第四章
9
「えっと、その、小渕君だっけ?」
木暮成実に声を掛けられ、僕は急に意識してしまい落ち着かない。
心臓もドキドキして心拍数があがっている。
「この紙、私から本当に落ちたの?」
「うん、僕にはそう見えたけど」
「でも、この紙を持っていた覚えがないんだ」
木暮成実は心底不思議そうにしながら、紙に描かれた矢印を見ていた。
「だけど、この矢印の意味知っていたんじゃないの?」
僕も一緒になってその矢印を見ていた。
「そうなんだけど、この部分がわからない。『遠い先の未来の終わりに願った願い事です』
ってどういう意味だろう」
木暮成実は首を傾げている。
「誰かがその紙を木暮さんの知らない間に潜ませたとか?」
「そうだとしても、誰が、私にこんなメッセージを送り込んだんだろう? そしたらこの願い事をしたのはこの紙を書いた人になるんじゃないの? 遠い先の未来の終わりってどういう意味なんだろう。すごく不思議」
すごく不思議と聞いたとき、僕も不思議体験――靴を履いてなかったお姉ちゃんが思い出される。
「不思議なことといえば、僕も昔、不思議なことがあったんだ」
お母さん以外の誰にも言ったことがなかったが、木暮成実に言ってしまった。彼女は顔を上げてまっすぐ僕を見る。
「靴を履いてない女の人?」
「その人が僕を助けてくれて、僕はとてもありがたかったんだ。もしかしたら木暮さんも同じじゃないかな」
「その靴を履いてない女の人が私にも?」
「そうじゃなくて、木暮さんを助けたい誰かが……」
僕がそこまで言いかけたとき、案外と木暮成実の言う通りなのかもと思ってしまった。
僕だけが知る靴を履いてないお姉ちゃん。特別な任務を背負った人だったのかもしれない。
色んなところを駆け回ってその人の一番大事な時をミスしないように手伝っていたんじゃないだろうか。
少なくとも僕は助けられた。
この紙もそうだ。
僕が拾わなかったら、木暮成実はこの紙に気がつかなかった。
これは彼女に向けたなんらかのメッセージだけど、もしかしたら僕に向けてのメッセージでもあるんじゃないだろうか。
僕と木暮成実を結び付けようとして――。
その紙が意味すること。正しい道を行け。
そうだ、僕は木暮成実とここで会って話をしなければならなかったに違いない。
そんな気がしてならなかった。
だとしたら、あの靴を履いてなかったお姉ちゃんの仕業のような気がする。
元々不思議な人だったんだから、まさにありえる。
だったら僕がするべきことは――。
僕はにんまりとして木暮成実を見つめた。
「小渕君? どうしたの?」
僕は今から積極的になろうと思う。ほんの少しいつもの僕を変えてみよう。
「僕ずっと、木暮さんと話がしたかったんだ」
「えっ、私と?」
「うん。よかったら、その、友達になってくれない?」
さすがに付き合ってはまだ早いだろう。そう、僕は木暮成実を好きになっていた。
「う、うん、それは構わないけど……」
木暮成実は体を強張らせながら戸惑っていたけども、次第に頬が緩んできたところをみるとまんざらでもないようだ。
僕を見て最後はクスッとはにかんだ笑いを向けてくれた。
「小渕君から友達になろうって言われるなんて思わなかった。でも、嬉しい……かな? えへへ」
まだ素直になるのが恥ずかしそうだ。
でもちょっと脈ありな気もして僕は大いに期待する。
そして僕たちは肩を並べて歩き出す。
ちょっとぎこちなかったけど、これからの受験のことについて話した。
お互い思うところに受かるといいねと励まし合いながら、照れくさく笑った。
今日のこの日。木暮成実に話し掛けたことで、僕の未来に何か変化があったように思えた。
きっと木暮成実もそうに違いない。
右に折れ曲がった矢印が示すように、僕たちは今正しい道を選んだんじゃないだろうか。
そしてこのまま突き進んでいく。自分たちの思う未来へと。
暮れかけていく晩秋の夕暮れ。
西の空に沈み行く太陽が赤い。
それは、僕が女の子と一緒に歩いている姿を恥ずかしく見ている弟のようにも思える。
そう思うと弟から『お兄ちゃん頑張れ』といわれているような気がした。