第二章
3
この時点からは、自分が創造したものから逸脱して、私ですら全く先の読めない話の筋になってしまっている。
ご都合主義に進んでいく、キュウジと私の分身であるリセのために創った物語は、全く違うものにずれてしまった。
私の行動一つで、何を招くか予想もつかず、それは最悪の結果を招くこともありえる。
いや、実際招いてしまった。
目の前で酸素呼吸器をつけられて、あたかも眠っているようにしか見えない婆さんを見つめ、私は遊びじゃないこのシリアス感にぶちのめされた。
「婆さん」
キュウジが側により、そして婆さんの皺くちゃな手を取って握り締めた。
キュウジの優しさが私を直撃して、なんでもないこのシーンに私はうっすらと涙を浮かべてしまった。
「ハナ、聞こえてるんだろ。目を覚ませよ」
私の体に電流が流れたように、ドキッとした。
ハナ、それは私の名前。
あの婆さんの中には私はいないのだけども、まだ自分が婆さんの姿かであるように思えた。
あんなにも優しい瞳で、あの老女を見ている姿は美しくみえる。
キュウジの人を大切にする思いで、婆さんという年老いた女性でもありながらキュウジとの絡みは全く自然でいて、このシーンに心動かされた。
私が何も考えずに起こしてしまったことで、自分で創造したものとはいえ、全然罪もない婆さんがこんな目にあってしまった。
まさか自分の話の中で血が出るとは思わなかった。
そんな風に扱ってしまって、改めて申し訳なく思うとともに悲しくなり、また優しく触れ合うキュウジの真心に感動して、感情の渦が激
しく私を飲みこんでいった。
また我慢しきれなくなって、私は泣き叫んでしまう。
「あーん、あーん。ごめんなさい」
「おいおい、ミッシー」
突然の大泣きに、キュウジがびっくりして、慌てて私の側にやってきた。
「そんなに負い目を感じることはないって。そんな泣き方したら病院に迷惑だろう」
また自分の感情に任せてしまい、周りのことが考えられなかった。
キュウジは泣き止まそうと、咄嗟に私の背中に触れ軽くさすった。
私はぐっと自分の感情を抑えようとしたが、目の前のキュウジを見るとどうしても抑えきれずに、自分がミッシーであることも忘れて、
キュウジに抱きついてしまった。
「おいっ、ミッシー」
騒ぎたくなかったのか、戸惑っで小さな声だった。
ひっくひっくと泣きじゃくる私をなだめる為に、ため息を一つ吐く。
泣いている姿には敵わなかったのだろう。
キュウジは嫌がることもなくじっとしている。
「しゃーないな」
最後は諦めて頭を軽くポンポンと叩いて慰めようとしてくれた。
「大丈夫だって。婆さんは必ず目を覚ますよ。あんたのボスも言ってたけど、店を救ってくれた恩もあるから、婆さんの入院費は出して、
面倒見るっていってたぜ。だからそんなに心配するな」
「でも、私のせいで、こんなことになってしまった。婆さんは何にも悪くないのに」
「そんなこと、言ったって仕方がないだろ。あまり自分を責めるな。婆さんが目覚めたら、思いっきり礼を言えばいいだけさ。婆さんも
ミッシーが 悪くないって絶対言うと思うぜ」
キュウジ、違うんだって。
私がその婆さんだったから、無茶にしすぎて後悔してるんだって。
こんなこと説明できないし、理解もしてもらえないから私はもうそれ以上何も言わなかった。
ようやく泣きやんだところで、私は顔を上げてキュウジを見つめた。
真っ赤な目をしていたと思う。
恥ずかしげもなく、感情のままに泣きはらした顔を無防備に見せたためか、キュウジは驚いた顔をしていたように思えた。
本来のミッシーなら泣くことはなかっただろう。
ただ辛さで黙り込んで、憎悪の方が膨れ上がって復讐したいと思っていたはず。
私はミッシーにはなりきれず、やっぱりそこは本来の自分がありのままに出てしまう。
「キュウジ、やっぱり私がこういうことを招いたのは事実だから、私が悪いの。だから私は責任を取りたい」
その時のキュウジの瞳は何を見ていたのだろうか。
動揺が隠し切れない様子で、一点を集中するように私を見つめていた。
生意気なミッシーが真剣にキュウジに助けを求めるように懺悔している様子が、ひたすら困惑させたのだろうか。
暫く何も言えず考え込んでしまって、言葉を選んでいるようだった。
「ミッシー…… あのさ、いや……」
何かをはっきりと言いたげにしていたが、結局言えない様なもどかしさを抱えて、キュウジは大きく息を吐いた。
その後で考えを新たにして、物分りの悪い子供を諭すようにゆっくりと伝える。
「…… だからといって、ミッシーに何が出来るんだい?」
そう言われると、私は困ってしまった。
暫く考えたけど、いい案が浮かばないからつい馬鹿げたことを口走ってしまった。
「私が銃を撃った男を探して、婆さんに謝罪をさせる」
その言葉で、本来のぶっきらぼうなキュウジが顔を覗かせた。
「おい、ちょっと待て。あのな、そいつは銃を持ってるんだぞ。そんな奴が、素直に謝ると思うか。そいつは凶悪な犯罪者なんだぞ。ミッシーが再び近づけば、また命狙われるんだぞ」
それは充分わかってるんだけど、ホッパーも設定では悪の美学を追求して、話せばわかるような奴なんだ。
最後はピッチフォークに完敗したと笑みを口元に浮かべて、バッフルからもこの街からも去っていくようなアウトローと知ってるからついそんな ことがでちゃったの。
悪い奴でも、リセに恋心を抱いて、徐々に目覚めていくから、結局は根のいい奴っていうキャラクターなんだけど、やっぱりダメですか?
こんなときまで、自分の設定にこだわってしまうから、ちょっとまだ徹底的にホッパーが憎みきれないの。
そんなことを説明できるわけもなく、私は黙り込んでしまった。
キュウジは話にならないと、首を横に大げさに振ってはあきれ返る。
「キュウジ、ごめん」
私は憮然たる態度で首をうなだれると、その様子がかわいそうに思ったのか、キュウジも気を遣ってやれなかったことを後悔しだした。
「わかったよ。そうだよな、ミッシーはあの時、その男と係わってるんだ。顔ぐらい覚えてるよな。だったら探すくらいは貢献できるってもんだ。 そいつがどこにいるかわかったら、後は俺が警察に突き出して仇をとってやるさ。とりあえずはそれでいいか?」
「キュウジ! ありがとう」
素直に嬉しくなって、再びキュウジに抱きついてしまう。
「おい、よせよ。お前さ、なんか急に性格変わってないか?」
「えっ、そ、そうかな。ごめんごめん。なんかやっぱりキュウジっていい奴だなって思ったら、私、つい図に乗っちゃった。アハハハハ」
「まあ、いいけどさ、そのなんていうのかさ……」
キュウジには私がなぜそんな行動をとってしまうのか理解できなかったのだろう。
首を傾げて、怪しむように私を恐々とみているようだった。
ここは笑ってごまかすしかなかった。
でも、姿は変わっても、いつ時もキュウジに抱きつけるのは嬉しかった。
私も自分の創ったキャラクターになってるとはいえ、自分がどうしてもでてしまって、演じるとかどうでもよくなってきた。
それにしても、ベッドで横たわる婆さんが痛々しくあるから、ちょっと素直に喜べないけど、婆さん、これは私の世界だから許してね。
でも、この婆さんは一体どうなるのだろう。
その時、ばあさんの側でかつて見た黒い影がすーっと横切っていった。
私が慌ててその影を目で追ったときにはすでに消えていた。
つい驚いた顔をしてしまったために、キュウジも気になってしまったようだった。
「どうしたんだ、ミッシー、なんかあったのか?」
私が見てた方向をキュウジも振り向いたが、そこには何もなく、婆さんの生命を維持している機械だけが規則的に動いているだけだった。
「ううん、なんでもない」
「婆さんに何かあったのかと思ったじゃないか。紛らわしいことするなよ」
「ごめん」
一体あの黒い影はなんなのだろう。
婆さんに取り付いているのだろうか。
でもなぜミッシーになった私にもみえるのだろう。
このときはまだ目の錯覚かもしれないと、見たものを否定しようとしていた。
そして、キュウジを見つめ直せば、キュウジは目のやり場に困ったように私から視線をはずして、婆さんの方へと近づいた。