第一章


「それで、どうしようもなく、コイツをここに連れてきた訳か」
 船の操縦を操りながら、マイキーはことの経緯をジッロから聞かされていた。
 クレートは黙り込み、指令台の席で前を見据えている。
 アクアロイドは空いてる席にちょこんと大人しく座っていた。
「まあ、目的地につけば何かわかるんじゃないの。いいじゃん、別に一緒でも。なんかそいつ面白そう」
「マイキーはいつもノリで判断するからな。お気楽でいいよな」
「そういうジッロだって、俺とふざけあう仲じゃないか。何を今更いい子ちゃんぶってんだよ。いつも心におちゃらけを。じゃないと宇宙でやってけないよ。さあてと、ここからは自動操縦にして、俺もそのアクアロイドちゃんとお話でもしてみようかな」
 操縦席でご機嫌に操作ボタンを押し終わると、マイキーはすくっと立ち上がってアクアロイドに近づいた。
「ねぇ、ねぇ、何かに姿が変えられるって本当?」
 新しく玩具を与えられた子供のような好奇心の目がランランと輝いている。
「はい、形自体は真似られますが」
「それならさ、ちょっと変えてみてよ」
「何になればいいのですか?」
 マイキーとアクアロイドのやり取りを、ジッロとクレートも黙ってみていた。
「それじゃ、グラマーな女性なんてどうかな。こう、ボンキュボンしてるようなボディでさ」
 マイキーは手でそのような形をジェスチャーすると、アクアロイドは立ち上がって素直に体の形を変えだした。
 流動的に表面が動き出すと、それはゼリーのような柔らかさとなり、そして胸が飛び出て、腰が締まり、お尻が丸みを帯びた形となった。
「うぉー、すげぇ。でもそれ思ってたのと違う!」
 マイキーは人間の女性に変身できると思っていたので、形は変われど全くアクアロイドのままなのが不満だった。
「あの、私は変身できるわけじゃなくて、素材はそのままに形状が変わるだけです。だから、こういうのとか、こういうのとかなんです」
 目の前で椅子になったり、テーブルになったりとその姿を見せた。
「なんだ割と芸がないんだな」
「そんな、芸だなんて。何かの役に立てばくらいの認識でしかありません」
 マイキーはすでに興味をなくしていた。
「ところでさ、アクアロイドは男なのか?」
 ジッロが訊いた。
「私には性別はありません。ご希望なら女性の体つきでいましょうか」
「いや、別にそれはいい。あんたにときめくわけじゃないしな」
 ジッロはじろじろアクアロイドを見ていたが、無表情ででくの坊のように立ってる姿を見ると、人形のようにしか感じなかった。
「それよりさ、クレート、こいつどうすんだよ」
 ジッロはこの先の事を決めて欲しいと尋ねる。
 クレートは腕を組んで気難しそうに考え込んでいたが、静かに口を開いた。
「仕える主人もいない、記憶もない、帰る船もない。それならばコイツはここにいるしかない。我々と一緒に仕事を手伝ってもらう」
「えー、そんなことしてネオアースの奴らになんて思われるかわからないぜ。トラブルに巻き込まれるのはごめんだ」
 ジッロは不利な立場になるのではという懸念を抱いた。
 地球の外で育った人間はネオアースから見れば地位が低く信用がない。
 そんな人間がアクアロイドを手に入れることは難しいし、盗んだとも言われかねない。
 そうすれば受け継がれてきた地球奪回プロジェクトも水の泡だった。
「別に心配することは何もない。私達は助けただけに過ぎない。それは本人もよく分かっていることだろう。それに記憶がもどらず、引き取り手が現れないことには路頭に迷うだろう。だからここにいていいとオファーしてるだけだ。どうだね?」
 クレートの表情はアクアロイドと同じように無表情だった。
「あの、行くところが見つかるまでお世話になってもいいと仰ってくださるのなら、はい、お言葉に甘えて、その…… 宜しくお願いします」
 アクアロイドは遠慮がちにクレートに向かってお辞儀した。
「あれまー、こいつお辞儀してる。それって日本の風習じゃないのか」
 マイキーが不思議そうにアクアロイドを見つめていた。
「まあ、POアイランドには優秀な日本の科学者も多く集まってると聞く。それに場所的にはアメリカと日本の間に位置してるようなもんだ。そういう風習が伝わってもおかしくはないだろう」
 ジッロはそんなことはどうでもいいと投げやりに話しながら、腰にかけていた銃を手にして、手持ちぶたさに調整し始めた。
「長い年月が過ぎ去って、消滅した国もあるけど、アメリカや日本といった国はあのまま保っているのが不思議なくらいだ。宇宙にも血を絶やさないようにとか たまって生活してる奴らもいれば、交じり合ったのもいる。それにエイリー族に嫌われた者は害になると判断されたら粛清されちまうし、そう思えば、そのまん まの姿で残ってるっていうのはすごいことだな」
 マイキーは自分でいいながら納得し、首を縦に何度か振っては頷いていた。
「あの、あなた方はどういうところで暮らしていたんですか?」
 今度はアクアロイドが質問した。
 その時、クレートの目が一層きつくなるような気がしたと、ジッロとマイキーは感じていた。
「我々は数あるうちのスペースコロニーで生まれ育った。それらについては、君の方が詳しく知っているだろう。その技術を教えたのが君を作った人たちなのだから」
「行った事ないので、知ってるとはいいきれませんが、何かそこでご不自由でもあったんですか?」
 あまり話したくないような雰囲気をクレートの表情から読み取った。
「不自由? ならば、檻に入れられた動物にも同じ質問をしてみることだ」
「動物園の動物もそうですけど、生きるための基本条件は与えられ健康も管理されています。コロニー内でも衣食住は保障されているんじゃないですか。全てはネオアースが完璧に管理しているはずです」
「だから、それが本来の姿になるのかって話だ」
 アクアロイドは少し間を空け、考えてからまた質問した。
「住む場所があり生命を維持するための全てのものが与えられていたら何も心配するものはないと考えるのはおかしいのでしょうか」
「おかしい? ああ、おかしいに決まってる。本来住んでいた場所を追い出されて宇宙に閉じ込められたんだからな」
「でも、お言葉を返すようですが、あなた方の祖先が自ら選択し宇宙に移り住んだと思うんですけど、それを閉じ込めたと被害者ぶるのは私には理解できません」
「それじゃ反対に訊くが、一度宇宙に出ると我々は地球には戻れないのはなぜなんだ!」
 今まで冷静に受け答えしていたクレートの声が少し荒げた。
 少し緊迫した空気が流れ、ジッロもマイキーもクレートと同じ気持ちだけに感情が高ぶりつつあった。
 アクアロイドは言葉に詰まった様子なのか、暫く黙り込み、そして不思議そうに答えた。
「戻れないんですか?」 
 一段と間の抜けた声が、ジッロとマイキーの張り詰めて膨らんだ感情をピンで刺すように気が抜けていく。
「お前さ、頭いいはずだろ。なんでそんなことも知らないんだよ」
 ジッロはまた我慢の限界で、アクアロイドに近づいて頭をペチッと叩いた。
「あん、もう、だから叩かないで下さい。私だって知らないこと一杯あります。あーもしかして、私のこと頭脳明晰なコンピューターと思ってませんか?」
「えっ、違うの?」
 マイキーが言った。
「違いますよ。人間と同じように限界があります。なんでもかんでも知りつくして完璧な頭脳をもってるなんて思わないで下さい」
「一体、お前は何に優れてるんだよ」
 ジッロがイライラするとばかりに聞くと、アクアロイドは条件反射で身を屈めて怖がっていた。
「私は一般な家事とか、子守、それと心臓発作などのもしものときのための応急処置ができます」
「だだの世話係りなの?」
 マイキーが気の抜けた声で言った。
「はい、そうです。だから人のお手伝いをするために作られたと最初にいいましたでしょう。一応、か弱い立場なんです」
「何がか弱いだよ。自由に形を変えて、頭かち割られても元に戻りやがって」
 ジッロはまた近づいて叩いてやろうとしたが、アクアロイドは逃げた。
「このやろう、俺から逃げるとは生意気な奴」
「ひえぇ、どうかお助けを」
 二人は操縦室で追いかけっこを始めてしまった。
 マイキーはやれやれと、肩をすくめてあきれ返ったが、子供じみた人間臭いアクアロイドがなんだか憎めなくて最後は笑っていた。
「ジッロ、いい加減にするんだ。もういい、この話はこれで終わりだ。私は少し休ませて貰う。目的地が見えたら呼んでくれ」
 すくっと立ち上がり、クレートは操縦室を出て行ってしまった。
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