レオが歩くその後ろを、たどたどしく沙耶がついていく。
 沙耶は何を思ってついてきているのだろう。
 レオはその時、頭が真っ白になっていた。
 なぜ自分がそんな大胆な行動を起こせたのか不思議なくらい、自分で自分を陥れた気分だった。
 沙耶もレオが話し出すまで黙り込んでいる。
 その沈黙が余計にレオを焦らせた。
 落ち着けと何度も唱えながら、面と向かうその時を覚悟した。
 暫く歩くと駅が見えてきた。
 便利な場所には人が集まり、駅の周辺は繁華街のごとく賑わいが集中していた。
 街の玄関というべき、駅の周りはゆったりとしたスペースが広がり、ベンチや小さな花壇が所々に設置されていた。
 歩く人達の邪魔にならないように、車が通る道路と歩行通路の境目で立ち止まった。
 そこにはレンガを長方形に組み立てた花壇が、一定の間隔をあけて道路と通路の国境のように仕切ってあった。
 沙耶も遠慮がちに側に寄る姿が、どこかよそよそしく見える。
 教室内と違った解放された外で、レオと一緒に居ることに落ち着かないでいた。
 ここで二人きりになって何を話すというのだろうか。
 平常心を装っていても、お互いを意識した張り詰めた空気は、ドキドキとさせてぎこちなかった。
 目のやり場にすら困り、沙耶は花壇の花に目をやった。
 あまり予算を掛けてないのか、パンジーやペチュニアといった安っぽい花が、数個だけ植えられてみすぼらしかった。
「あのさ」
 レオはとりあえず話す意志だけはあると示してみる。
 沙耶は視線をレオに向けた。
 レオは逡巡する。
 ここで自分の気持ちを伝えるべきか。
 行き当たりばったりに、成り行きでこうなってしまったけど、これも煮え切らない自分の行動を後押ししてくれる何かが働いたのかもしれない。
 こんな機会でもなければ、沙耶と面と向かうことなどなかった。
 今を逃せば、この後はもっと難しくなり、益々機をのがしてしまう。
 でも、ここで振られたらどうしようという気持ちも同時に湧き起っていた。
 まだ席替えまでは日数があるし、このあと気まずくなるのも辛い。
 かといって、何も行動を起こさずに席が替わって離れてしまえば、疎遠になるのも辛い。
 そんな時、花壇の端にタンポポが花を咲かせているのが目に入った。
 レオはそのタンポポを見るや否やふと肩の力が抜けていった。
 そしてようやく声を出した。
「俺さ、席が変わる前に牧野に言いたいことがあるんだ」
 春の優しい風がふわりと吹いたとき、タンポポが首を振るようになびいていた。
 同じように沙耶もその風を頬を通じて感じていた。
「折角仲良くなれたのに、席が離れたら話する機会がないんじゃないかって思うんだ。だから席が離れても俺を無視しないで欲しい」
 なんだかはっきりしない言い方だったのか、沙耶はきょとんとしてレオを見ていた。
 レオは沙耶の反応が気になり、返事を待っているだけに、沙耶は慌てて言葉を探す。
「あっ、も、もちろん。こちらこそいつも仲良くしてくれて、あ、ありがとう」
 この場合それが正しい答え方だったのか、沙耶にはわからなかった。
 とにかくありがとうとつけとけば、大抵乗り切れるだろうという気持ちだった。
 でも、自然と顔がほころび、沙耶は笑みを浮かべていた。
「いや、こちらこそ、ありがとう。ちょっとこれで安心した」 
 とりあえずは友達の間柄は確保できたが、そんなやり取りで終わらすなよと心の中で自分で突っ込む。
 もっとその先の自分の気持ちを伝えたい。
 でもすぐには言葉が出てこなかった。
 はにかんだ笑みで、全てを誤魔化すように、へへへと頼りない笑いが取りとめもなく出てくる。
 自分でも馬鹿みたいにヘラヘラしているのは分かっていたが、どうしても止められなかった。
 照れてるこの状態が非常に恥ずかしすぎて、それを軽減するために無意識に発生するような笑いだった。
 沙耶はそんなレオを見て、釣られて一緒に笑っている。
 それが気持ちをリラックスして、今度は沙耶が調子に乗ってきた。
「館山君がそんな風に思っていてくれて私は嬉しい」
「えっ?」
「私も同じ事思ってた」
「あっ、ええ!?」
 嬉しすぎて感嘆した声しかでてこなかった。
 今度は沙耶が恥ずかしがる番だった。
 頬を赤く染めて、慌てて目を逸らした様はいじらしかった。
 沙耶も花壇の隅に咲いているタンポポに気がついて、そこに視線を落とした。
 タンポポは物こそ言わないが、自らそこに根付いて力強くキリリと咲いている姿が逞しかった。
 花は黄色でかわいく、葉っぱはギザギザとして勇ましい。
 雑草ながら堂々としているところは見習いたくなってくる。
 そのとき、黄色い鮮やかな色が目に刺激を与え、沙耶は突然はっとした。
 突然デジャヴーを感じた感情を抱き、不思議な感覚に囚われた。
 そしてレオに再び視線を向けた。
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