第二章


「大変だ!」
 マイキーが特別保管倉庫に入ったとたん、素っ頓狂な声を上げて慌てた。
 皆、一斉に倉庫の中を覗きこめば、カプセルの蓋がすでに開いて、中は空っぽの状態だった。
「そんな馬鹿な」
 ジッロも走りよりカプセルを覗き込む。
「一体どこへ消えちゃったのよ」
 マイキーは倉庫の中を見渡すが、元から何も置いてないだけに、隠れる場所などない。
 顎が外れそうになるくらい大きな口を開けて、ジッロと目を合わしていた。
「でもおかしいじゃないか。自動で目が覚めるようになってたのは一年後だろ。誰かが昨晩のうちにセットを解除しなければこんなことには……」
 ジッロがそういいかけたとき、はっとしてアクアロイドを疑わしき目で一瞥した。
「また、私に疑いですか」
「それしか考えられないじゃないか。だってこのカプセルの機種を知ってるし、操作方法だってわかってるだろ。そしたらお前しかこんなことできる奴はいない!」
「そうだそうだ、ジッロの言う通りだ」
「でもなんの目的があって、私がそんなことを」
 アクアロイドも抵抗する。
 ジッロもマイキーもその意図に関してはよく分からないと、言葉に詰まっていた。
「とにかくだ。この船内にいることは確かだ、探すしかない」
 ジッロがマイキーと目で確認を取り合った直後に、クレートが倉庫にやってきた。
「どうした。騒がしいが、少年に何かあったのか」
「あったもなにも、いなくなったんだよ。ほら」
 マイキーが空のカプセルを指差すも、クレートは慌てることはなかった。
 カプセルに近づき、コントロールスイッチやその他ぐるりと全体を見回しては原因が分かったと納得した表情になった。
「どうやら、これはカプセルの一部分が損傷して充満していた睡眠導入ガスがなくなり、外気が入り込んで自然に目が覚めたみたいだ。これは中から解除したのだろう」
「それってこのカプセルが壊れていたってことなの? 持ち運ぶときにどこかぶつけちゃったりしたの? そしたらやっぱり俺たちの責任になってこと? ちょっと、ジッロ」
 なんだかやばいと言いたげにジッロの肩を叩く。
「えっ、それって、やっぱりそうなるのか……」
 二人は簡単にアクアロイドを疑った事を後ろめたく思いながら、そっとアクアロイドにシンクロナイズで視線を移した。
 アクアロイドは何も言わず、ただじっとしてその場に立ってるだけだった。
「今は事が起こった原因よりも、少年を探すことの方が先だ」
 クレートは全ての事をお見通しのように、すぐさま小型運搬機がある倉庫へと走った。
 そう判断したのも、もしこの船から逃げるとしたら、それを使ってしか宇宙には出られないからだった。
 ジッロもマイキーも同じ事を思って、クレートの後を続いた。
 アクアロイドも皆の後をついていく。
 船の胴体下に位置する貨物倉庫は、荷物をまとめる網やパレット、余分な木箱や保護するブランケットといったものが置かれている。
 かくれんぼをするにはとても適しているような場所だった。
 幸い仕事を済ました後だったので、配達するものが何もなく広々としていた。
 後部のハッチ付近には小型運搬機の宇宙船の姿があり、何も動かされた形跡がないことに、とりあえずはほっとした。
「どうやらまだこの船にいるのは間違いないみたいだ」
 クレートは辺りを見回し、突然大きな声で話し出した。
「君は多分、今この倉庫のどこかに隠れて私達を見ているはずだ。本当ならこの小型機を使ってここから脱出を計ろうとしたことだろう。だがそれをしなかった。私にはその理由がわかる」
「おい、クレート、一体どうしたんだい。急に演説なんかして」
 ジッロに問いかけられるも、クレートは詳しいことは何も説明しなかった。
 ジッロはわけが分からず、その相槌を求めようとマイキーに視線を向けた。
 マイキーも横に大きく首を振り、大人しく黙ってみているしかないと言いたげだった。
 静けさの中、何かが息を潜ましている緊張感がそこにはあるように感じられる。
 不安と困惑が入り混じり、まだどうしていいのか分からない様子でじっと成り行きを見ている気配がしていた。
 クレートは奥の薄暗い場所で積み上げられていた箱や、無造作に置かれていた網の塊などをゆっくりと見回す。
 落ち着いた態度の裏にはおおよその真相を知っているという確信が現れていた。
 自分がなぜ朝起きられなかったのか。
 なぜ頭痛がしていたのか。
 それも大いにこのことに関係している。
 その理由を知るものがもう一人いると言わんばかりに、クレートはアクアロイドに一時ちらっと視線を向けた。
 アクアロイドは相変わらずポーカーフェイスで何も反応がなく、どこまでも知らぬと主張している様子だった。
 クレートも、それ以上は確かめる事はせず、この場は見てみぬフリを決め込んだ。
 とにかく少年と向き合わなければならない。
 いずれ通る道で覚悟のことだったが、この船を出て行くチャンスがあったというのに少年がこの時、ここに居るということは却って話しやすくなったような気がした。
 少年は小型機を使えば、いつでもここを出て行けたのに、それをしなかった理由をクレートは知っていた。
「私は、クレートという。この船のキャプテンだ。君には何も危害は加えない事を約束する。もちろんここにいる全員がそうだ。私達はこの宇宙でデリバリーを 生業としているものだ。宇宙海賊や悪者から荷物を守って、安全に確実に配達するのが仕事だ。一般のコロニー出身者だ。君のカプセルを運んできたのも、偶然 の出来事にすぎない。私達が運ばなければ、君はカプセルごとコロニーの爆発に巻き込まれて木っ端微塵だったかもしれない。君が住んでいたコロニーは何者か の攻撃を受け、そして破壊された。その直前に私達がそこに居合わせたということだ。私は君の白い犬に案内されて君を見つけたんだ」
 ここまで言ったとき、透明な声が倉庫の中で突然響いた。
「シロ、シロはどこ?」
 その声に一同は息を飲み込んでいた。
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