第八章


 その翌日、キャムが目が覚めると、ベッドの上に寝かされていることに気がついた。
 頭を上げれば、ズキンと響くように痛い。
 二段ベッドの上から、梯子をそろりと降りようとするも、フラフラとした感覚が足を滑らせて、狭い部屋の床の上にころげ落ちた。
 ドシンと鈍い響きが艦内に居た者の耳にも入った。
 クローバーが真っ先に感知して、キャムの元に駆け寄る。
 ドアを開けたとき、キャムがひっくり返った亀のようにバタバタ仰向けで手足を動かしていた。
「キャム。大丈夫ですか」
「いてててて」
 騒がしい様子に、クレート達も様子を伺いに来た。
 クローバーに支えられて体を起こすも、キャムは完全に二日酔いで気持ち悪くなって、目が回っていた。
 フラフラとした様は気の毒なくらい哀れだった。
「おい、キャム、なにやってんだよ」
 ジッロに言われて前を見るも、なんだか朦朧としている。
「キャム、これ何本だ」
 マイキーが指を二本立てて見せてきた。
「えっ、4本? あっ、だめ、くらくらする」
「二日酔いか。クローバー、救急ルームに運べ」
 クレートがさらりといった。
 怪我や病気など治療が必要なときに患者を寝かせる部屋を救急ルームと呼んだ。
 カプセル式のベッドが一台あり、それに医療の技術が組み込まれ、ある程度の治療ができるようになっていた。
 キャムはそこに寝かされ、機械的な無機質の天井を見つめる。
 何重にも重なって動いているようだった。
「すみません。またご迷惑おかけします」
 震えて弱々しい声にジッロとマイキーが笑っていた。
「慣れない事づくしだもんな。だけど未成年が酒飲むなんて、これは管理してなかったクレートが悪いぞ」
 ジッロが茶化していた。
「クレートは悪くなんてないです。あれは自分で飲んだから自らの責任です。でももう懲りました。もう二度と飲みません」
「無理しなくてもいいんだって。俺たちなんかもっと小さい時から酒飲んでたよな、ジッロ。宇宙じゃ、こういう部分はなんかあんまり厳しくないからね」
「ハイハイ、皆さん、ここはそっとしてやって下さい」
 クローバーが二人を追い出した。
 それこそ無慈悲に、ぴしゃっとドアを閉められ、ジッロとマイキーは顔を顰めていた。
 仕方がないと諦めその場を去っていった。

「キャム、昨晩は一体何があったんですか」
「えっ、えっと、あれ、お酒飲んでから覚えてない」
「昨晩、クレートに抱かれてここへ戻ってきたときは、本当に驚きましたよ」
「ん? クレートに抱かれて? ええ!」
「お酒を飲んで酔っ払ったとこまでは分かったんですけど、皆さんも訳が分からない感じでした。だけど、キャム、どうか気をつけて下さいね。大切な体なんですから」
「大切な体? はい?」
 クローバーはテキパキとした動作でキャムのコンディションをチェックしていた。
 最後は薬を飲まされ、そのせいで眠気に襲われ寝てしまった。
 朦朧とした中で眠りにつくと、全てがひっくり返ったようにふわふわとした夢を見てしまいがちだが、それがまた現実身を帯びてくるので悪夢と化しやすい。
 キャムはこの時、現実と夢の狭間で混乱していた。

 その頃、クレートのところに、老人とアレクがやってきた。
 前日の依頼のために、この船まで必要な書類と届ける荷物を持ってきていた。
 アレクが一緒だったのは、彼の馬車に乗せてもらってきたからだった。
 老人がクレートに詳しい話をしている間、アレクはお茶を囲みながら談話室でジッロとマイキーと過ごす。
「キャムはどうしたんだ?」
 カップを手にしてアレクが質問する。
「二日酔いでさ、今寝込んでるんだよ」
 マイキーが気の毒そうな表情を作って言った。
「昨晩もかなり酔っ払っていたみたいだから、酒には慣れてないんだろうね」
「まあ、慣れてる方がびっくりするぜ」
 ジッロはアレクをじろじろ見ていた。
 大人の男とキャムが言っただけに、なんだか無視できないでいた。
 自分よりもかなりマッチョでかっこいいと思うと、なんだか悔しい。
「おいおい、さっきから視線びしびし飛ばしてくれるけど、そんなに私に興味があるのかい」
「えっ、いや、別に、その」
 アレクがどしりと構えてウインクしてくるのには少しぞーっとするものがあった。
「君たちは男同士で狭い空間で過ごしてるから、やっぱりあっち方面なんだろ」
 アレクは恥ずかしげもなく、隠すこともなく、堂々とした態度で聞いてくる。
 油断していたジッロとマイキーは飲んでたお茶を吹いてしまった。
「別に隠すことないと思うぜ。私もそうだし、キャムもそうだし」
「えっ、キャムが!」
「君たち、一緒に居て気づかなかったのかい? だけど見てたら、なんだか皆、恋には不器用そうだね。もっと自由に解放すればいいのに」
「あの、男が男を好きになるってやっぱり普通なことなの?」
 マイキーが恐る恐る聞くと、その隣でジッロが口をあんぐり開けて驚いていた。
「普通かどうかは自分で決めることだね。自分の気持ちが全てじゃないのかな」
「好きになれば性別は関係ないってことなのか?」
 ジッロも便乗する。
「そりゃそういうことになるでしょう。だって好きなんだから。人間は愛し合ってこそ素晴らしき世界だと思う。愛がなければつまんないでしょ」
 もっともらしい言葉に、ジッロとマイキーは頷くしかなかった。

「アレク、終わったから帰るぞ」
 老人が呼びに来ると、アレクは残ったお茶を飲み干してから席を立った。
「それじゃ、あのかわいいキャムに宜しく。楽しい旅をね」
 爽やかに笑顔を振りまいて、船を降りていった。
 ジッロとマイキーは暫く黙り込んでしまい、自分の部屋へ閉じこもった。
 部屋の中からもんもんとして唸っている声がたまに聞こえてきた。

 クレートは老人から預かった箱をじっと見ていた。
 祖先から伝わってきたものらしいのだが、老人には後とりもなく、あのままあのコロニー内で置いておいても勿体無いからと、月の博物館に寄付をするというものだった。
 エイリー族が地球にやってきたときに、老人の先祖がそれを拾ったということだった。
 話を聞けば、地球には存在しない物質らしく、銀色の歪な形をした石らしいが、時々自ら光って生きているようだといっていた。
 売ればきっと高い値がつきそうだが、今更金があっても使い道もないからと、欲がない。
 それより自分の名前がずっと残る方がいいと、月の博物館に寄付をして名声を得ることの方を選んだ。
「男のロマンだよ」
 歯の抜けた笑顔で嬉しそうに言っていた老人の顔が印象深かったが、その言葉は誰かも言っていたとクレートはよく耳にする言葉だと思っていた。
 老人はすでに月と連絡を取り合い、後はそれを送るだけだったが、誰に発送を頼もうか悩んでいたときにクレートと出会ったことで、依頼したということだった。
 クレートも月にいけるとなると、ネオアースへの道が少し近づくだけあって、喜んで引き受けた。
 月へ配達する場合は、正式な申請書類が必要になってくる。
 それが配達する側にとっても月へ降りられる許可書となるため、必要なものだった。
 今回は月で有名な博物館からの承諾書があることが、とてもスムーズに事を運んでくれる。
 一度月に配達する実績があれば、それはレコードとして残り、その後にも役に立つ。
 稼げはしないが、それ以上に価値のある仕事になりそうだった。
 月への切符だと感じて箱を見つめていたとき、何か変化が生じたような気がした。
 光が漏れたそんな風にみえたからだった。
 そしてそのとき、キャムは悪夢を見ていた。
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