第三章
4
ひんやりとして物悲しい貨物室は愛想が全くないように、ただコンテナが静かに並んでいる。
中には何が入っているのか全くわからないまま、目的地に届くまで眠っているように見えた。
クレートは特殊な四角いパネルのような装置を持ち、それをコンテナに掲げる。
ピキピキと割れたような音を出しながら、モニター部分にはシルエットが映し出されていた。
「一部分ずつしか見る事ができないが、爆発物のような機械的な部分は見受けられない。ウィゾーが言うには紙資源らしい。届け先でそれをまた精製して商品を作るとか言っていた」
クレートは妥協することなく、全ての積荷を丁寧に見回った。
一つずつ黙って調べているクレートの姿は真面目すぎて、それが却って自分の勘違いかもという気にさせられ、次第にキャムは申し訳なく体が縮こまって行く。
「あの、僕の思い違いかもしれません。すみません」
震え声が静かな倉庫だと一層寂しく響き、キャムの目がそれに反応するように潤っていた。
それ以上湧き出てこないためにも必死で歯を食いしばり、涙を食い止めようとしている。
すでに自分の失敗を悔やんで半泣きではあったが、クレートはそれに気づいてないフリをする。
少し口元をあげ、優しい眼差しをキャムに向けた。
「気にする事はない。少しの違和感を感じたら納得するまで確認する方が正しい行動だ。それで問題がないとわかればいいだけさ。あまり無理をするんじゃない。多少のことは私も目を瞑るし、それは理解しているつもりだ。安心しろ」
クレートの片手がキャムの肩に軽く置かれた。
キャムはクレートを見上げ、その時の優しい笑顔にドキッとしてしまった。
「は、はい」
返事をするだけで精一杯だった。
だが、とても心が軽くなりキャムの瞳はクレートを映して、潤ってるせいもあるが、キラキラと輝いていた。
その瞳は蜂蜜のような柔らかい飴色に、緑が混じるオパールを想起してはクレートは美しいと素直に感じていた。
どこまでも純粋ですれてない稀有な存在感がある。
キャムは透き通る色白から連想する妖精のような神秘的さを備え、また無垢であどけない。
見つめていると変な気になりそうで、クレートはコホンと喉を鳴らして自分を牽制していた。
「先に、持ち場に戻れ。私はもう少し分析してみる」
「ラジャ」
張り切った透明感のあるキャムの声がクレートの耳に心地よかった。
キャムはすっかり元気を取り戻して毬のように撥ねて去っていった。
「あの子には、なんだか、振り回されそうで困ってしまうところがある」
意外な自分らしくない部分に気がついて、クレートは苦笑いになっていた。
キャムが操縦室に戻れば、クローバーがすぐに近寄ってきて様子を探り出した。
「何があったんですか」
「ううん、なんでもなかった。僕の思い違い」
「キャムはまだ仕事に慣れてないからな。でも、そうやって疑問を持ちかけて追求する姿勢は大したもんだぜ」
ジッロはニヤリとして褒めていた。
「あら、ジッロが褒めるなんて、珍しい。普段は憎まれ口叩いて虐めるタイプなのに」
「それはマイキーもだろうが。喋り方は柔らかいけど、いうこときついくせに。それにな、キャムは俺の子分だから俺が育ててやるんだ。立派な宇宙の男にして、俺の次にいい腕のスナイパーに仕込んでやるよ。これで俺も宇宙の旅が楽しくなるってもんさ」
「おい、それって暇つぶしってことなのか? だったら俺もキャムにメカニックと操縦を教えてやる。このマイキーの片腕となれるくらいの技術を伝授しちゃうよ」
二人は意味もなく張り合ってしまったが、実際は弟の面倒をみるという兄貴心が芽生えたところもあった。
保護者だったカザキ博士や大切にしていた犬との別れ、そして住んでいたコロニーも破壊されてしまい、どこかで労わってやりたいという優しさが自然と現れた結果だった。
さらに、単調になりがちな宇宙の生活。
なかなか思うように事が運ばない苛立ちを沈めるには、キャムの存在が二人にはいい刺激でもあった。
それが遣り甲斐に似た希望へとつながり、暗い宇宙の中で楽しさを見出していた。
「あのー、とにかく宜しくお願いします」
そんな二人の背景を知る由はなかったが、例えそれが暇つぶしであっても、面子をかけた意地であっても、二人から何かを教えてもらえるということは、ワクワクしてくるといわんばかりに、キャムは素直にその申し入れを受け入れ、満面の笑顔で自ら懇願していた。
三人が笑顔で楽しんでいるところを見ると、クローバーは何も口出しできなかった。
後でそっとキャムを見守っていた。
その時レーダーに何かが反応して警告音がなり、クローバーはすぐに対応した。
キャムも自分の持ち場なだけに、機敏に動いて、モニターをチェックする。
「右前方に、大きな船がこちらに向かってきてます」
クローバーが慌しく操作ボタンを叩き、船の識別を確認している。
コンピューターには慣れたもので、乗り合わせて間もないのにすっかりとその手順を心得ていた。
キャムは尊敬の眼差しでそれをじっとみては、自分もクローバーの操作を覚えようとしていた。
「敵か?」
ジッロに緊張感が走った。
マイキーも進路を変え、操縦桿を力強く動かし、逃げる体制をとった。
「えーっとこれは、この船のデーターからすると、スペースウルフ艦隊という結果がでました」
「スペースウルフ艦隊!」
ジッロとマイキーは声を合わせて叫んだ。
「な、なんなんですか、その艦隊って?」
キャムの質問に答える暇もなく、ジッロは艦内放送でクレートを呼び出す。
マイキーも慌しく、クローバーに、接触する距離の範囲や時間を計算しろと注文をしていた。
深刻な表情でバタバタと動いている二人の様子から、ただならぬ雰囲気を感じ、キャムはどうしていいか分からず体が固まって動けなかった。
ドアが開く音が聞こえ、駆け込んできた足音でクレートも一大事としている様子が伝わってきた。
「マイキー、進路は特に変える必要はない。そのまますれ違うだけでいい。ジッロ、もし敵意を向けられても絶対に反抗するな。こちらが何もしなければ向こう
は無駄な攻撃は絶対に与えてこない。ここはすれ違ったというだけで済ませるんだ。何も怖がることはない。我々は無害だということを知っているはずだ」
「ラジャ」
張り詰めた空気の中、息を潜めて何事もなくすれ違うように願う。
キャムは事情を知らないことで、説明を求めたかったが、クレートまでもが体に緊張を走らせて強張っている。
とにかく黙って全てが上手く行く事を祈るしかできなかった。
レーダーの捉えたマークがどんどん自分達に向かって近づいてきている。
そうしているうちに前方右方向から、黒い塊が肉眼でも見えてきた。
それはどんどん近づくと、大きさもムクムクと膨れて行くように膨張してみえた。
自分達が乗っている船など玩具のような存在に感じるほど、巨大な都市をくっ付けたような要塞が動いている。
キャムは力の大きさの違いをはっきりと見たような気持ちになっていた。
誰もが、このままやり過ごせると信じていたときだった。
クローバーが、穏やかに声を出した。
「クレート、スペースウルフ艦隊から信号が届いていますが、どうしましょうか」
皆、突然のことに息を飲んだ。