第二章


「どうした、何か思い出したのか?」
 クレートはキャムの表情の変化を見逃さなかった。
「あっ、いえ、その、このコードにクローバーって入ってるから、なんか縁があるなって思いまして」
 キャムは確かに何かのとっかかりを嗅ぎ取っていた。
 『CL-OVER-4C』
 文字を繋げればクローバーと読める。
 キャムはアクアロイドに再び優しく微笑んだ。
「あなたはクローバーという名前ですね」
「えっ、クローバー? まあ、そうとも読めますけど」
「そうお呼びするのはダメですか?」
「いいえ、別にそういうことはないですが……」
「だったら決まりです」
 キャムはアクアロイドの名前を勝手につけ、もう友達のような扱いをしている。
 そうする事がとても自然なことだと妙な確信があった。
 アクアロイドもまんざらではないのか、何度も「クローバー」と名前をつぶやいていた。
「おいおい、名前をつけて貰ったからといって、お前は完全に許された訳じゃないんだぞ」
 ジッロが突っ込む。
「それくらい分かってます。全ては私の責任です。だったら私はキャムに全てを償います」
 キャムに向きなおり、クローバーは宣言する。
「私はキャムを自分の主人とみなし、これからずっとお世話させて頂きます」
 キャムはきょとんとしていたが、とりあえずはその誠意に対してにこやかに笑っていた。 
「えっ、ちょっと待ってよ。俺たちの世話はどうすんのよ。昨日言ったじゃん。世話してくれるって」
 マイキーは納得いかないと意義を申し立てた。
「はい、それも適当にさせて頂きます」
「えっ、適当って、そりゃないでしょう」
「キャムのことが優先事項ですから」
 クローバーは固く決心して一歩も譲らなかった。
「僕のことは気にしないで、クローバー。僕は適当なところでこの船から降ろして貰いますから」
「だったら、私もお供します!」
 これにはジッロとマイキーよりも、いち早くクレートが反応した。
「クローバー!」
 早速キャムがつけた名前を呼ぶが、その声はどこかわざとらしさがあった。
「君は記憶が戻るまではこの船に居てもらう。君を助けたのは私達という事を忘れてもらっては困る。私達にも恩はあるはずだ」
 クローバーは振り返り、心の中で何かを考えるようにじっとクレートを見ていた。
「はい確かにそうですが、でも……」
 珍しくハギレの悪い回答だった。
 クレートはクローバーのいい訳じみた態度を完全に無視して、話をさっと切り替えた。
「それから、キャム。みたところ、君はまだ未成年だし、保護者もそのカザキ博士がなくなられては、誰も居ないのではないかね」
 キャムはコクリと首を縦に振った。
「それじゃ、君が成人するまでは私が保護者となろう。それまでこの船にいるといい」
「でも、それじゃ、ご迷惑では」
「どこか行くあてでもあるのかい?」
「あっ、いいえ、今の僕では難しいと思います」
「難しい? どこか行くつもりなのかい?」
「はい、僕はネオアースに行くつもりです」
 一同はこの言葉に非常に反応した。
 息を合わせたように「ネオアース」とそれぞれの声が重なった。
「どうしてネオアースに?」
「それは博士が行けと、息を引き取る前、僕に残した言葉だからです。でも僕はまだネオアースへ行くだけのお金もなく、方法もわかりません。だから大人になって働いてお金が貯まればいつかはそこへ行こうと思ってるからです」
「あのさ、がっかりさせるようで悪いけどさ、お金がいくらあってもネオアースへは行けないぜ」
 ジッロが冷めた声で言った。
 それはマイキーも口にはしないがすぐに思ったことだった。
「どうしてですか?」
「それはネオアースが俺たちみたいな地球外で育った人間を敬遠してるからさ。俺たちはネオアースに嫌われてるのさ」
「そうそう、夢壊してごめんね。ジッロの言う通りなんだ」
 マイキーは慰めるためにフォローした。
「だけど、カザキ博士はPOアイランドの研究部、元最高責任者でした」
「えーっ!」
「うそっ」
 ジッロとマイキーが驚いている中、クレートは冷静に言葉を発した。
「だから、君はコネがあるといいたいのかね」
「コネ? いえ、その、僕はただ、博士が最後に言った言葉だったから言うことをきこうと思っただけです。それに僕は今何も持っていません。コネとか言う前に、博士が引き取ってくれたという証拠もなくどうやってそれを証明できるというのでしょう」
「そうだな。なんだか意地悪な聞き方をしてすまなかった。私達も行きたい場所だから、過敏に反応してしまった」
「そうだったんですか。じゃあ、だったら皆でネオアースに行きましょう。それまで僕をここで働かせてもらえますか?」
 キャムの笑顔は無垢で心が洗われるくらいの純粋さが眩しい。
 キャムがそう言えば簡単に行けそうな気までしてくる。
 何も世間を知らない汚れたところが全くない、真っ白で、そしてとても壊れやすい繊細さに溢れ、皆その笑顔に釘付けになっていた。
 だが、すれたところがないだけに、この先苦労していくことが安易に想像できて、哀れむような気持ちにもなる。
 誰もが守ってあげたいと思わせるか弱さを感じていた。
「わかった。キャムがそう決めたのなら話はそれで決まりだ。私達にも異存はない。それでいいかね、クローバー」
 名前の部分だけ強くゆっくりと言った。
「私が決める事ではありませんから。もちろん異論はありません」
 クレートの眼差しは鋭く、なぜかクローバーに対して厳しさが向けられていた。
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