第七章
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このコロニーでも一日の終わりが近づくと日が暮れてくる仕掛けになっていた。
宇宙で規則正しく生活するためには、時間の移り変わりによる光の調整が必要だった。
ただ、コロニー内ではいつも一定の温度に包まれ、晴ればかりが続く。
雨や雪は絶対に味わうことができなかった。
全てが管理されて、生命を維持するための工夫がなされる。
人々は助け合って生活するため、小さいコロニーであればあるほど親密になってくる。
このコロニーでも夜が近づくと人々が広場に集まってきていた。
仄かな明かりに照らされて、そこは野外レストランのように賑わいを見せていた。
楽器を手にして音楽を奏でているものが居る。
その音色に誘われるようにクレート達がそこを通りかかると、皆気さくに一緒に飲めや歌えと声を掛けてきた。
力仕事をしているような逞しい男達が飲み物を片手に騒いでる側で、安らぎを与えようと着飾った女性たちが料理を運んだり踊ったりとしていた。
「なんだか楽しそうなところだね」
マイキーもノリで体を動かしてリズムを取っていた。
「あんたら、仕事できたんかね」
年老いた男が笑って声を掛けてくる。
抜けた歯が目立っていた。
「ここは何にもないけど、いいところだぞ。皆自由だからな。ほらあんたらも飲め。わしのおごりじゃ」
老人が手を叩くと、少しふくよかな女性が飲み物のジョッキを抱えて持ってきた。
「僕はいいですから」
キャムは遠慮するも、無理やりジョッキを押し付けられると、受け取らざるを得なかった。
クレートは厚意を受け入れて、老人と語りながら飲み始めていた。
ジッロとマイキーも抵抗することなく飲んでいる。
キャムはどうしたものかと思いながらも、覚悟を決めてぐっと一口飲んでみた。
思った通りのお酒だったので、慣れない味に戸惑ったが、クレートを見れば、普通に飲んでいるし、ジッロとマイキーも感想を言い合いながら何度も口に運んでいた。
もてなされた礼儀もあるし、また男はこういう味が好きなのだろうかと、ここは我慢してチビチビと飲むことにした。
ジッロとマイキーの周りに、女性が集まってきだした。
二人は歓迎してくれている手前から適当に付き合っている様子だったが、まんざら悪い気はしてなさそうだった。
クレートの方も老人にロックオンされて自由を奪われているようだった。
物知りなクレートだからこそ、年老いた人との話が合うのかもしれない。
皆それぞれ楽しんでいるのならと、邪魔をしてはいけない遠慮を感じ、キャムは少し離れた皆の後で、仄かに照らされた人々の集まりを酒の肴にしてチビチビ飲んで時間を潰していた。
慣れてくると飲めないこともない。
何もする事がなかったので、少しずつでも、ジョッキの中のお酒は減っていっていた。
そのとき、突然大きな影が目の前を暗くし、誰かが前に立っていることに気がついた。
顔を上げれば、人懐っこい笑顔がそこにあった。
「君とは道端で会ったね」
「あっ、あの時のお兄さん」
「お兄さんか…… 私はアレクだ。君は?」
「僕はキャムです」
「中々かわいいね。ここへはどうして来たんだい?」
アレクは一度会って面識がある分、親しげに話しをされると、キャムは簡単に気を許していた。
自分の仕事と仲間の事を説明している間、アレクは相槌を打ちながらニコニコとしてくるので、キャムはすっかり安心してしまった。
「まだ若いのに、宇宙に出て働いてるって偉いね」
褒められると悪い気はしないが、まだ働いて間もないだけにどこか恥ずかしくなってくる。
キャムは無意識に飲み物を口に運んで、飲むことで照れくさい気持ちを誤魔化していた。
「君の仲間は早くもターゲットにされてるみたいだね」
「えっ、ターゲット?」
「ここは恋愛が自由なコロニーなんだ。お互い助け合って生きていかなければならない分、愛し合う部分も自由に表現していい事になっている。ここに集まってお酒を飲むと言うことは、今夜はその相手を探しているっていう意味なのさ」
「はい?」
キャムの声が裏返っていた。
「君はやっぱりそういうこと知らなかったみたいだね。気をつけた方がいいよ。だってここでは性別なんて関係ないから」
「えっ?」
キャムはなんだか頭がぼーっとしていた。
手元のジョッキの飲み物も半分すでになくなっていることに気がついた。
「ほら、あそこを見てごらん。カップルが成立したみたいだ」
アレクの指差す方向を見れば、男同士が肩を組み合って近くの建物の中に入っていった。
「あれがそうなんですか?」
「そうだよ。別に不思議なことはない。男だって男を好きになる。反対に女だって女を好きになる。そして大人であれば年齢の違いだってそう大して問題ではないしね」
ふと振り返るとクレートが老人とどこかへ歩いて行くのが目に入った。
「うそぉ!」
「あれは君の仲間かい? 早速なんか楽しんでいるみたいだね。まさかあの長老を選ぶとは中々のマニアだね」
「えっ? えっ? えっ?」
キャムは何がなんだか分からなくなってしまった。
目だけが力一杯大きく見開いている。
そのままずっとクレートの方をみて気を取られてしまった。
「ところで、実は私も君を誘ってんだけどね。君みたいな可愛い男の子は見た事がないよ。是非とも今夜は私のパートナーになってもらえると嬉しいんだけど」
そんな気が動転しているときにまさかこんな話がされてるとは思わず、キャムの耳には何一つ入ってこなかった。
「もしもし、君の返事を待ってるんだけど」
「えっ、返事? なんの? はい? あれ、あの、その、僕なんていっていいのか」
完全に混乱してしまい、それでも老人と向こうに消えて行くクレートが気になって仕方がない。
まさか老人の男専門だったとは……
もうショックでダメージが強く、思いっきり打ちのめされていた。
「僕そういうのわかりません。だって慣れてないし」
クレートが老人についていったことについて言っていたのだが、アレクは違う意味に捉えていた。
「へー初めてなのか」
「初めてといっても、そんなこと知らない世界です」
「安心しな、私が優しく教えてあげるよ」
「えっ、何をですか?」
「とにかくおいで、何も恥ずかしがることはないから」
「恥ずかしいとか、そういう以前に、ぼ、僕は何がなんやらわかりません!」
アレクに手を取られ、引っ張られると酒がどれほど体に入ってたのか思い知らされた。
かなり足元がふらつく。
訳がわからないままに、手を引かれて、よたつきながらキャムはアレクに連れて行かれてしまった。