第六章


「さてと、これからどこへ行く? なんか予定があんのか、クレート」
 マイキーは後を振り向いた。
「次の仕事はまだ入ってきてはいない。ウィゾーにスタンバイしているとはサインを送ってみたが、連絡が入らないところを見ると、向こうも紹介できるものがないらしい」
「でも、当分は仕事しなくても大丈夫なんだろ」
 ジッロが言った。
「余裕があるほどでもないが、次の仕事が入るまでの凌ぎはある」
 お金は稼いだとはいえ、仕事の内容を振り返ればどちらも禍根を残すことを懸念し、クレートは気にしてキャムを一瞥していた。
 キャムは目の前のレーダーを見て、異常がない事を注意深く確認していた。
 避けられているようなそんな雰囲気が漂う。
 キャムがショックを受けていた真の理由を知らなかったとはいえ、その気持ちを汲んでやる事ができず、当たり前のように仕事だとすぐに割り切ってしまったことで深く傷つけた部分を悔やんでいた。
 しかしキャプテンという立場である以上、これ以上どうすることもできず、次に進むしかなかった。
 感情を押し殺すことになれてしまうと、非情さが知らずと自分を包んでしまい、冷酷さを引き出してしまう。
 自分には課せられた使命がある。
 それがキャプテンとしての振る舞いであるとクレート自身割り切るしかなかった。
 だが、キャムが誘拐されたあの時は、我を忘れて怒りに任せてしまった事を考えると、どこか矛盾していると自分でも感じてしまう。
 結局はまだ未熟な自分の精神が問題だと結論つけた。
 21歳のまだ若者という年齢だが、宇宙で暮らすものにはストレスを感じやすく、また自立を強制させられるので地球で育つ若者よりはかなり年を取った感覚がある。
 実際、クレートはしっかりとしているために実年齢以上の風格があった。
 ジッロとマイキーが年下ということもあり、余計に大人ぶってしまう影響もあるが、無理に大人にならなくても、時にはジッロやマイキーのように自然に自分を表現できたらもっと楽になるのだろう。
 そうすればキャムともこんなギクシャクすることにはならないはずだった。
 それができないだけに、クレートは自分の性格が真面目すぎて面白みに欠けると自虐していた。

 その一方でキャムはクレートに迷惑かけ通しなことを自覚していた。
 いつも気遣ってくれているのに、自分がショックを受けたことで、クレートの事を考える余裕がなかった。
 生意気な態度を取ってしまった事を後悔し、そのせいでクレートに会わせる顔がないと思ってしまう。
 前日、自分を助けるために、必死になって戦って守り抜いてくれたクレート。
 誘拐されたとき、一番にクレートに助けを求め、そのときにどれだけクレートの事が好きでたまらないか自分の気持ちに気づいたのに、素直にその部分をさらけ出せずに、却って溜め込んで困惑してしまう。
 好きだからこそ、クレートに対して自分は敏感になりやすく意識しすぎてぎこちなくなってしまう。
 そんな恥ずかしい部分を鋭いクレートなら疾うに気がついてると思うからこそ、余計に一歩引いて逃げてしまいがちになる。
 自分で自分の首を絞めるような気持ちだった。
 一言「さっきはごめんなさい」と言えたらどんなにすっきりするだろう。
 きっとクレートも「別に気にする事はない」という答えを返してくると判っていると言うのに、キャムのクレートに対する思いが深まれば深まるほど顔がまともに見れなくなっていった。
 そして何よりも、自分が男としてここにいる以上、クレートを思う気持ちと、男として振舞う気持ちの狭間でキャムは混乱していた。

 そのとき、機械音がピピピと鳴り響き、クローバーがすぐに対応した。
「クレート、救助信号が出ています。如何いたしましょう」
「念のため内容を傍受してくれ」
 緊張感が走った。
 スピーカーからノイズ交じりの声が流れてくる。
「こちら、css456……海賊……追われて……助け……、 繰り返す、こちら……海賊に追われ……助けて欲しい」
「どうやら、海賊に追われてるらしいぜ。俺たちと同じ輸送船だろうな。どうする、クレート」
 ジッロの手が何度も開いたり閉じたりして攻撃ボタンを押す準備運動をしている。
「クローバー、通信を送り、敵の様子を聞き出せ。キャム、レーダーで船の位置と距離を確認しろ」
「ラジャ」
 命令されて目が覚めるようにキャムの緊張がぴんと突っ張る。
「ジッロ、海賊に遭遇しても攻撃は控えろ」
「しかしだぜ、そしたらどうやって海賊に立ち向かうんだ」
「この船では自分の守りをするだけで精一杯だ。よその船のために戦える程の戦闘能力はない。ここは戦わずに襲われている者の生命を助けることに専念する。マイキー、腕の見せ所だ。標的にならないように、不規則に動き回れ」
「ラジャ。だけど、それも敵さんの船の能力次第だ。あちらに腕のいいのがいたら、俺の動きにも限界がある」
「大丈夫、マイキーの腕ほどの奴は中々いないさ」
「クレート、連絡が取れました。映像も送られてきました」
 クローバーはすぐさまそれをスクリーンに映し出した。
「おい、この船なんか見たことあるぞ。こいつらキャムのコロニーを襲ったやつらじゃないのか」
 ジッロが顔を歪めていた。
 キャムもまた驚きの表情でその船を見ていた。
「キャム、位置と場所は計算できたのか」
 クレートから指摘されて、キャムは慌ててしまった。
「はい、すみません。ここから三時の方向、距離は約30km内の地点と出ました」
「マイキー、覚悟はいいか」
「ああ、もちろんさ。退屈よりかはスリリングがあった方がいいにきまってるじゃないか。皆しっかりつかまってろよ。いくぜ」
 マイキーの目の輝きが一段と増していた。
 荷物をただ運んで届けるより、自分の腕を試せる機会がある方がやる気が出るというもんだった。
 しかし、ジッロは攻撃ができないとあって、どうすべきなのか考え込んでしまう。
「クレート、一体どうやって海賊を蹴散らすつもりだ」
「一か八かの賭けになるかもしれないが、小型輸送船で私が近づいて爆弾を仕掛けて船の速度を落とさせる」
「ちょっと待ってくれ、それって非常に危険じゃないか。クレートにもしもの事があったらどうすんだよ」
 ジッロの指摘に、キャムがはっとして振り返った。
「大丈夫だ。マイキーのアクロバット的な動きで敵は必ずそっちに集中する。またもしもの時、ジッロが私を援護してくれるだろ。それだけで敵の盲点をつけるさ。この船であの規模の船に立ち向かうにはそれしか方法がない」
「それじゃ、その役は俺がするぜ」
「だめだ、ジッロにはいざというときのために戦闘配置についていてもらわねば意味がない」
 誰もが不安になっていた。
 キャムは喉元が渇き、息苦しくなってしまう。
 クレートが危ない目に遭うことなど断然賛成できなかった。
 胸騒ぎがする。
 いつもと違う感情がキャムの体の中で響いていた。
 ──ダメ!
 その言葉を叫びたいのに声が出ない。
 そして前方に攻撃を受け、ダメージを受けて煙が上がっている船の姿が現れると一気に体が強張ってくる
 その後には容赦なく白い閃光がいくつも連なって攻撃をしている海賊船が恐怖心を益々植えつけた。
 クレートは立ち上がり、スタンバイに入った。
「おい、クレート、ほんとに正気なのか。やばいぜ」
「ジッロ、大丈夫だ」
「クレート、危ないと思ったら必ず中止しだからな。いつもの調子でのめり込んで責任果たそうとするなよ」
「わかったよ、マイキー。後は頼むぞ」
 キャムは喉元まで声がでそうになってるのに、何も言えない。
 ただ不安に怯えた瞳でクレートを見つめる。
「キャム、そう心配するな。ジッロやマイキーがこの船を守ってるからこそできることなんだ」
 口元に笑みを添えていた。
「海賊船が、こちらの船に気がついたようです」
 クローバーの声で戦火の火花が散ったような気分だった。
「皆、それぞれのできる事をしてくれ。すぐ戻ってくる」
「ラジャ」
 一応返事はしたものの、走り去って行くクレートの背中越しに不安をみていた。
 キャムは祈る気持ちで、見送っていた。
inserted by FC2 system