第二章


 高校からの電話で、私は翌日の入学式を控えて悩んでいる。
 何度も紙に書き出しては、くしゃくしゃに丸め捨ててしまう。
「なんで私がこんな事をしなくてはならないんだ」
 先日の電話で、入学式の時に新入生代表として挨拶をしてほしいと学校から連絡が入った。
 その原稿を考えるのに必死になっていた。
 前回、といってもなかったことになった前回だが、一体それは誰だったのだろう。
 それは知る由もないけれど、なぜ私が選ばれてしまったのか。
 それは私が入試で最高点を取ったからだった。
 答えを知っていたし、抜かりなく丸暗記すればそりゃ最高得点も取れてあたりまえだ。なんだかやりすぎたようで怖くなる。
 頭を抱えながら私は必死で挨拶を考えていた。

 そして入学式の日、憧れの新しい制服に身を包み緊張して学校に行く。
 クラス分けされた紙が校舎の壁に張り出されていて、私は一年一組になった。
 学力が高い人が一組に集められると噂ではなんとなく聞いていた。
 私がそこに入っている。自分の名前を他人事のように見ていた。
 小渕司は隣の二組にいた。
 別に探したわけではなかったが、パッと彼の名前が目に入ってきた。
 例文をネットで探して考えてきた挨拶。それを書いた紙を手に握り締め、入学式が始まった。形式ばって進んでいく。
 いきなりみんなの前に出てしまうなんて、二度目は派手なセンセーションだ。
「新入生代表の挨拶です」
 キター。私はすくっと立ち上がり前に進む。
 ドキドキとして準備してきた挨拶文を読んだ。

 式が終わった後、クラスに入ればみんな賢そうに見えて怖じ気ついてしまう。
 こんなところで仲のいい友達ができるのだろうかと心配になっていた。
 出席番号順で私の後ろに座った坂本エリがちょんちょんと私の肩を叩いてきた。
「挨拶するの大変だったね。お疲れ」
 私を労ってくれているようだ。
 にこっと微笑んだ笑顔がどこか私をほっとさせてくれた。
 入学式の挨拶が終わるまでそれに気をとられて、式場にいた両隣の席に座った人の顔ですらまともに見る事ができなかった。
 ようやく落ち着いてエリをみれば、優しそうなその表情に見比呂を思い出した。
「スピーチ、よかったよ」
 さらりと褒めてくれる。
 見比呂もこんな風に接してくれた。
 見比呂に似ていた雰囲気で、私はエリがすぐに好きになった。
 私が仲良くなりたいと願うと、その波長を受け取ったようにエリも私と距離を縮めようと質問してくる。
「中学どこだったの?」
「この町の地元なんだ」
「そっか、地元なんだ。じゃあ、家が近くていいね」
「それでこの学校の留学生も一緒に住んでるんだ」
「へぇ、すごい!」
 エリが驚いた声を出すと、周りにいた人が振り向き、それがきっかけとなって輪が広がった。
 ひとりひとりと話しているとみんな真面目そうだった。
 いい感じに仲良くなれそうと心うきうきしていた。
 担任が教室に入ってくる。いかつい感じで厳しそうだった。
「玉手崇。数学担当だ。この学校に入ったからには毎日の勉強を怠るな。一組となったお前たちは入試でも高い成績を取ったんだ。しかも満点近くを取った兵がこのクラスにいる」
 私はなんだかドキッとしてしまった。
 新入生代表して挨拶をした後ではそれが私だとほとんどの生徒が分かったことだろう。
「大いに期待してるぞ」
 担任の挨拶が終わると、ひとりひとり簡単な自己紹介をさせられた。
 初めて見る顔ぶれ。ちゃらちゃらした高遠みたいな悪ふざけな人はいなかった。
 みんな真面目そうに立場を弁えている。
 担任から叱咤激励をされ、受験は終わったのに油断できないピリピリしたものを感じた。
 それが不安を抱かせる。
「オグレ!」
 起立、礼をしてこの日を終えた後に、担任の玉手がひとりの生徒の名前を呼んだ。
 先ほどよりも大きなイラついた声で「オグレ」と再び呼ぶと、何事かとほとんどのものが担任を見る。
 私も見れば担任と目が合った。
 半信半疑に自分で自分自身を指差して確かめると「そうだ、お前だ。呼ばれたら早く来んか」とせかされた。
 走りより「あの、木暮です」と訂正すると、「おっ、そうか」と謝りもしなかった。
 パワハラをしそうな上司みたいだ。この時ひとりひとりの生徒の事を考えていた亀ちゃんを懐かしく思い出す。
 担任は亀ちゃんがよかった。
「新入生代表の挨拶だけどな。形式ばって面白みがなかったぞ」
「えっ?」
「お前にはもっと期待したんだがな」
 私が虚をつかれた顔をしているうちに、玉手先生は言うことだけ言ってさっさと教室を出て行ってしまった。
 無難にネットで調べた例文を真似したけども、面白みがなかったって言われても私はどうしていいのかわからない。
 私はあそこで漫談でもするべきだったのだろうか。
 それは遠まわしに下手だったと意味していたに違いないのかもしれないが、そういう態度の玉手先生が苦手だとすぐさま感じるには時間がかからなかった。
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