第四章


「惚れ惚れするくらいのかっこいい美人だね」
 ピシッと決まったダンスのパフォーマンスに妖艶な色気も備わってマイキーは芸術を見るような目でつぶやいた。
「歌も上手いですね。あれは誰なんでしょう」
 曲が始まったとたん不思議な感覚に陥っただけに、キャムも気になっていた。
 ジッロは偶然側を通りかかった人に声を掛け、詳しい情報を教えてもらい、それを二人に伝えた。
「なんでも、月で売れてる歌手らしい。今ここにツアーで来てるんだとか。アイシャとか言うらしいぜ」
 月はスペースコロニーと違って、一部のネオアース出身の人間が実際に住んで直接支配する衛星だった。
 宇宙開発が始まった頃、一番最初に開発され宇宙が発展して行く全ての基本となっただけに、宇宙の人類の拠点として地球の周りでは一番栄えている。
 ネオアースに最も近いステーションとも言われ、宇宙に住んでるものがネオアースに行くには、まず月で許可を取ってから、そこを通って降り立つのが義務付けられている。
 ネオアースと一番の繋がりがある場所であり、唯一ネオアースの人間も月にだけは宇宙旅行を計画するくらいだった。
 そのため、高級リゾート化され、金持ちが自然に集まってくる場所である。
 宇宙で生活する人間にとって、月は金持ちの場所、すなわち身分が高いと位置づけられるため、憧れの場所であり、ネオアースへ気軽に行けないものがここでチャンスを掴もうと集まってくる。
 ここからネオアースへ移り住むのを狙っていたりする輩も多い。
 だが月に住めたとしても、余程のコネと金がなければネオアース行きは不可能なため、大概のものは安い賃金でこき使われるような仕事で生計を立てるしかなかった。
 それでも月にいる限り、チャンスを掴みたいと皆希望をもっていた。
 何もないところから、何かを掴むためには自分の才能が試されるときでもある。
 誰よりも優れた才能や実績が認められれば、ネオアース行きも可能になってくるのだった。
 歌手もその一つの才能が認められた賜物だった。
 アイシャは月の歌姫と言われて、ネオアースにもその歌声が届いていた。
「歌は上手いとは思うが、俺たちには全く関係のない世界だぜ。なんだかここでも自分達の置かれている境遇の違いを感じてしまう。ネオアースにいいように操られて、俺は段々腹が立ってきちまったぜ」
 半分、自虐のように呆れ、もう半分、不公平な憤りを感じ、ジッロの表情は複雑に陰りを見せながら、最後は口元を少し上げていた。
 その気持ちを汲むように、キャムは笑顔を見せた。
「ジッロ、今日はとにかく嫌なことは置いといて、思いっきり楽しみましょう」
 ジッロは素直にキャムの気遣いを受け入れるも、照れくさい気持ちが先立って、はにかんで笑ってしまう。
「おいおい、お前に励まされるほど俺はまだ落ちぶれてないぜ。こいつ、ちょっと生意気な」
 自分の気持ちを誤魔化すように憎まれ口を叩きつつも、キャムのあどけない部分はかわいいと素直に思えた。
 照れくささと可愛さから、ついキャムのほっぺを軽くつまんで、遊んでしまう。
「お前、すべすべした肌に柔らかいほっぺただな」
「あん、やだー、痛ーい」
 少し感じた痛さから、つい素で女になって返事していた。
 ジッロは一瞬たじろいだ。
「おいおい、ぶりっ子ぶるんじゃねぇよ。なんかお前もクローバーに感化されてきたみたいだな」
 キャムもまたハッとしては、笑って誤魔化していた。
「ねぇねぇ、早くあんな美人ちゃんに会いに行こうよ」
 横でうずうずしていたマイキーが我慢できずに訴える。
 キャムは、言ってる意味が分からずキョトンとしていると、ジッロがマイキーの頭をこついていた。
「マイキー、落ち着け。それよりも、まずはカジノだぜ。折角クレートが許可をしてくれたんだ。少し遊ばないと。な、キャム」
 同意を求められても、ジッロみたいに本気で遊びたい気持ちではなかった。
 カジノへ行こうとジッロが言ったとき、何かが閃いて、胸に響く不思議な感情が芽生えたものの、それはキャムも説明できない感情だった。
 ただそこへ行けばいい事があるようなそんな予感がしたが、結局適当に返事しただけで、またその勘が外れたらどうしようという気持ちもあった。
「それじゃ、いざ出陣」
 ジッロはマイキーを強引に引っ張っていく。
 キャムはその後をついていった。
 もう一度後を振り返り、体全体で感じたそわそわする気持ちを確かめるも、アイシャの歌声がまだ街の中で美しく響いているだけだった。
 しかしその不確定な感情はどんどん強まり確定になりつつあった。
inserted by FC2 system