第二話

12
 屋敷の中でアネモネが家庭教師のピオニーの授業を受けていた。
「先生、町では不穏な空気が広まって、もうすぐ戦が始まるかもしれないと皆噂をしています。こんなときに悠長に勉学に励んでいるときでしょうか」
「知識はどんなときにでも役に立つものです。こういうご時世だからこそ、もっと世の中の事を知る必要があります」
「しかし、お兄様からききましたが、ゴロが大変なことになって、私は落ち着いて勉強などできません」
「それもそうですね。あの方が反逆者扱いされるなんて、何かの間違いですわ。爽やかな笑顔でお優しい方ですのに」
「あら、先生、もしかしてゴロに興味がおありじゃないですよね。ゴロは私のものですからね」
「やだわ、アネモネ。なんて事をいうの」
 開いていた本をパタンと音を立てて閉じると、それを机の上に置いた。
 てっきりそんな事ないと否定するのかとアネモネは思っていると、ピオニーは突然厳しい顔をしだした。
「いつゴロがあなたのモノとなったのかしら。ゴロはあなたのようなお子様には興味がないかと思うわ。おっほほほほほ」
 突然ライバル意識を燃やし、二人は先生と生徒の中も忘れてにらみ合ってしまった。
 そこにノックの音が聞こえ、使用人リリーが慌てて入って来た。
「大変でございます」
「やだ、リリー、そんなに慌ててどうしたの」
 アネモネが答えるとリリーは走りよってこそこそと他の人には聞かれてはまずいように話した。
「ゴロ様から連絡が入りまして……」
 ゴロと聞いただけでアネモネもピオニーも緊張が走り、よく聞こうと顔をリリーに近づけた。
 状況を飲み込むや否や、三人の女性たちは、おもむろに外に出て、家の前に止めてあった積荷の馬車をみつめた。
 その積荷は藁が積んであったが、その中から顔が出てきて「やあ」と挨拶をするものがあった。
「ゴロ!」
 アネモネとピオニーは叫んだが、吾郎の静かにしろという「しー」というポーズを見せられて、慌てて辺りを見回して近づいた。
 吾郎は荷馬車から下り、三人の女性に守られるように人目のつかない場所へとつれられた。
 馬車は礼金をたっぷりと貰うと何もなかったように去って行った。

 屋敷の裏に立てられた小さな納屋の中に入ると、吾郎はやっとリラックスできるとふーっと息を吐いた。
「みんなに迷惑を掛けて申し訳ない。だけどどうしても助けが欲しいんだ」
「嬉しいわ、私を頼ってくれて」
 アネモネが言えば、ピオニーも負けずと前に乗り出した。
「もちろん出来るだけ力になるわ」
 そこにリリーも遠慮がちながらも熱いまなざしで吾郎を見つめると「私ももちろんでございます」と力を入れた。
 三人とも吾郎の一番の支えになりたくて誰もが引けを劣らず熱い視線を向けていた。
「ありがとう」
 これほどのモテキを味わったことはなかったが、今はそんな事を考えている暇はなかった。
 この国の危機を救うべく正義感を心に宿し、吾郎は今まで経緯を三人に話していた。
 
「なるほど、誰かが裏でこの国を操ってるってことね」
 知識が一番豊富なピオニーが一番理解力を示した。
 アネモネはここで能力の差を見せ付けられてむっとしたが、勉強をしてこなかったことの方が後悔だった。
 やはり知識が必要だと思い知らされ、ピオニーを一目した。
 ピオニーは政治の駆け引きをして誰が一番得をするのか仮説を次々と立てて行きながら、色々と話を進めていく。
 リリーは特別何も出来なかったが、皆の気持ちが落ち着けるようにとお茶やお菓子をこそこそと持ち出しては差し出していた。
 三人の女性たちはとても協力的で吾郎のサイドへと回った。
「お兄様も、アゼリアが王女様のお姉様だと知ればきっと理解を示して私達側につくと思うわ。お兄様はイグルス様の手前でもあったからあんな態度を取らざるを得なかったと思うの。だからお許しになって下さいね」
 アネモネが申し訳ないと兄に代わって謝ってきた。
「それは全く気にしていない。ダグとすれ違ってしまったが、ダグの立場もよく分かっている」
 アネモネは安堵の息をもらしていた。
 ダグのことはアネモネに任せて、明日にせまった話し合いをどう持っていくかそこに重点を置いて話し合うが、いい案が浮かんでこない。
「とにかく今からでも城にもぐりこんでローズ王女と連絡を取らなければ、王様がどういう状況なのかがわからない」
 吾郎が頭を掻き毟るように悩んでいると、その姿もカッコイイとばかりに三人は見とれていた。
「あっ、あの一つ方法があるかもしれません」
 リリーが恐る恐る口を挟んだ。
 皆が注目すると、心細くなっていたが、吾郎のすがるような目つきに応えようと話し出した。
「明日の朝、お城に運ばなければならない荷物があるんですが、その中に紛れるというのはどうでしょう」
「いいアイデアだけど、お城の検問は厳しいわよ。荷物に紛れ込んでも見つけられる可能性は大きすぎるわ」
 ピオニーが渋った顔をしていた。
「それなら堂々と潜りこんだらいいじゃない。いい方法があるわ」
 アネモネがぱっと閃いた顔を向けた。
 そのアイデアを聞いた吾郎は驚いたが、残りのものはやる気満々に笑みをこぼしていた。
「いいわね、それで行きましょ」
 吾郎の返事も聞かずに、ピオニーはすぐに承諾する。
「それじゃ私、用意してきます」
 リリーは慌てて部屋から飛び出すと、アネモネとピオニーはにたーっとした笑顔を吾郎に向けていた。
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