこんなにもいい人なんだね」
「ユキ、僕は、いい人でもなんでもない」
 良心の呵責からユキの言葉を素直に受け入れられない。
 突然、吐き捨てるようにジンは叫んだ。
「どうしたの、仁」
「あっ、ごめん。ちょっと自分が嫌になるときがあってね。それでつい」
 仁は、これから自分が何をやるか充分わかっているために、ユキの言葉に冷静になれなかった。
 ユキは仁を優しい眼差しで見つめていた。
 『仁はいい人だよ』と目で言ってるようだった。
 仁もユキを見つめ返した。そしてベッドから立ち上がり、ユキに近づく。
 いつもと様子が違う仁に、ユキは急に落ち着かなくなった。
「仁、どうしたの。やっぱりおかしいよ?」
 仁は、突然、力強くユキを抱きしめた。
 咄嗟の事で、ユキは抱かれるままに動けなかった。
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