第十章


「こちらスペースウルフ艦隊のシド艦長だ。クレート、聞こえるか」
「シド艦長。じきじきのご挨拶に感謝します。あの、実は、今、ある船を追ってまして、その、すみません、一刻も争うもので」
 クレートがおどおどとしている様は、シドから連絡が入って驚いているのと、キャムが誘拐されて気が気でない慌てぶりが窺えた。
「クレート、落ち着きなさい。キャムならここにいる」
 キャムは恥ずかしそうにシドの隣に並んだ。
「キャム! 無事だったのか。しかし、なぜそこに」
「まあいい、すぐ艦に来たまえ、ゆっくりと説明しようではないか」
 シドはパーティにでも誘ったかのように楽しそうに笑っていた。

 艦の中へと二機の宇宙船が吸い込まれるように入って行き、そして格納庫に停泊するやいなや、皆船から出てキャムの無事を確認しようとしていた。
 キャムが走って船に近づく姿が皆の目に入ると、ジッロとマイキーが競って駆け寄り抱きついた。
「キャム、無事だったんだ」
「心配したぜ」
 変わりばんこに体を持ち上げられ、ジッロとマイキーははしゃぎ捲くっていた。
「二人とも、どうしてそんな痛々しい顔をしてるのですか?」
「これか、ここへくるまで大変だったってことさ、なあマイキー」
「ああ、そういうこと、そういうこと」
 自分のために必死になってくれていた様子が伝わり、キャムは二人の頬に感謝のキスをしていた。
 男とかそういう部分はすっかり消えて、二人はとても満足していた。
 一通り落ち着いたところで、クレートが静かに近寄り、安堵のため息を一つ吐いた。
「無事でよかった」
「クレート、心配かけてごめんなさい」
 本当はジッロやマイキーと同じように嬉しくてたまらないのに、キャプテンである以上、少し下がって控えめにしている。
 クローバーも大人しく一番後ろでその様子を見守っていた。
 キャムは言葉なく、またクレートが助けに来てくれたことに感動して、目が潤んでいた。
 二人は静かに見詰め合いながら、そして軽く微笑んだ。
 コツコツと足音が耳についたとき、シドが近寄ってきていた。
「クレート、また会えて嬉しいよ」
 キャムが皆にかわいがられている姿を見て、父親として微笑ましく思いながら、スペースウルフ艦隊の艦長の風格も忘れずに接する。
「シド艦長。本当にありがとうございます」
「何、礼をいうなら私の方だ。キャムの面倒を見てくれてありがとう」
 皆「えっ?」と疑問符を頭に乗せていた。
 クローバーはその様子をみて、すぐに理解をする。
 そしてシドの前に歩み寄って、お辞儀をしてから話し出した。
「お会いできて光栄です。あなた様にお会いしたときメッセージを伝えるように仰せ遣いました」
「この私に直々にメッセージだと」
 シドもさることながら、周りのものも訳が分からずにじっとみていた。
 そして、クローバーが静かに語り出す。
「時は流れても思いは留まり消えることはない。いつか見つけた四葉のクローバーが受け継がれるようにと未来に託す。我々がまたいつかめぐり合わんことを」
 抽象めいたその言葉は、他のものにはわからなかったが、シドの心には深く入り込んでいた。
「そうか、彼女はどうやら待っていてくれているようだ」
「お父さん、それどういう意味ですか?」
 キャムが不意に質問した。
「えっ、お父さん?」
 ジッロとマイキーが素っ頓狂な声を上げて驚いていた。
 クレートですら、声を失い固まっている。
「キャム、順序だてて説明しないと、皆困惑してるぞ」
 キャムは舌を出して笑っていた。

 詳しい話をするために、特別室へと皆を案内し、会議でも始めるかのようにそれぞれテーブルについて、語り合った。
 シドは、娘ということは伏せ、キャムが自分の子供であると皆に説明する。
 かつてPOアイランドで研究者としてエイリー族と仕事をしているときに、そこで知り合ったエイリー族の女性と恋仲に落ちたと簡素に伝えた。
 皆、やはりその辺の事をもう少し詳しく知りたがったが、シドは自分のプライベートな部分は省略し、そしてキャムがこの船に来た経緯を次に語っていた。
 それが終わると、クレートはジュドー・ボルトの話を持ち出し、ネオアースと手を組んでこの宇宙を支配しようとしている事を伝え、誘拐が起こってしまう裏の事情を話していた。
「私は、エイリー族、ネオアース、宇宙に散らばった人類、どれにもかかわりたくないと、中立を保ってこうやってここにいると思っていたが、結局は無関心を 装ってるだけで、逃げてきただけなのかもしれない。いま、自分の子供が危ない目にあっている事を知って目が覚めた気分だ」
「スペースウルフ艦隊は一体何を目標にして動いているのでしょうか」
 クレートは思い切って聞いてみた。
 かつてカラクが、大きな力を持っているのに勿体無いと言っていた事を思い出し、シドが平和を目的にネオアースと宇宙の間を取り持つ何かの力になってくれればいいと漠然的に感じていた。
「それがな、私にも良く分からない。いつの間にかこのような組織となり、宇宙では怖がられている存在へと成長した。宇宙を守る治安部隊でもないし、かと いって、権力を盾に何かを利用しているわけでもない。正直、私はお飾り程度の艦長であると感じている。集まってきたものもまた、どこにも所属しないリベラ ルな生き方がしたいだけなのかもしれない」
 人々に恐れられているスペースウルフ艦隊の艦長が、このような事を吐露している姿は、とても信じられないものだった。
「しかし、私はネオアースのPOアイランドに行こうと思っている。彼女に会えば、何か答えが見つかるかもしれない。エイリー族もまた、ネオアースと宇宙が 混沌としてしまった責任を感じているところがある。いずれ、彼らはネオアースを出て行くつもりならば、その前に話し合ってみる必要がある」
「えっ、エイリー族がネオアースを出て行く?」
 マイキーが声を上げた。
「あれ、ネオアースを乗っ取ってたのに、さよならするってどういうことだ?」
 ジッロも、話が飲み込めず、混乱していた。
 クローバーは発言する許可を貰い、そしてエイリー族の立場として説明した。
 クレートは予め知っていたとはいえ、やはり何度聞いても、ネオアースのやり方には腹が立った。
「…… そしてキャムがエイリー族の下へ戻れば、彼らは速やかにネオアースを出て行くことになるのです」
「ちょっと待ってくれ。それってキャムも行ってしまうことなのか?」
 ジッロが言った。
「はい。キャムは人類とエイリー族との遺伝子を受け継ぐもの。彼らが一番欲しかった存在です」
 それを聞くや、シドはため息をついた。
 隠しておきたかったことだが、ここまで来た以上、口がついてしまう。
「そこが問題だった。私は純粋に彼女を愛していた。だが、エイリー族は実験として私と彼女を無理やりくっつけていたんだ。私が選ばれた理由は、彼らの適性 検査に合格し、私の能力が関係していた。私は時々不思議と感覚が研ぎ澄まされて勘がいいときがある。そこが、エイリー族のもつ部分と類似点があったと判断 された。まだ若かった私は、研究生として研究をしている側だったのに、知らずといつしかされてる側になっていた。今までそういう実験は行われていたらしい が、子供ができても育たないケースが殆どだったらしい。あの場合、培養液の中で科学的に人間を作ろうとしてたのが失敗の原因だと思うが、エイリー族は一人 の優れた遺伝子を持つ母体が女王となって、さらに様々な優れた遺伝子を組み込んで子孫を増やして行くクローンスタイルをとっているらしい。だから、人間の ように恋をして、愛を育み子供を作るという感覚がわからなかったんだ」
 その話は科学者ならではの秘話のようで、皆、圧倒されて聞いていた。
「そんなことも知らずに、私は彼女にあって、普通に恋に落ちた。彼女はとても美しかったからね。そして彼女も私に恋をしたと思いこんでいた。だがプロポー ズしたとき、きょとんとされて、人間と同じようにはなれないと断られてしまったよ。そこで色々と真実を知ったって事さ。恋をしていた私は、そのとき浮かれ ていて、周りのことなど何も見えてなかった。だが、全てが終わったとき、今まで見えなかった部分が見えて、全てに失望してしまった。何も係わりたくないと 拒絶して、私は宇宙に飛びだしたという訳だった。ネオアースを遠目に見つつ、彼女の事があるだけにエイリー族も憎むこともできず、かといって宇宙側の人間 とも付き合いたくもない。自分の力で自分の世界を作ればいいと思った。だが、ここまでのし上れたのも、私は彼女に見守られていたからできたのかもしれない と感じてしまう。エイリー族が絡めば、ネオアースはどんな要求も飲むからな。なんだかお笑い種になってきた」
 自分と同じ名前を持つ娘と出会ったことで、シドの心に変化が生じていた。
 隠したかった部分を恥ずかしげもなくさらすことで、自分がしてきた事はなんだったのかと見つめなおしている。
「あの方は今でもあなた様の事をお慕いしておられます。あの方があなたの愛を受け入れなかった理由は種族のために、次の世代を創ることにあったからです。 だから、あなたの愛の証としてどうしてもあなたとの子供を授かりたかった。そしてそれがキャムなのです。キャムは本来のエイリー族が子供を得る方法と全く 異なる過程で生まれました。そのためキャムだけは、エイリー族から離して育てたかった。それをカザキ博士が承諾して引き取り、宇宙の片隅でひっそりと育て られることになりました。そうしなければ、キャムの命を狙う輩がネオアースから出てくる可能性があったからです。ネオアースは今エイリー族が出て行かない ように必死になってます。キャムが戻ってくれば、エイリー族が出て行ってしまうことを知っているからです」
 部屋が急に静かになった。
 一人一人、何を考えているのか、どこに重点をおいているのか、絡み合った物語は、到底一言ではいい表せない複雑さで一杯だった。
「俺、もうこのままでいい。ネオアースなんて行きたくもない。キャム、俺たちのコロニーで一緒に暮らそう。そうすれば、いつまでも一緒にいられるじゃないか」
「そうそう、ジッロの言う通り、キャムが居なくなるなんて耐えられないよ。もうこのままでいいよ。それが一番何も起こらずに丸く収まるんじゃないの」
 マイキーも付け加えた。
「なんだか、君たちは、かなりキャムを気に入ってくれてるんだな」
「はい、お義父さん」
 二人はハモっていた。
「えっ、お義父さん?」
 シドは混乱する。
「俺たち、キャムに惚れてます。男同志でも関係ないくらいに」
「だから三人でつきあってるんです」
「おい、ジッロ、マイキー、シド艦長の前だぞ、慎め」
 クレートが注意した。
「そっか、そういうことか。キャム、お前も罪な奴だな。だが『男』でもいいといってくれるほど好かれるのはいいことじゃないか」
 シドはジッロとマイキーの倒錯した愛が本当は通常だと教えてやりたかったが、キャムが男のフリをしている以上黙っているしかなかった。
 ジッロとマイキーはシドに好意的に思われていると勘違いして喜んでいた。
「さすがシド艦長。話がわかるって噂は本当だったんだ」
 ジッロがマイキーと顔を見合わせて感心していた。
「ジッロ、マイキー、気持ちは嬉しいですが、僕はやっぱりネオアースに行って母と話をしたいのです。カジノに行ったとき、僕は偶然誰かのの声を聞きまし た。多分それは母だったと思います。何か心を繋げるものがあって僕を呼んだんだと思います。母も僕を待っています。そして、僕はネオアースや宇宙がこのま までいいとは思いません。沢山の理不尽なことを見て、僕はもう我慢ができません。強いものだけが好き放題できる世の中は間違っています。エイリー族が来た せいでこんな風になったのなら、僕は責任を取りたい。その事を母に伝えないと」
「よし、私はやっと目標が見つけられたよ。このスペースウルフ艦隊の艦長として、やるべき事が今わかった。この宇宙を正す。そして横暴なネオアース軍を潰す」
「お父さん!」
 キャムは席から立ち上がり、シドに抱きついた。
 微笑ましい光景の中で、クレートは難色を示していた。
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