遠星のささやき

第十三章
 彼らと知り合ったのは、偶然の出来事。
 新しい仕事に慣れようと、仕事場の中の人脈作りにも気を遣い、会社から誘われる飲み会には大概参加していた。
 まだ入ったばかりということもあり、断れなかったという方があってたかもしれない。
 飲み会に誘われれば、内心嫌々参加して、酒の席に座るだけのものだった。

 世間では師走に入った慌しい時期。
 週末を迎える金曜日の夜、誰かがお気軽に居酒屋で飲みに行こうということで、この日も急遽誘われた。
 男女合わせて7,8人はいたと思う。
 この中にはまだ誰とも特別仲がいいと言う人は居ず、ただの知り合い程度の当たり障りのない関係を築いているだけだった。
 借りてきた猫のように、大人しくテーブルの隅に座り、皆の話に相槌をうったり、気を遣って酒を注いだりしていたその時、隣のテーブルの大学生達に酔った 勢い で突然声を掛けられたのがその発端だった。
「お姉さん、なんか盛り上がってませんね。みたところ上司と飲んで楽しくなさそう」
「そんなことないです」
「どうですか、俺たちの中に入りませんか」
「はいはい、ありがと」
 私よりも幾分か年下。
 会社の人達と違って、その場限りの一期一会と思うと気が楽で、適当にあしらっていたが、それが却って相手も気を遣うことなくお気軽にその後会話が続いて いった。
 私に最初に声を掛けたのが中村達治。
 そのグループの中でも特にぶっきらぼうで、悪ぶれた態度がカッコイイと思ってるような男だった。
 お酒が入って気が大きくなっていたのか、こいつに結構絡まれた。
 でも悪い気はしなかった。
 寧ろ、かわいいと思えて、久々に楽しい気持ちにしてくれた。
「すみません。こいつ酔ってるみたいで、気にしないで下さい」
 そしてもう一人、気を遣うように謝ってきたのが高山洋介。
 中村達治が馴れ馴れしく話しているのを申し訳なさそうに謝ってくる。
 まるで保護者のようだった。
 この中では一番落ち着きをはらっ た真面目そうな男に見えた。
 一番空気が読めるそんなタイプだった。

 中村達治はジャニーズ系で、細身の繊細な感じのする見た目的にもかっこよさが目に付く。
 それに比べ、高山洋介は若いのにおじさん臭い渋みが漂って、そんなに目立つほどのハンサムで はなかった が、人懐こい笑顔は好感を持てた。
 だけど、一つだけ高山洋介の気に入らなかった部分があった。
 それは真面目そうなところ。
 どこか三岡君を思い出してしまったから。
 二人は大学三年生で、来年から就職活動に入ると話し出し、社会人として働いてる私を立てるかのように色々と仕事について聞いてきた。
 それは私に話させる口実を作ってるみたいで、真面目な質問をすれば邪険にできないだろうという彼らの作戦のようにも思えた。
 彼らのテーブルには女性が一人も居ず、私の存在は酒の肴くらいになったみたいだった。
 私も会社の人の付き合いもあり、彼らと親しく話している場合じゃなかったが、仕事場の上司やまだなれぬ人々と一緒にいるよりも、この若々しい大学生達と 飲みたかったのは正直なところ。
 でも気軽に隣のテーブルに参加できる訳もなく、当たり障りのない程度の態度で接していると、酒が入った若者達は我慢できないのかもっと深入りしたいとい う欲望に駆られていった。
「ねぇ、ねぇ、お姉さん。今度ゆっくり俺たちと会わない」
 私がそろそろ帰ろうとした時、中村達治が言った。
「うんうん、ここで会ったのも何かの縁。会おう会おう」
 高山洋介もこの時はすっかり慣れていてノリで言い出した。
 二人ともどうやら私を気に入ってくれたみたいで、私も面白いかなと何も考えずまた成り行きで連絡先を交換する。
 それが必ずしもいい結果にならないことを知っているのに、私も一向に学ばない。
 こんなことしなければ、まだいい方向に進めていたかもしれないのに、自ら投げやりに無責任な行動を取ってしまった。
 この時、何をやっても自分が望むもの以上のものは手に入れられない。
 それなら、最初からバカなことをして適当に遊んで見るのもいいかもしれないと冷めた目で二人を見ていた。
 そしてこの頃は携帯電話が普及し出して誰もが持てるようになり、それが大いに活躍する道具となった。
 お陰で自分のバカな行動を益々助長する。

 お互いの番号を自分の携帯電話に入れる。
 これで二人と繋がった。
 その時は私もノリというものだけで、これから深い付き合いが始まるとか考えても見なかった。
 適当に付き合う。
 ただの遊び。
 もし、彼らが連絡してきたらの場合だが──。
 そう思っていた。

 そして本当に中村達治がその日の遅い晩、早々と連絡してきた。
 帰宅したばかりで、ドアを閉めて鍵をかけたその時携帯電話の受信音がなる。
 靴を脱ぐ前に鞄の携帯電話を取り出して、ディスプレイに彼の名前が出てきた時は目を疑った。
 躊躇せずに通話ボタンを押し、靴を脱ぎながら話し始める。
 会って間もないのに、もうすっかり知り合いの気分になっていた。
 まだ酔いが醒めてないのか、中村達治の話し方は酔い覚めぬ勢いと、どこか下心が見える性少年という感じが漂う。
 そういうのをあしらうのは慣れている。
 最初はその気がないように相手していたが、私が年上ということもあり思うようにいかないのがチャレンジ精神を高めたようになり、中村達治は益々私に興味 を抱いていた。
 そしてこれがきっかけで中村達治は私と一気に距離を縮めていく。
 気がつけば私達は付き合っていた。
 でも主導権は常に私にあり、中村達治が私を追いかけるそんな関係だった。

 そして、高山洋介とはたまに電話する仲になっていた。
 彼の場合、社交辞令の電話から始まり、それに愛想良く対応していたら相手はすっかり心を開いてきた。
 高山洋介はあまり女性経験がないのだろう。
 私の毒牙に簡単に夢中になっていった。

 中村達治は若者独特のノリと粋がった態度で、いい加減さも加わって気楽な付き合いだったが、その分高山洋介は慎重で順序を踏んだ誠実な真面目さが際立 つ。
 中村達治とはもう既に体の関係もあったが、高山洋介は普通に電話して友達付き合いをしていた。
 そして二人は私と連絡していることをお互い知らせていなかった様子だった。
 中村達治が私と付き合っていると高山洋介に言っていれば、高山洋介は私に電話などしてくるはずがない。
 だけどそれは私にはどうでもよかった。
 とにかく二人を同時に相手することはなんの罪悪感もなかった。
 だから平気で高山洋介とも後に寝られた。
 自分に惚れてる男は、いいように扱う。
 手玉に取り、ゆっくりと手のひらで転がして遊ぶかのように。
 もう心底、男には惚れたくない。
 だったら複数の男と恋愛ごっこをして遊んで、意のままに操る。
 それが自分に合ってるように思っていた。
 相手は私の言いなりになるくらい惚れればいい。
 気楽に付き合うことで、退屈な毎日を紛らわすだけのもの。
 ましてや年下にのめりこむなど考えてもいなかった。
 こんな器用なことをできるようになるほど、私は男を舐めるようになってしまった。
 過去はあれ程純粋に人を愛せたのに、もうそれが私には意味を成さなくなった。
 ただ自分が楽しければいい。
 でもそれは私の誤算だった。
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